01Short Story特典SS
【特典SS】キャラエピソード「ドロシー」
マルトーが起こした暴行事件後の最初の休日。ボクは再び貴族女子学生寮を訪れていた。先日ここを訪れたのはレキからの依頼を受けるためであったが、今回は相手が違う。
今回ボクを呼び出した相手はアシュタルテ侯爵令嬢。
プリムローズ・フラム・アシュタルテだ。
ボクは普段は学院メイドとして働いているので、同僚のメイド経由でプリムローズからの呼び出しを伝えられたわけだが、用件まではわからない。伝えてくれたメイドは悪名高きアシュタルテから名指しされたボクに、『アンタ一体何やらかしたのよ』と言わんばかりの戦々恐々とした目を向けてくれたが、このタイミングで心当たりなんて考えるまでもなくマルトー関係だろう。今更貴族のお嬢様にビビるような可愛げなんて持ち合わせていないボクだけど、流石に相手が相手なので多少は身構えてしまう。
約束の時間に彼女の寮室のエントランスで呼び鈴を鳴らしたボクを出迎えたのは、先日の事件の被害者であるクラリスだ。マルトーによって酷く痛めつけられたクラリスは瀕死の重傷を負っていたはずだが、プリムローズの不可思議な魔法行使によって傷を癒された彼女は、今となってはそんな事実など無かったかのように、若く美しく、瀟洒(しょうしゃ)なメイド然とした振る舞いを取り戻していた。
彼女は優雅な所作でボクに一礼する。
「ようこそお越しくださいました。ドロシー様」
「あ、そういう感じ?」
「はい。貴女はお嬢様のお客様ですので」
学院メイドとして仕事させるために呼んだわけではないってことね。
貴族学生に割り当てられる寮室っていうのは家格によってグレードが異なる。一番下の爵位である男爵家の学生などは平民学生寮よりも多少豪華なだけの部屋という感じだが、これが侯爵家ともなると文字通りに格が違う。しかもアシュタルテ侯爵家は『四大貴族』なので、侯爵位の中でも最上位に位置しているのだからなおさらだ。必然的に、プリムローズに割り当てられた寮室もほぼ最上級のグレードとなり、最早、部屋というよりはひとつのフロアと表現したほうが正しい。
個人の寮室に専用のエントランスがあり、中に入れば複数の部屋があり、専用の浴室や調理場、衣裳部屋や使用人用の控室などもあるくらいだ。当然、実家から同行させている二名までの使用人で維持管理できる規模ではないため、高位貴族の学生は学院の使用人をその都度雇って寮室の管理をさせるのが普通なのだ。
その点、プリムローズの寮室はその広さに相反して、見かけるメイドはクラリスとフォノンの二人だけだ。
レキからの依頼でプリムローズの人間性を調査していたボクにしてみれば、彼女が貴族女子にありがちな見栄や贅沢とは無縁の人間であると理解しているので、特に意外でもない。クラリスとフォノンの二人で管理できる程度の、必要最低限の部屋しか使っていないのだろう。
そんな最低限の部屋の一つであろう応接室に通されたボクは、そこで数日ぶりにプリムローズと対面することとなった。
「ごきげんよう、ドロシー」
「やあ」
既に顔見知りなので今更態度を繕う意味もない、とボクが軽く応じるとプリムローズは片手で自らの対面のソファを示して座るように促してきた。
相変わらず浮世離れした雰囲気の少女だ。幻想的と表現してもよい。
とても十五歳には見えない小さすぎる身体。新雪のような純白の長髪に、同じく透き通っているかと思うほどの白い肌。幼い面立ちながらも震えが走るほどの尋常ではない美貌の中で、鮮やかな色彩を主張する瑠璃色の瞳。
だがその瞳には年齢相応、あるいは外見相応の幼さは一切なく、ただただ理性と知啓が同居した静かな光を湛えているようだった。
「ひとつ、依頼をしたい」
挨拶もそこそこに、プリムローズはそう切り出した。
彼女が告げた依頼の内容とは、やはり先日のマルトー絡みであった。一通りを聞き終えて、ボクは内容を確認する。
「つまり、キミはあのマルトー青年に協力者が存在していると睨んでいて、それを確かめたいわけね?」
「そうだ。現場となった例の廃教会をヤツが実質私物化していたことがそもそもおかしいと考えている。とりあえずは、あの廃教会の現在の管理者を調べるところから始めるつもりだ」
普通に考えれば、教会を管理しているのは『教会』だろう。ややこしい表現だが、施設としての教会と宗教としての『教会』は別物なので、つまり『教会』という宗教組織が所有している教会、ということになる。
しかしながら問題は、件の教会が既に廃棄された場所であるということだ。
マルトーにきくのが手っ取り早いのはわかっているが、生憎とプリムローズの逆鱗に触れて制裁された彼はあれから現在に至るまで意識が戻っていない。ただボクも小耳に挟んだ程度の情報でしかないが、命に別状はないので近いうちに目覚めるだろうとのことだ。もっとも、アシュタルテに喧嘩を売ってしまった以上、目覚めたところで明るい未来が訪れることはないのだろうが。
まあ、彼のことは今は置いておくとして、
「それで、ボクはキミの調査のサポートをすればいいのね?」
そのとおりだ、と頷くプリムローズにボクは一応聞くだけ聞いておく。
「キミ自身が現場に赴く必要はあるのかい? ボク一人でもできそうな調査だし、そのほうが割安で済むけど……」
「子守をさせてすまないが、必要なことだ」
「ふぅん……ま、報酬がちゃんと出るならボクは構わないけどさ」
そう言ってボクが依頼内容から判断した報酬額の目安を提示してみせると、プリムローズは特に悩むでもなく了承を返した。流石は大貴族と言いたくなる即決ぶりだ。
なおボク一人で調査したほうが割安で済むというのは本当のことで、子守とまでは言わないものの足手まといがいないほうが早く事が済むし、もし実力行使を伴うような不測の事態が発生した場合、ボク一人ならばちょちょいと離脱すればいいけど依頼人が一緒だとその安全を確保しなければならない。
だからボクは最初からそのあたりの保険的な意味合いを込めて、全部こみこみの報酬額を提示することにしている。これが嫌なら断ってくれてもいいし、むしろ心情的には断ってほしいまである。それだけ、依頼人を同行させるのは気を遣うのだ。
まあ、本当に足手まとい以外の何者でもないのに現場に出たがる依頼人もいることを思えば、ちゃんと本人に実力と自覚があるプリムローズは遥かにマシではある。
それに、彼女本人が現場に赴く理由もある程度は想像がつく。
「ちなみに、協力者が判明したらどうするつもり?」
「無論、報いを受けてもらう。アシュタルテに喧嘩を売ればどうなるか、馬鹿でも理解できるようにな」
プリムローズの瑠璃の瞳の中に、冷厳な怒りの炎を幻視する。
そう、彼女の中では事件はまだ終わってなどいないのだ。
◇◇◇
依頼の詳細や報酬の設定などを手早く詰めた後、ボクとプリムローズは連れ立って学生区の端にある廃教会――先日ぶりの事件現場にやってきた。プリムローズは学生服姿、ボクはいつも通りのメイド服なので、傍目には貴族学生が学院メイドを連れているように見えるだろう。多少珍しくはあれど、不審に思われることではない。
この教会は、もう随分と前に廃棄された施設である。近辺に他の建物は存在しないため、教会が廃棄されると共に人の往来もなくなっている。なのでやや荒れ気味の道をボクたちが肩を並べて歩いていると、プリムローズが出し抜けに問いかけてきた。
「先日、貴様はどうやって現場を突き止めたんだ?」
「殆ど力技さ。黒猫――ボクの魔法端末を総動員して怪しいところを片っ端から調べたんだ」
この学院の敷地は相当に広大であるが、マルトーの行動範囲の中で、クラリスを人目に付かないように連れ込める場所となるとある程度は限られてくる。それでもクラリスの命が失われる前に発見できたのは幸運以外の何者でもなかっただろう。
ボクの返答に、プリムローズは小さく「そうか」とだけ呟いた。
朽ち錆びて開け放たれたままの正門を通過し、礼拝堂の扉へと向かう。その扉は正門とは違ってまだ扉としての役割を果たしてしていたし、施錠もされていた――――つい先日までは、であるが。
「これは中々、お見事な斬り口だね」
扉は蝶番を巻き込むように十文字に斬り飛ばされていて、半分は蹴り抜かれたように吹き飛んでいる。
礼拝堂に突入する際にイオが破壊したものだ。あのお嬢様も普段はおっとりしているように見えて、中々どうして苛烈で果断なところがあった。一切躊躇のない斬り口にもそれが現れている。
破壊された扉の中途半端な残骸を避けるように、ボクはひょっこりと身を屈ませて進む。小さなプリムローズは特に躱すまでもなく、そのまますたすたと歩いてきた。
礼拝堂の中は事件後そのままの状態だ。廃棄された場所なので当然といえば当然である。マルトーの魔法によって破壊された床板や長椅子もそのままだが、ボクが強いて注目するところがあるとすれば、それはクラリスの血痕だけが綺麗に消えていることだ。
誰かが片付けたわけではなく、あの時クラリスを助けにきたプリムローズが彼女の傷を癒したのと同時に、何故か出血の痕跡までも消えてしまったのだ。
まるで、傷を負ったという経緯そのものが消えてなくなったかのように。
「…………」
結局、あれはなんだったんだろう。
クラリスの傷が消えたこと。マルトーがもがき苦しんだこと。ボクやイオが動けなくなったこと。そのすべての理由がプリムローズの魔法行使にあることは理解できても、それ以上のことはわからないのだ。
ボクが周囲を観察しながら考えを巡らせていると、同じようにしていたプリムローズが再び出し抜けに尋ねてきた。
「私は宗教に縁がないからこういう施設を利用することがないのだが……『教会』の礼拝堂には結界が備わっているのが普通なのか?」
「え? ああ、うん。そうだよ」
こういう礼拝堂に備わっている結界魔法とは別に大袈裟なものではなくて、単純に内外の環境をある程度隔てるだけのものだ。簡単に言えば外界の騒音から隔離し、礼拝堂内部の静謐(せいひつ)で神聖な雰囲気を作り上げるためのもの。
「マルトー青年はその結界の働きを逆手にとって、この中で行われたことを外部に隠していたようだね」
つまり、逆に礼拝堂内部で発生した騒音なども外部には伝わらないため、この中でどんな乱痴気騒ぎをしても外からはわからないというわけだ。いくらここが廃棄された場所とはいえ周辺に人が近づくことが一切ないとは言い切れないし、老朽化して所々が崩れた建物の遮音性など知れたものなので、この結界がなければ先日のクラリスを見つけるのももう少し簡単だったと思う。
プリムローズは思案するようにおとがいに指を当てた。
「おかしな話だな?」
「そうだね。結界自体は建物に備わったものだから、廃棄された後に残っていたとしてもおかしくないけど」
「だが、誰でも使えるものではないだろう」
そのとおり。そこがおかしい。
仕組みを理解していなければ使えないはずなのだ。そして仕組みを理解しているのは『教会』の人間だけだ。ということはマルトーは廃棄されたこの場所に勝手に入り込んで使っていたわけではなく、彼にこの場所を提供して『使い方』を手解きした何者かが存在すると考えるべきだ。
それは、もともとここを管理していた『教会』の関係者である可能性が高い。
ちなみに内部の人間しか知らないはずの事情にボクが詳しいのは、元は本職だからだ。ボクは今でこそこの学院で学生を相手になんでも屋をしているが、以前は他国で暗殺者として活動していた経歴を持っている。そのときの表の顔が何を隠そう『教会』のシスターだったというわけだ。
とはいえ、それを知っている者は多くない。数少ない暗殺者時代からの知己か、あるいはボクが自分から事情を開示した更に数少ない人物に限られるのだ。当然、プリムローズがそれを知る由もない……はずなんだけど。
ボクたちは礼拝堂から奥に続く廊下へと進む。こちらはそれこそ関係者だけが入れる区画であり、一般の信徒が立ち入りできる場所ではない。
その一角に、比較的最近まで使用されていたことが窺える扉を見つける。老朽化の対策として修繕が施された形跡があるのだ。おそらくかつては『教会』の司祭が使用していた部屋だと思われる。プリムローズが扉を開けようとノブに手を掛けるが、開く気配はない。
「魔法錠の類か」
これもまた『教会』の施設には珍しくないものだ。
それほどセキュリティ強度の高いものではないので、一般的な魔法による施錠よりも多少マシという程度だろう。手っ取り早いのはイオのように扉ごと破壊することで、プリムローズならばそれも難しくないだろうが、彼女はボクのほうに振り向いた。
「解錠できるか?」
「ん。やってみるよ」
ご指名とあらば、とボクは彼女と入れ替わりドアノブに手を掛ける。
まあ、ボクも現役のシスター時代はよく使っていた仕組みだし、解錠するためのキーは大抵『教会』の教義や聖典に関係するワードの組み合わせなので、いくつか試してみると簡単に開けることができた。
「開いたよ」
「さて……あまり気は進まないが」
小さな声でぼやくプリムローズと一緒に室内に入る。彼女の気持ちはわかる。だってこの場所を私物化していたのはあのマルトーなのだから、この部屋は十中八九彼の私室に相当する場所だろう。
私室というか、秘密の部屋か。
要するに、人に見せられないようなものが置いてある可能性が高いということだ。
「まあ……期待どおりってとこかな」
ボクは溜息交じりに皮肉を呟く。
かつて司祭が使っていたであろう室内は見る影もなく、口にするのも憚られる物品で溢れていた。強いて説明するならば、先日クラリスを攫ったときに彼女を拘束するのに使われていた足枷――あれがどこから湧いて出た品なのかということだ。まさか学生寮に置いておくわけにもいかないそういうアイテムを、マルトーはこの部屋を使って管理していたということだろう。
実際のところ、この広い学院にはこういう『貴族の遊び場』ないし『隠れ家』みたいな場所が少なからず存在している。ボクもここで活動してそれなりに長いので、そういう場所をいくつか知っていたりもする。
だが、これほどまでに悪趣味なものは初めて見た。
「罰当たりな……!」
思わず罵倒が口をついて出る。これでも元聖職者ということで、ボクにだって信仰心がある。むしろ信仰の名のもとに暗殺者をやっていたボクは人一倍、主(しゅ)への冒涜には敏感である。
主(しゅ)への祈りを捧げるための教会で、なんたる所業。最悪なのは、目の前のこれらが単なる悪趣味なインテリアではなく、どれもこれもちゃんと使用感があるということだ。これまでマルトーの毒牙にかけられた被害者たちが、この場で一体どんな目に遭わされていたのか。想像するだけでも悍ましさで吐き気がする。
マルトー自身も度し難いが、彼にこの場を提供した協力者がいるとすれば、その人物も全く以て許し難い。
正直、すぐにでも部屋ごと破壊したいのは山々であるが、協力者の痕跡があるかもしれない以上調査をしないわけにはいかない。プリムローズの言葉ではないが、気が進まなくても手を動かすしかない、とボクが何気なく彼女のほうを見遣ると――
「…………」
「プリムローズ?」
どうかしたのか、と問おうとしてボクは彼女の異常に気付く。
まるで身体が硬直したかのように微動だにしない彼女は、よくよく見れば浅く速い呼吸を繰り返していて、その瞳は室内を見ているようで見ていない。
その顔面は強張り、尋常ではない汗が流れる。
――フラッシュバック……!?
「プリムローズッ!!」
ボクは慌てて彼女の小さな身体を抱き締めると、そのまま部屋を飛び出した。
◇◇◇
「――どう? 落ち着いた?」
廃教会の外の比較的無事なベンチを見つけてプリムローズを休ませると、彼女はすぐに調子を取り戻したようだった。まだ血色がいいとは言えないが、もとが色白すぎるので不調かどうかいまいち判断がつかない。
今は小さな身体を一層小さくして、申し訳なさそうに俯いている。
「面目ない……ドロシー、助かったよ」
ボクは「これも依頼のうちさ」と返した。
だから言わんこっちゃない、と考えなかったわけではない。わざわざ現場についてきたりするから、見たくもないものを見る羽目になるのだ。それでパニックを起こしているようでは世話はない――――と本来であれば言いたくなるところだけど、流石に今のこの子にそれを言うのは酷すぎる。
かつては裏社会にどっぷり浸かって、醜悪なものも凄惨な光景も飽きるほどに見てきたボクでも胸糞が悪くなったのだから、いかに超然としていようとも十五の少女が平気なほうがおかしいのだ。
ボクがなにも言わないでいると、プリムローズは苦み走った微笑を見せた。
「……ああいった場所には悪い思い出しかなくてな」
ボクはその言葉に、どうしようもない虚しさのようなものを感じた。
だってそうだろう。
あんな場所に良い思い出がないのは当然として、本来ならば悪い思い出だってあるべきじゃないのだ。そもそも関わるべきじゃないし、知るべきでもない。
だというのに。先程のプリムローズの尋常ではない様子を鑑みれば、嫌でも察してしまうことがある。
この子もまた、被害者なのだ。
思い出しただけでも震えが止まらなくなり、平静さを失ってしまうような経験をさせられてしまったのだろう。
そんなボクの内心を他所に、気を取り直した様子のプリムローズは口を開いた。
「ベッドがあったな」
「え?」
「あの部屋の奥にベッドが設置されていただろう」
言われて少し前に見た景色を思い出すと、確かにあった。あの部屋においてベッドがナニに使われていたのかは推して知るべしだが、プリムローズの言わんとするところにボクも思い至る。
「マルトー青年以外の誰かがあの部屋に出入りしていたのは間違いなさそうだね」
「ああ。あの男にベッドメイクができるとは到底思えんからな」
そうなのだ。部屋にあったベッドは見る限り清潔で、ちゃんと整えられていた。となればマルトー以外の誰かがそれをしたのだと考えるのが自然だ。マルトー家の使用人か、あるいは学院の使用人や『教会』の見習い小僧にでも小遣いを与えて働かせていたのかもしれない。
なんにせよ、手掛かりだ。
よし、とプリムローズはベンチから立ち上がってボクを見た。
「では当初の予定どおり、この廃教会の現在の管理者を調べよう」
「あ、ああ。うん」
「私は中央区の管理棟に行って学院側の履歴を照会する。貴様は『教会』の内部資料を調査してほしい」
「え? 『教会』に忍び込めって言ってる?」
「ああ。簡単だろう?」
簡単かと言われたら、簡単だけども。
ここの教会は廃棄されて久しいが、学院から『教会』そのものが撤退したわけではない。むしろもっと新しく大きな施設を建てたので、古い教会を捨ててそちらに移転したという経緯なのだ。
つまりそこに行けばこの教会を廃棄した際の経緯などが記録された資料が保管されている可能性が高いので、プリムローズはボクにそれを調べてこいと言っているのだ。教会が廃棄され移転したのは十年以上前の話だが、探せば当時のことを知っている関係者もいるかもしれない。
ボクにとっては勝手知ったる組織だし、元本職なのだからシスターの振りをして侵入するのも容易だ。
なのだけど、それができて当然のように言ってくるプリムローズには、若干の違和感を覚えないでもない。
思えば、マルトーの件からプリムローズはボクの存在を知っていることを示唆するような言動をしていた。もしかして、あれはボクが調査していることに気付いていたという意味ではなく、そもそも本当にボクのことを知っていたのか。
ボクの経歴や、正体を。
「どうした?」
「……いや。なんでもない」
余計なことを考えず、まずは仕事をしよう。
すぐに取りかかるよ、と告げてボクはプリムローズと別れた。
◇◇◇
日が落ちて、それぞれの調査を終えたボクたちはプリムローズの寮室で再び集合していた。クラリスが淹れてくれた紅茶を片手に、互いの成果を報告する。
「こちらは大した情報はなかったな。あの廃教会を含む一角が再開発の対象となっていて、それが予算等の都合で頓挫したことくらいか。それ以来、十年以上あの一角は放置されたままらしい」
プリムローズはそう言ってボクに視線を向けた。
ボクはひとつ頷いて話し始める。
「こっちは大体の経緯が掴めたよ。キミの言う再開発のためにあの教会は廃棄されて、新しい教会に役割が移されたわけだけど、再開発計画が頓挫したために建物をすぐに解体する必要がなくなって、放置されている…………というのが、表向きの説明だね」
「表向き?」
「そう。当時の教会の管理責任者は老齢の司祭だったんだけど、解体されなかったのは彼が敢えてそのようにしたみたいだ」
「ほう」
「どうやら老司祭はあの教会を学生たちのための逢瀬の場所として残したかったみたいだね」
老司祭本人は既にこの学院にはいなかったが、彼を知る人間はいたので事情を聞くことができた。
この学院には当時も多くの貴族の子息令嬢が通っていて、恋愛関係にあっても立場上気軽に会うわけにはいかないというケースも多かったのだ。むしろ今よりもそういった気風は遥かに強かっただろう。『教会』の聖職者はそういう事情に苦しむ学生からの相談を受けることも多かったので、気の毒に思った老司祭は廃棄されるはずだった教会を敢えて残し、そんな学生たちが秘密裏に会うための場所として提供していたのだ。
「もちろん、いかがわしい真似をするための場所ではなくて、きわめてプラトニックな恋人たちのための場所だったってことだね」
「礼拝堂の結界も、お誂え向きということか」
「そもそもが雰囲気作りのための結界だしね」
そこまではよかった。大変結構なことだ。
問題があったのは、その老司祭が去った後だ。
老齢ゆえに引退した彼の役目を継いだ司祭の男がいるのだが、これが非常によくない。
「コイツがまた聖職者の風上にも置けないようなクソ司祭でね。自らの懐を暖めるために、廃教会の利用者に対価を求めるようにしたんだ。平たく言えば使用料だね」
「そのように言うからには、ちょっとした逢瀬に利用したい学生たちの小遣いで賄えるレベルではないようだな」
「裕福なお家の貴族学生だったらどうとでもなるって感じだけど、それ以前にわざわざそこを利用する理由がなくなるよね。だって高い料金を支払う前提だったら、もっと真っ当に秘密を守ってくれる施設がいくらでもあるんだから」
最たる例を挙げるならば貴族学生向けの高級サロンなどがそうだ。
そして、まともなお客さんがまともな施設に流れていくと、敢えて廃教会を利用したがるのは、つまりまともな施設を利用できない事情を持つ者になってくる。
つまりは、マルトーのように人倫に悖(もと)る目的を持つ者たちだ。マルトーの前にも利用者がいたのかまでは調べていないが、現在マルトーのほぼ専用状態となっているのは、単にマルトー子爵家が金にものを言わせた結果だろう。
得心した顔をするプリムローズに、ボクは一応これだけは言っておくことにする。
「とはいえ、クソ司祭がマルトー青年の協力者と言えるかは微妙だよ。彼にとってマルトー青年は単なる金払いの良い顧客というだけだ。彼自身はマルトー青年の所業になんら関わってはいないし、実際、今日ボクが調べた限りではそもそも先日の一件をまだ把握すらしていないようだったね」
「そういう目的で使用されるとわかっていながら場所を提供したことは間違いなく罪だが、それはそれ、か」
マルトーの罪はマルトーの罪。クソ司祭の罪はクソ司祭の罪だ。
ついでに言うと、廃教会の秘密の部屋やそこの道具を管理していたのはマルトー家の使用人だろう。つまりこの件に『教会』は関わっていないし、個人的に関わっていたクソ司祭も場所を提供して使い方を教えただけだ。
プリムローズにとってはやや不完全燃焼な結果に終わったかもしれないが、彼女は特に落胆や憤りを見せることはなかった。
「それで、一応背景事情は明らかになったみたいだけど、キミはどうするんだい?」
「私はなにもしないよ」
「うん?」
「私の役目はここまでということだ」
プリムローズはクラリスに紅茶のおかわりを求めつつ、やや寛いだ表情になって言う。
「言っただろう。アシュタルテに喧嘩を売ればどうなるかわからせると。つまりは私個人ではなく侯爵家本体が動く事態になっているということだ」
「まあ、マルトー子爵が息子の所業を知っていたかは定かじゃないけど、子爵家の資金力で援助していたのは間違いないしね」
となればマルトー青年がプリムローズに個人的な喧嘩を売ったという認識ではなく、マルトー子爵家がアシュタルテ侯爵家に喧嘩を売ったのだと判断するのも当然の話である。つまり、プリムローズの役目というのは事実関係や背景事情の調査までで、そこから先の実際の行動はアシュタルテ侯爵に任せるということか。
これは、貴族社会にブリザードが吹き荒れるかもしれない。
そう思ってしまったボクの内心を読んだように、プリムローズが苦笑気味に告げる。
「いや、実際に動くのは上の兄だろう。父に任せると間違いなくやりすぎてしまう」
「小侯爵もそれはそれで大概だと思うけどね」
小侯爵とは次の侯爵のことであり、つまりはプリムローズの兄にあたる長男のことである。ボクがぼやくとプリムローズは『なにを今更』とでも言うように肩を竦めた。アシュタルテ侯爵家の人間が大概な輩なのは知れたことで、その中では比較的穏当なのが小侯爵であるというだけの話なのだ。
話題が一段落した空気を感じ取り、ボクもクラリスの紅茶で喉を潤すことにする。
しばし無言の時間があり、クラリスが茶器を触る音と、どこかで仕事をしているフォノンが扉を開け閉めする音だけが聞こえる。
ボクは口を開く。
「――で、キミの目的は結局なんだったのかな?」
プリムローズはティーカップを傾けたまま、視線だけで問い返した。
たった今説明した通りだが? と。
そうではない、とボクは首を横に振る。
「今喋った内容だけだったら、ボクを雇う必要はなかっただろ。確かに、ボクが『教会』に侵入したことで手っ取り早く情報が集まったのかもしれないけど、正規の手段で『教会』に調査と情報提供を求めたところで然(さ)したる差はなかったはずだもの」
何故ならば、『教会』はクソ司祭の行いを把握していないし、もちろん容認もしていないからだ。
つまり組織としてクソ司祭を庇っているわけではないから、然るべきルートでタレコミをすれば正しく調査が行われるはずだ。急を要するわけではないのだから、侵入のリスクを冒してボクを使うよりも、そうしたほうが安心確実だった。
可能性の話をすれば、プリムローズはもっと困難な事態を想定してボクを雇ったけど、予想に反して容易に片付いてしまっただけという線は否定できない。先にも触れた通りそういう困難もこみこみの報酬設定だし、双方の合意である以上、容易に片付いたからと言って減額されたりもしない。結果として依頼が想定よりも遥かに簡単に片付いたとしても、それは双方にとって運がよかったというだけの話なのだ。
プリムローズは簡単に事が済んでよかったし、ボクは楽して大金が稼げてよかった。
だけどボクの長年の勘は、今回のこれは違うと言っている。
たぶん、この子には最初からこの結末が大体見えていて、だからこそボクを雇ったのだと、そんな気がしてならない。
プリムローズはカップをソーサーに戻して、居住まいを正してボクを見据えた。
そして、微笑んで口を開く。
「私は、貴女にお礼をしたかったのだ」
「…………は?」
予想外すぎる言葉に、ボクの目が点になる。
「今回の一件。貴女が事態に気付いて行動を起こしてくれていなければ、きっとクラリスの命は喪われていただろう。間抜けな私は事態に気付いてすらいなかった。すべて貴女のおかげだ」
だから、とプリムローズは椅子から立ち上がり、
「私の大切な従者を救ってくれて本当に、ありがとうございました」
そう言って、深々と頭を下げたのだ。
当然、近くに控えていたクラリスもまったく同じ動作をしている。
彼女たちが揃って頭を下げている相手は、あろうことかこのボクである。
「ちょ、ちょちょちょ、ちょっと待って⁉」
思わずボクも立ち上がり、大慌てで彼女たちを制する。
そんな簡単に下げていい頭じゃないでしょ、と言うと、プリムローズは顔を上げてあっけらかんと言う。
「うん。だからこうして頭を下げたのだ」
「どこの世界にメイドのために頭下げる主人がいるのさ……」
そりゃあ、先の礼拝堂での姿を見ていればプリムローズにとってクラリスが単なる一介のメイドではないことはわかるけども。
ボクはなんだか気が抜けてしまって、殆ど落ちるように椅子の上に戻る。
一方のプリムローズは優雅な所作で座り直し、クラリスは何事もなかったように給仕に戻っていた。
「貴女のことだから、普通にお礼がしたいと言っても素直に受け取ってくれないと思ったんだ」
「それでわざと簡単な依頼を受けさせて、ボクに報酬として受け取らせるようにしたって?」
「そう。もっとも、そのつもりが結局また貴女に助けられてしまったがな」
笑って告げるプリムローズに、ボクはわずかに目を細めた。
彼女の考えが間違っているわけでも、不愉快だったわけでもない。むしろ逆で、彼女は正しくて、ボクが貰って一番嬉しいのは金銭に相違ない。だけど依頼の報酬という建前がなければボクが受け取らなかったであろうことも、そのとおりだ。
プリムローズの行動は、ボクという人間に対して極めて正解だった。
ゆえに、ボクはここで確信した。
やっぱり、この子はボクのことを知っている。
ドロシーという名のなんでも屋が学院で活動しているという浅い理解などではなく、ボクという人間のパーソナルな部分を知っている。もしかすると、来歴や正体に至るまで。
プリムローズが単なる一介の学生であったならば『なにをバカな』と自分を笑うところであるが、生憎とこの少女はあのアシュタルテだ。帝国に対する国家防衛の最前線を担う一族であり、プリムローズ自身の立ち居振る舞いにも暗部に関わる人間特有のものがあると評したのは他でもないボク自身だ。
彼女がボクを知っている。それはボクにとって、決して軽視できない事態だ。
何故ならば、ボクの正体を知っているということは、ボクが有する致命的な『弱点』についても知っている可能性があるからだ。
ボクはもともと、組織に飼われる暗殺者だった。表向きの顔がシスターであったことからも察せられると思うが、ボクを飼っていた組織というのがまさに『教会』の暗部なのである。
そしてボクは普通の人間ですらなく、そもそもそのために生み出されたデザインベイビーだった。今のボクの外見年齢は精々二十歳程度にしか見えないが、実はもうずっと前から同じ姿をしていて、少なくともプリムローズの倍以上の時を既に生きている。だけどボクの肉体は老いることがない代わりに欠陥を有していて、それは定期的にとある薬物を摂取しなければ肉体機能を維持できないというものだった。
早い話が、その薬の供給を断たれればボクは死ぬ。
紆余曲折あって暗殺者を廃業したボクがこんな場所でメイドをしているのは、この学院にその薬を調合できる人物がいるからだ。そして貴族学生を相手に依頼を受けているのは、薬を調合するには大金が必要なためである。以前は組織が用意していた薬を自前で調達しなければ生きていけないからこそ、ボクはここでこうしているのだ。
この薬の存在こそ、ボクにとっての致命的な『弱点』。
これの供給元を握られてしまうと、それは生殺与奪を握られたに等しい。
――秘密を知る者は、少なければ少ないほどいい。
暗殺者時代の物騒な思考が鎌首をもたげる。
秘密を知った者は生かしておけない。その口を封じなければ、巡り巡って必ず自分の命を脅かすことになるからだ。確証など要らない。少しでもその可能性があるならば、可能な限り早急に抹殺すべきだ。
だって、そうでなければ生き残れない場所で、ボクは生まれ、生きてきた。
「ドロシー?」
名を呼ばれ、ボクは溜息を吐いた。
顔を上げて見れば、謝礼を伝えることができて肩の荷が下りたのか、だいぶあどけない表情になったように見えるプリムローズがいる。
――この子を殺すって? 冗談じゃあない。
ボクはもう暗殺者ではなく、ただのなんでも屋だ。
だから最初に考える選択肢はナイフではなく言葉である。当然だろう。
これでプリムローズがボクに敵対している人間であれば、まあ少し考えなければならなかっただろうけど、幸いなことに彼女はボクに恩義を感じてくれている。
だからボクは、思い切って聞いてみた。
「プリムローズ。キミ、ボクのことを調べたりした?」
すると彼女は小首を傾げるような可愛い動作をして、
「いいや?」
と応じる。
言葉はそこで終わらず、続けて、
「だがまあ、一方的に嗅ぎ回られるのは趣味ではないな」
ボクはげんなりした。
それってつまり、プリムローズ自身は動いていないけど、配下なりなんなりを動員してボクを調査してたってことじゃないか。だって彼女が遠回しに告げているのはどう考えても、レキの依頼を受けてまさに彼女の身辺を嗅ぎ回っていたボクに対する皮肉でしかない。
その予想を裏付けるように、プリムローズは意味ありげな笑顔で言う。
「別に私は、現役時代の貴様が『月光』と呼ばれていたこととか、実はドロシーという名も本名ではないこととか、あとは身体的なお薬事情とかは全然知らないので、心配しなくてもいいぞ」
「全部知ってるじゃん……」
もはや抵抗する気すら起きないほどに全部割れてる件。
流石に短期間でボクのことを調べ尽くすのは無理があるので、おそらくプリムローズの関係者にたまたま暗殺者時代のボクを知る者がいたりしたのだろう。レキのところのメイドがそうだったように、あり得ない話ではない。薬のことまで知っているとなると、もしかするとかつての同僚が生き残っていたとかだろうか。
こうなるとボクの選択肢はひとつしかない。
即ち、なんとしてでもプリムローズと良好な関係を維持し、秘密を守ってもらうのだ。
「どうやら、長い付き合いになりそうだね……」
今後は特別価格でこき使われるくらいは覚悟しておいたほうがよさそうだ、とボクが肩を落としながらぼやくと、プリムローズは初めての表情を見せた。
「うん。よろしく」
にっこり、と大輪の笑顔を咲かして見せたのだ。
その表情があまりにも綺麗で、純粋に嬉しそうだったものだから。
――まあ、いっか。
ボクも不思議なくらい、悪い気はしないのであった。
◇◇◇
それからまた少しの時が過ぎ、ボクとプリムローズは適度な距離で交流が続いていた。
普段の生活で会うことは基本的にないが、時たま思い出したようにプリムローズが依頼の話を持ち掛けてくるような関係性だ。アシュタルテ侯爵家という大貴族の令嬢だからか、プリムローズはとても金払いが良い優良な顧客なので、ボクとしても彼女からの依頼は大歓迎、なんだけど――
「まさかイオの影武者をやる羽目になるとは思わなかったなぁ」
なんとも言えない気持ちを溜息と共に吐き出すと、聞こえていたらしいプリムローズが微かに笑った。
なんでも、立場上気軽に会うわけにはいかないプリムローズとイオが交流を楽しむための陽動として、ボクに別の場所でイオの振りをしてほしいとか。それ自体は別にいいのだけど、ボクがなんとも言えない気持ちになるのは、つい最近聞いたような話だと思ったからだ。
きっと本来は、こういう悩みを抱えた子たちのために老司祭はあの廃教会を残したんだろうなぁ……。
そんな思いを抱えつつ、なんとなしに視線を向けた先では、何故かここで働くことになったらしいメイドのヘレナとハンナがクラリスにビシビシ指導されていた。あ、フォノンも巻き込まれた。
ちなみについ先程までイオもこの場にいた。ボクの『イオモード』のお披露目のためにプリムローズの寮室に集まっていたのだ。もっとも、何故かプリムローズには一切通用せずに見破られてしまったのだが。
もちろんイオは正面のエントランスから堂々と立ち去るわけにはいかないので、帰り道はここのベランダから飛び降りて自分の寮室のベランダまで飛んでいった。卓越した風魔法使いであるイオだからこそできるダイナミック帰宅である。なお当然のごとく色々な規則をガン無視の所業である。イオって優等生の顔しながらわりと平然とルール無視するよね。
「じゃあ、ボクも帰るよ」
「うん。またな」
当然のように再会を告げるプリムローズに、ボクは『そういえば』と、思っていたことを問うてみる。
「キミってさぁ、なんか最初からやけにボクに好意的だったよね。なんで?」
だった、というか今も進行形で彼女の視線には好意が見て取れる。
最初はボクがクラリスの命を救う助けとなったからなのかと考えたが、どうにもそれだけでは説明がつかないと思い始めたのだ。
だってそうでしょ。普通に考えて恩義は恩義であって好意ではないのだ。
恩人だから必ず好きになるわけではないだろうし、それにしてはプリムローズはボクのことが好きすぎるように思えてならない。いや、自分で言うと痛い自惚れみたいで嫌なんだけど。どのくらいかというと、今日もイオからの嫉妬の視線がボクに突き刺さっていた程度には、プリムローズのボクへの態度が気安いというか優しいというか。
するとプリムローズは「ああ、それか」と頷いて、
「非常にくだらない理由だが、聞くか?」
まあ、そんなに気になるわけではないけど、折角なら聞いておこう。
ボクは頷いた。
「昔、好きだった物語があってな。その登場人物に、貴様とそっくりの女性がいたのだ」
「はあ?」
「ふふ。実は私は、その人のことが一番好きだったのだ」
なんだか懐かしそうに言ってるプリムローズには悪いが、ボクは首を傾げるしかない。
聞いておいてなんだけど、本当にくだらないというか、意味がわからないというか。
「要するに、キミが好きな作中の人物にボクがよく似てるから、キミはボクに好意的だったってこと?」
「うん」
「いや……ボクはボクで、その人とは違うんだけど」
当たり前のことを当たり前のように告げると、プリムローズは頷いた。
そして、彼女は当たり前のように言うのだ。
「うん。貴女のほうがずっと魅力的だ」
「…………」
え。もしかしてボク、口説かれてる?
なんて意識がプリムローズには皆無なのは顔を見ればわかるが……とりあえずこれだけは言っておかねばなるまい。
「お願いだからソレ、イオの前では言わないでね」
「?…………なんで?」
「なんでも!」
主にボクの心身の平穏のためにっ!!