01Short Story特典SS
【特典SS】酒クズ会議(ぐだぐだ)
――夜。神殿内仮設庁舎の片隅にある、チルチルの研究室。
オレが酒瓶を抱えて部屋に入ると、机の上には酒瓶がずらりと並んでいた。干し肉、ナッツ、チーズ、パン、ピクルス。なぜか蜂蜜。氷入りの金属製バケツ。さらに、もうひとつ布をかけられた小さなバケツまである。
研究室というより、酒場の裏で何かよからぬ実験が始まる直前の風景でしかない。
「……お前、ここを何だと思ってんの?」
オレが言うと、床に座り込んでいたチルチルが、酒瓶を抱きしめてふにゃっと笑った。
「研究室だよぉ。ちゃんと研究テーマもあるもん。今日は飲み方による味と酔い方の比較実験だよぉ」
「テーマが終わってる。お前らしいけど」
「んふふ」
チルチルは得意げにグラスをいくつも並べた。
「今日は、常温、水割り、氷、スペシャルで飲み比べします」
なんでこんなにちゃんとしてんだよ。現代日本のバーみたいなんだけど。
それにしても、チルチルもう出来上がってないか? いや、いつものことだけどさ。
「スペシャルってなに」
「あとのお楽しみだよ」
オレはテーブルを挟んで向かいの椅子に腰を下ろし、持ってきた酒瓶を机に置いた。
チルチルはまず琥珀色の酒を、常温のままグラスに注ぐ。とぽとぽと音を立てて、濃い香りがふわっと立ち上がった。
「はい、まずは常温。お酒の素顔だね。お化粧していない美人さん」
一口飲むと、喉が熱くなった。
強い。けれどストレートな分、香りはよく立つ。樽と煙と甘さが、喉の奥からゆっくり戻ってくる。
常温ストレート、オレはあんまり飲まないけど――
「……こういうのを飲んだやつは、急に昔話を始めるんだよな。若い頃は無茶してたとか、昔はもっと稼いでたとか、元カレの話とか」
こういう酒は、口を軽くする。すぐに酔うんだ。酒にも、雰囲気にも、自分にも。
ちびちび舐めるように飲んで、気がつけば過去の栄光だの失敗だのを勝手にしゃべり出す。そういう危険な酒だ。
チルチルは水差しを持ち、酒の残りに水を注いだ。
「次は水割り。これはだらだら飲むやつだねぇ」
「さすが、よくわかってるな」
強い酒はそのまま飲ませるとすぐ潰れるけど、水で伸ばせば長居させられる。初回客に有効だ。時間を引っ張って、トークで酔わせる。
んでもって、単純に飲みやすい。
アルコールの角が取れて、喉に引っかからなくなる。
一口飲むと、さっきよりずっと優しくなっていた。
「ん。強さが引っ込んでるな。優しい顔してるけど、気づいたらぐでぐでになってる罠の酒だ」
水で割っただけで、アルコール自体は減ってないからな。飲みやすいだけ。危険な酒だ。
「さすがユーリ様。じゃあ次は氷いってみよぉ」
チルチルが新しいグラスに割った氷をざらざらとグラスに入れる。いい音だ。
酒を注ぐと、前に出ていた香りが少し引っ込んだ。冷たさが前に出て輪郭が丸くなる。最初の一口で「飲みやすい」と思わせる力がある。
オレも、ロックを一番よく飲んでた。
チルチルが一口飲んで、へらっと笑った。
「これは、細かいことがどうでもよくなる味だねぇ。いくらでも飲めそう」
「危ないやつだよな。ちょっと酔ってても飲めるし」
マジ危険な酒だ。
――全部危険だって? そのとおり。酒は百薬の長なんて言うけど、ありゃ嘘だ。
その危険な酒をどれだけ売り上げるのかがキモだ。あっさり潰れちゃホスト失格。相手にどれだけ飲ませるかが大事。肝臓は大切にな。
「それじゃあ、次は本日のメイン、スペシャルだよー」
チルチルが、布をかけられたバケツに手を伸ばした。布が取られると、そこには透明でつるんとした丸い氷が入っていた。
「……は?」
オレにとっては見慣れたやつだ。けれど、文明開化の音がしないこの世界で見ると、急に魔導具みたいに見える。
「……お前、これ作ったのか?」
「うん」
おいおい、マジかよこいつ。
オレは知識があるけど、こいつは丸氷なんて知らないだろ。
独自の研究でここまでやったのか?
「酒への情熱だけで文明を一段進めてない?」
「材料とお酒があれば、チルチルはだいたい何でもできるよぉ。振動を加えながら冷やすと、透明な氷ができるんだよー。雑味がなくておいしいの」
「いやマジ普通にすごい」
魔導具師、ものすげえなぁ。
チルチルは丸い氷を新しいグラスに落とした。コン、と静かな音がする。
そこにオレが酒を注ぐ。
「……すげえな。王族の威厳を感じるわ」
まず見た目が違う。注いだだけでも、妙に雰囲気がある。王様の酒だ。
しかも丸い氷は大きくて溶けにくい分、薄まりにくいんだよな。味が長く持つんだ。
……マジで文明が一つ進んでるぞ。
「きれいだし、なぁんか偉そうだよねぇ」
一口飲む。
ああ、うまいな。懐かしい。
これ、店で出したらめっちゃ受けるだろうなぁ……
チルチルは満足そうに笑うと、今度は蜂蜜の瓶を持ち上げた。
「……お前、それで何する気?」
「裏技だよぉ。水割りに一滴だけ入れるの。多すぎると甘くなるから、本当に一滴ねぇ」
……これ、オレも初めての飲み方だわ。
でもまあ、こいつの言うことに間違いはないだろ。酒に関してはマジ信用できる。
差し出された蜂蜜入りの水割りを、少し緊張しながら飲む。
「……やばいな、これ」
優しい顔をしているくせに、もう一口いきたくなる。
蜂蜜が酒の角をさらに丸くして、喉の通りをよくしている。甘すぎないのに、後味が妙に残る。
すげえ、危険。
「人をだめにするお酒だよぉ」
それは全部。
「……チルチル、お前マジで酒好きなんだな」
チルチルは酒瓶を抱え直し、ふにゃりと笑った。
「うん。お酒は恋人で、師匠で、家族で、友達だからねぇ」
「酒に依存しすぎだろ。どれかは人間にしておけよ」
そう言ったところで、チルチルは急にこちらを見た。
「んー、それじゃあ、ユーリ様の女の子の好みを教えてよぉ」
「は?」
マジかこいつ。酒の話からそこに飛ぶのか?
「よく聞かれるんだぁ、ユーリ様ってどんな子が好きなんですかって」
「……あっそ」
……まあ、よく一緒にいるからな。気が合うし。
オレのことが気になる女の子たちにとって、チルチルは話しかけやすい情報源なんだろう。
「女の子はみんなかわいいよ。――って言ってたって言っといて」
「模範解答すぎるでしょ。そういうのじゃなくて、もっと男子の本音っぽいやつ聞かせてよぉ」
「秘密」
誰が言うかっての。
笑いながらグラスを傾ける。丸い氷が静かに転がって、澄んだ音を立てた。
しばらく、どうでもいい話をした。つまみをつまんで、酒を飲んで。
そしてまあ、深夜というのは、だんだん人間をだめにするし、アルコールは思考力を奪っていく。
「……だからぁ、ユーリ様の女の子の好みを教えてよぉ。あたし、そこが気になって眠れないんだよねぇ」
「いや、正直、もう女はこりごりっていうかぁ、恋愛とかそういうの、正直めんどいんだよな~~」
「もう枯れてるんかーい。若いのにぃ。んー、じゃあ、いまは恋愛したくないけど、理想だけ言うならどんな子ぉ?」
「そうだなぁ……あえて言うなら、甘えさせてくれる子がいいかなぁ~」
何言ってんだオレ。
「ほうほう」
「包容力があってぇ、やらかしてもしょうがないなぁって感じで怒ってくれてぇ、疲れて帰ったら今日も大変だったねって言ってくれる子」
「それ、ダメ男製造機じゃぁん……ユーリ様、よしよししてくれる人がいいのぉ?」
「……まあ、そうとも言う」
チルチルは机に突っ伏して笑ったあと、顔だけこちらに向けた。
「じゃあ、おっぱいは大きい方が好きぃ?」
「なんでそっちに飛ぶんだよ……まあ、あるに越したことはないんじゃねーの……でも、大事なのは、受け止めてくれそう感だからなぁ……」
ふわふわで、やわらかくて、あたたかくて。
「ユーリ様、寂しがり屋さんなんだねぇ……」
「うるせぇな……」
そう返しながら、オレはグラスを口に運んだ。
チルチルは笑うのをやめ、少しだけ優しい目をした。
やめろ、そんな目で見るな。
「でもぉ、そういうの、わかるよぉ。あたしの場合は、お酒が優しくしてくれるからねぇ」
「だから、そこは人間であれよ。一番優しいのが酒って、だいぶ終わってるからな……」
「お互いさまだよぉ。ユーリ様も、なかなか終わってるもん……そうだ、お水いるぅ? 今日も大変だったねぇってよしよししながら出してあげるよぉ」
「ん……飲む……」
――そうして、深夜の研究は静かに続く。
翌日のオレが二日酔いで使い物にならなかったのは、言うまでもない。