01Short Story

【特典SS】カミツレ入団物語
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【特典SS】カミツレ入団物語

河の国(マンチェスター)から銀の団に参加した職人に、カミツレという女性がいた。

群青のショートカット、白黒の紳士服のようなファッションに身を包む、新進気鋭の服飾士だ。
彼女はやがて、工匠部隊所属の中の織り子班と呼ばれるグループに所属することになる。
服飾を生業とする女性五名で構成される、銀の団の衣服、裁縫を担当する集団だ。

カミツレは河の国(マンチェスター)の革新派の職人だった。
式典時のドレスからちょっとお高いお出かけ用の服までを手掛ける服飾士……その中でも、巷で多くの女性から人気を集める有名服飾士(ブランドメイカー)だ。
大々的な社交界が近づくと、貴族の子女達は彼女にオーダメイドのドレスを作ってもらおうと殺到するのだとか。
けれど銀の団の職人募集の話を聞いた時、彼女はあっさりと河の国(マンチェスター)の自分の店を畳んで入団希望を表明した。
彼女を老後まで保証してくれるような人気店を畳む……同業者の職人達は、理解不能な行動に眉を顰めた。
けれど革新派たる彼女にとっては当然の選択だった。
様々な職人が集い、服飾士以外の技術を学べる職人たちの叡智結集の場所。
各国から来た人々、その文化と価値観に触れられる多様性の集結点。
そして……今の自分では縁遠い、魔物素材に触れ、自分の作品世界をもっと広げられる新天地(フロンティア)。
行かない理由などカミツレにはなかった。新たな可能性を夢見て、新たな生活に心を躍らせ、彼女は魔王城行きの馬車に飛び乗った。

カミツレが魔王城に到着した朝―――。

「おら、てめーら気合入れろよ! スムーズに、着実にだ! 声合わせろ! せーのォ!!」

わーしょい、わーしょいとロープを引く男達を、カミツレはぽかんと見ていた。

「はっはぁ、魔王城来ていきなり力仕事とはなぁ!」

筋肉ムキムキの男が集まって綱引きをしている。
唸る二頭筋、立ち込める汗と雄の臭い……叡智の結集は?

「あんちゃん、いい筋肉してんなぁ!俺も負けねぇ!」

「ははっ、野郎が仲良くなるならやっぱ筋肉言語しかねぇ!」

多様性の集結点は?

「てめぇら力合わせろ! 団長さん引き上げっぞ! うぉぉぉぉおおおお!!」

職人達と知的に会話し、自らの作品作りに専念し、時には魔物素材に触れて――過酷な環境でも、そうやって腕を上げていく。
そう思い描いていたカミツレの新天地(フロンティア)は、男達の野太い雄叫びによってかき消されてしまった。

後から聞いた話によれば、あの綱引きは、初日早々ダンジョンに突入していった銀の団の団長を引き上げるためのものらしかった。
なにそれ。超武闘派じゃん。団長は、呪われし王女とか噂されている女の子と聞いていたのに……。

「カミツレ、カミツレ……あー、あったな。河の国(マンチェスター)から来はった職人サンやね。
 あんたの所属は工匠部隊、上司は隊長を務めるこの儂、エゴノキになる。これからよろしゅうな。
 今は色々と受け入れでバタついとるから……ひとまずは荷解きをしながら、指示を待ってくれるか?」

忙しそうな顔で団員リストに丸をつけるエゴノキ。
カミツレは再びぽかんとしながら、魔王城の周辺を見回してしまう。

「荷解きをしながらって……その、私の部屋はどこに?」

「それなぁ……各団員の個室を備えた宿舎は、これから建設に取り掛かる予定なんや。それまでは男はテントで野営、女性と十五歳以下の子供は先遣隊の残した仮設砦に宿泊してもらう。すまんなぁ」

エゴノキの苦い顔を見れば、王族会議から無茶難題を押し付けられ準備が間に合わなかったのだろうとは推察できた。かといって……。

仮設砦は、本当に兵士達が寝泊まりするだけの建物だった。
殺風景で見栄えは悪く、隙間風があちこちから入ってくる。そして当然、十分な部屋数はない。
カミツレは魔王城に来た初日、武器の貯蔵庫だったであろう部屋に持参した毛布を敷いて、同じような年齢の八人の女性と雑魚寝をして夜を明かした。
こんな調子で大丈夫なのだろうか。自分はここで作品作りに打ち込めるのだろうかと、不安に思ってしまう。
けれど窓から外を見れば、恐らく大工の男達が夜通しで宿舎の建設に取り掛かっていた。
あのエゴノキも、傍で作業の様子を見守っている……銀の団側は、できる限りの対応をしていることは見て取れた。

「うぉぉぉぉおおおお!! 筋肉建設! 筋肉建設!」

夜ぐらいは静かに作業してくんないかな。

「……あなたも眠れないのかい?」

カミツレは同じように窓の外を見ていた、同室の女の子に話しかけてみる。

「よろしく、私はカミツレだ。あなたは?」

「キリ」

黒髪に赤いマフラー姿のその子は、まだ子供に見える……両親はいないのだろうか。
いや、銀の団は元々戦争難民の受け皿だ。自分のような志願者より、むしろこういう子の方が多いのかもしれない。

「色々大変だと思うけれど、お互い頑張っていこうじゃないか」

「…………」

「…………」

「…………」

「あ、そういえばあなたの出身ってどこなのかな?」

「…………」

「…………」

この子、なんで無視するんだ?

「ねぇあなた、裁縫を仕事にしている人でしょう。私もそうなの」

と、声をかけられたのは翌日のことだった。
カミツレが振り返れば丸眼鏡にふわふわの髪、上品で穏やかそうな年上の女性が微笑んでいる。

「どうしてわかった、って顔しているわね。持っている道具を見ればすぐよ。
 今ね、服飾の職人の子達に声をかけてるの。
 同業種で班を作らないかって……そうすれば団からの依頼事項があった時に対応しやすいし、お互いの技を学び合えるでしょう。あなたもどうかしら?」

ハゴロモと名乗った女性はそう言うと、先に声をかけていたらしい、同業者三人の下へカミツレを案内した。
入団初日に筋肉ムンムンの力仕事を見せつけられ、夜には同室の女の子にシカトを食らってげんなりしていたカミツレだが、その同業者を見て目の色が変わることになる。

一人目、アザレア。森の国(スレイアード)の女性達の中で最近話題になっているという、フェミニンな服を得意とする新進気鋭のクリエイターだ。
二人目はサオトメ、こちらも砂の国(ランサイズ)で名を馳せた、パンク系の服で女性に人気の服飾士だ
もう一人、最近裁縫の仕事を始めたばかりという、タンポポという後輩もいたが……自分と同じくらい人気な、二人の有名服飾士(ブランドメイカー)の姿に、カミツレは立ち尽くしてしまった。

「な、なんで魔王城に……?」

呆然としたカミツレの呟きに、アザレアはため息で応える。

「なんで? 決まっているでしょう。自分の腕を上げるためよ。
 そのために魔王城(ここ)が最適だと判断したの。あなたもそうでしょう?」

続いてサオトメも、人懐っこい笑顔を向けてくる。

「あたし達、店を畳んで殴り込みに来たの! 新時代を切り開くならここしかないよね~。
 カミツレっちもそうでしょう? 同世代の同業者……噂は聞いてるよ、負けないんだから!」

これだ。これなのだ。カミツレは感動で今にも泣き出しそうだった。
仕事に情熱を注ぎ、腕を磨くことだけを考えてこの地へやってくる生粋の職人。
彼女達と切磋琢磨し、時に学び合える環境。しかも優しそうな先輩と、純朴そうな後輩もいるおまけ付きだ。
アザレア、カミツレ、サオトメ、タンポポ、そしてハゴロモ。これが織り子班の結成秘話。
カミツレはここから、夢見ていた魔王城での職人ライフを――。

「あんたらにスライムの口を縫い合わせて欲しいんだ。
 できる限り事前に洗浄させるが、内側は若干粘ついているかも。ま、人体に害はない」

華やかなカミツレの夢は、早々に打ち砕かれた。
その日、団長ローレンティアと共に織り子班の下へやってきたのは、アシタバという男だった。

「スライムの口を縫い合わせる……?」

魔物の口を?縫い合わせる?え?頭おかしいの??

「基本的には縫い合わせの単純作業だ。難しくはないはず」

同業者との切磋琢磨は?

「口を縫い合わせてシートにする……独身者の部屋の床面積ぐらいだろうか。
 しばらくは重ね合わせて使いたいから、それを六枚くれ」

私の華々しい魔王城ライフは……?

「はぁ………」

なかなか上手くはいかないものだ。
カミツレ達はアシタバが帰った後、お土産とばかりに置いていったスライムの口を縫い合わせる作業に入った。

故郷の自分の店では上物の生地にどう鋏を入れて、どんな装飾を合わせようか期待に胸を膨らませる日々だったのに。
今自分が手にしているのは、黄色く半透明で、寒天のようにプルプルとしたゼリー状の何かだ。
スライムの口……とアシタバが言っていた。魔物の体の一部だと思い出すだけで鳥肌が立ってしまう。

「縫った糸を保持するぐらいには硬さがあったのが救いね。しかし、工房も無いとは大変だわ」

アザレアの言う通り、魔王城に来たてで作業場もない五人は、地面に適当な布を敷いて作業する羽目になった。

「スライムの口って言うけど、開口部ってわけじゃなくて濾紙みたいなんだねぇー」

砂漠育ちのサオトメは、悪環境にも魔物にも免疫があるようだったが……カミツレの気分は乗らない。
見かねたハゴロモが、心配そうに声をかけてくる。

「大丈夫? カミツレちゃん。裁縫仕事っていうからお受けしたけど……予想より大分違ったわねぇ。できそうかしら?」

「正直なところ、今からでも何とか断れないかとは思っています。ま、受けた以上は仕事ですから、やり遂げますがね」

「うふふ、職人さんねぇ。でもね、カミツレちゃんには悪いけれど、私は今回の依頼、受けてよかったって思ってるの」

「……え?」

この、ぶにぶにとした魔物の部位を縫い合わせる苦行が? と、顔に出ていたのだろう、ハゴロモは苦笑しながら続きを話した。

「さっき、アシタバさんが言っていたでしょう。これは銀の団の、飲み水を確保するための施策だって。
 大切なことだわ、団員の皆さんの生活に直結するお仕事よ」

「まぁ、それは否定しませんが……」

「そしてね、銀の団は難民の方が多いでしょう?
 対して私達は、どちらかというと富裕層向けの職業……何もしなければ、彼らから浮いてしまうわ。
 つまり、私は多分、私達の仕事の社会的な立ち位置を気にしているんだと思う」

「社会的な立ち位置……?」

突飛な言葉だ。でも、ハゴロモの横顔は真剣だった。

「騎士団が、本来の業務から外れて辺境の村を守る。
 商人が、前線に近い街を孤立させないためにリスクの高い貿易路を走破する。
 これらは戦争時代、実際にあった事例よ。
 極論を言えば私は、商業というものは個人が社会に果たすことのできる責務の形だと思っている。
 同時に、特に戦時、戦後時代において、その責務は通常の範囲を超えて求められることが多かったと思うの」

なんか急に難しいことを言い始めたな、とぽかんとするカミツレを見て、ハゴロモは慌てて優しい言い方を探している様子だった。

「つまり私は……難民が集まる、戦後復興の密度が濃いこの銀の団において、従来通りの富裕層向けの仕事をするスタンスでいては、社会に対する責務が果たせないって思ったの。
 この場合は銀の団への貢献ってことね」

「だから、生活水に直結するこの仕事で実績を作る……?」

「そう言うと打算的だけれど……そうね。アシタバさんがお話をくださったのは、渡りに船だと思ったわ」

「………」

つまりは社会貢献、と解釈すればいいのだろうか。
確かに、カミツレが店を構えていた大都市と比べて、銀の団は人間関係の密度が濃くなるだろう。
例えばお高く留まっているといった悪評はすぐに広まりそうだ。
銀の団に溶け込むための入門編と割り切ればよいのだろうか……。

「カミツレさんは考え過ぎなんですよ」

話に割って入ったのは、隣でスライムの口を縫い合わせていたタンポポだ。

「考え過ぎ?」

「こんなの、お隣に鍋のおすそ分けをするぐらいに思っていればいいんです。
 でなければ、職人目線とは別の意義を見出すかですかね。
 聞きましたか?このスライムを使った水の浄化って、今回が初の試みらしいですよ。
 服飾とは違いますが、立派な技術革新です……というわけで私は今、このスライムの口に最適なオリジナルの縫い方を模索しています。
 タンポポ縫いと名付けて歴史に残しますので」

「ちょ、ずるいだろう!」

乗せられる形になって、カミツレもスライムの口を縫い合わせる作業に戻った。だが、確かに……。

カミツレの店は河の国(マンチェスター)の王都にあった。顧客はもっぱら貴族の子女達だ。
カミツレはそれを誇りに思っていた。自分の作品に高い値段がつけられ、身分の高い者に纏われる。
職人としての誉れだ。

一方で、上京したての時は大変だった。
故郷は山奥の田舎、何の後ろ盾もないカミツレにあったのは職人としての野心だけだ。
この戦争時代、服の仕事で食っていける職人は一握り。
ましてや若手にまともな働き口は用意されてなどいない。
カミツレはタダ同然の雑用仕事に就くしかなく、いつもお腹を空かせていた。

そんな日々の中、裏路地に蹲っていたカミツレは、ある料理人に声をかけられる。
服装を見れば貴族向けの高級店のシェフと分かる……そんな男が、くたびれた自分に賄いのような料理を差し出していた。

「いいから、食え」

あれが、王都で他人から受けた初めての善意だった気がする。
カミツレは血走った目で久々の食事を平らげると、不思議そうに男へ目を向けた。

「……なんで私を助けたの?情け?」

「情けをかけられたなんて屈辱……ってタチか?あんた、プライド高そうだもんなぁ」

まるで兄貴分のように振る舞うその男は、空を見上げて呆れたように笑う。彼の言う通りだ。
職人としての志と共に王都に来て、食い扶持を稼げずに他人から施しを貰う……カミツレにとってこれは、恥以外の何物でもなかった。

「違うよ、これは。言うなれば俺の罪滅ぼしってとこだ」

「罪滅ぼし?」

その言葉は意外だった。男の自嘲は続く。

「ウチの店は貴族御用達でね。逆に言や、貧乏人はお断りなんだ。
 けど今は戦争時代だろ、この街にもあんたみたいな一文無しはゴロゴロいる。
 ウチはまぁ、そういう奴らを見捨てているっちゃあそうなんだが。
 あぁ、過度な罪悪感を抱いているわけじゃないぜ?
 俺の仕事は慈善事業じゃないし、誇りを持ってやってる。安い飯を作る気はないね。
 けどま、後ろ髪引かれないわけじゃないから、こうやって誰かしらを捉まえて罪滅ぼしをしてるってわけだ」

カミツレは野心家だ。故郷を離れて単身で王都に来るほどに。
だから貴族相手に仕事をしている男は目標と言えた。
そんな男が、理解が及ばない何かを口にしている。

「ボランティア精神に目覚めたってこと?」

「まぁそうだ。他の言い方をするなら、ちゃんと社会に関わりたかったってところか」

「社会と?」

「俺は貴族としか相手してねぇから、実感が薄いんだよなぁ。
 俺がこの街に住む一員で、助け合いによって生活が支えられてるってことをさ。
 俺の扱う食材を作ってくれる農家。街の平和を守ってくれてる騎士。
 この服だって縫った奴がいたはずだ。そういう繋がりの中に俺がいる。それは忘れちゃいけねえ。
 だから今、こうやってあんたを助けて、俺もその一部だって改めて自覚するのさ」

「……でも結局やることは、貴族向けへの仕事ですよね?」
 まだ物分かりの悪いカミツレに男は苦笑した。

「はは、でも一流の職人になるには必要なことだと思うぜ。つまり……リスペクトだ、お嬢ちゃん」

数日後。織り子班の作成したスライムシートは、アシタバとローレンティアの検証、円卓会議の承認を経て、銀の団の運用の一部として活用されていくことが決まった。

「あれ、今のどう縫ったんですか?」

日常的な消耗品であるスライムシートは、一般団員も巻き込んで継続的に製作していく運用になった。
戦闘員、職人に属さない有志の女衆が集まり、織り子班の班員が縫い方を教えていく。
カミツレの周りにも二十代、三十代ほどの女性が顔を寄せあって、彼女の手元を繁々と観察していた。
少し恥ずかしい……そして慣れないことだった。カミツレが作業をする時は、いつも静かな工房の中で。

「わぁ、すっごい、カミツレさんの手元正確……」

「それに縫うのも早いわよねぇー」

「や、そんな……」

あの男に助けられてから、必死に修業を積んで自分の工房を建てた。
銀の団の噂が流れると、自分の腕をもっと磨ける地に憧れて魔王城にやってきた。
だけどそこで集団生活を始めるということを、十分に自覚ができていなかったのかもしれない。
貴族に向けて仕事をしていたあの時とは違う。ここの団員は難民が多くて。でも――。

「改めて、ありがとうございますね、カミツレさん」

「え?」

振り向けば、三十代ほどの主婦がこちらを優しそうに見ている。

「このシートを試作してくださって。これで水に困ることはなさそう……子供達とも安心して暮らせます。
 だから、ありがとう。貴女のおかげで、私達はとっても助かりましたわ」

三日後。カミツレは魔王城の堀の脇に立って、スライムシートが亜水を濾過する様を眺めていた。
これから始める銀の団の日常を、ここから生まれた水が支えていくのだ。

「あ、織り子班の……カミツレさん、でしたっけ?」

声に振り向けば、恐らく散歩中だったのだろう、ローレンティアがこちらを見つめていた。

「こ、これは、ローレンティア団長……!」

「あ、そんなかしこまらないで……私の方が居づらくなりますので……!」

居づらくなりますので?とカミツレは困惑してしまう。
どうもローレンティアは王族のはずなのに、河の国(マンチェスター)で仕事をしてきた貴族達よりも砕けているというか……良く言えば、親しみやすかった。

「水の濾過、銀の団の主婦の方々が仕事を請け合ってくださったので、毎日採水ができそうです。
 それもこれも、織り子班製のスライムシートのおかげですね」

「とんでもない!それを言うなら、団長様が円卓会議で決議を取ってくださったからでしょう」

「そんなことは……ふふ、まぁ今は、この成果を噛みしめましょうか」

カミツレとローレンティアは改めて、濾過した雫を滴らせるスライムシートへ向き直った。

河の国(マンチェスター)の店を畳んで以来久々の、カミツレの作品と言えた。
かつて貴族から貰ったような、煌びやかな称賛はない。それでも先日、主婦から感謝を述べられたばかりだ。

(まぁ、来た時の想像とは少し違ったけれど……)

ここにはまだ工房もない。作品を送り出す貴族界もない。
武者修行のために来たのにどうしようかとは思ったが、技術を高め合う職人仲間はいて、どうやら親しみやすい団長もいるらしい。
そして、あのシェフの言っていたリスペクト……あの時は分からなかったあの言葉を、今なら理解できる気がする。
ここでは隣人の顔がよく見えるのだ。だからこそ、自分が銀の団という社会の一員になったのだと、よく理解ができた。

「団長様」

「はい?」

「これから……よろしくお願いしますね」

先のことはまだ分からないが。
ここでの生活がきっと職人としての糧になると、カミツレは何となく予感をし始めていた。