01Short Story

【特典SS】実質異世界転生 ~二千年寝てたら世界が変わってました~ 2
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【特典SS】実質異世界転生 ~二千年寝てたら世界が変わってました~ 2

 宇宙における戦闘は、何においても広大すぎてスケールが異なる。
 特に私のような、義務教育期間に培う旧地球の価値観をVRゲームによって薄れさせないような人間にとっては。
 いや、ほら普段は帆船とかガソリン自動車とかを仮想空間で使ってるからさ。いざ宇宙に放り出されると、しばらくスケールが違いすぎてVRボケを起こすんだよね。
『上尉、またVRボケですか?』
「考えてもみてくれセレネ。私の身長は何センチだい?」
『甲種規定の標準スケールからは逸脱しておりませんね』
 最前線勤務のパイロット向け甲種乙型特殊義体は身長165cmから180cmの間に収まるように調整され、重量は白兵戦カスタムではないこともあって300kg程度と“かなり軽量”な部類に入る。
 こんなちっぽけな肉体に収まっているというのに、急に天文学スケールに放り込まれたら、そりゃ感覚も狂うだろう。
 旧地球から恒星であった太陽までの距離が約1億4960万kmという、光の速さで巡航しても八分もかかる遠大な距離だ。
 そして、残念ながら我々、大凡知性を持つ存在は、そもそもが光子の波形が知性を持った、我等が元締めである光子生命体を除いて光速で移動する手段を持たない。
 故に宇宙がどれだけの深淵にして荒漠なる場所か分かって貰えるだろうか。
 重力操作によって空間を歪める調薬技術がなければ、隣の星系に行くだけでうん十年、下手をすると三桁年を要する宇宙空間で人間は小さすぎる。
 たとえそれが、全高10mに達する巨大な機動兵器にブチ込まれたとしてもだ。スケールの違いとしては芥子粒がごま粒に変わったくらいのものだろうよ。
「おっと、時間だ」
『ですね』
 人間のスケールと天文単位の違いに想いを馳せていると、電脳のリマインダーが通知を発した。
 ブリーフィングの時間だ。
 私は通信帯にアクセスして会議用ルームに仮想入室。相方のセレネもそれに続き、統合軍軍人のマナーである開始時間の“五秒前入室”をきちんと果たした。
 仮想空間はシンプルな造りをしている。軍艦の電算機を無駄に使用しないよう、地面も空も真っ白で、それが地平線まで広がる空間にパイプ椅子が並べてあるだけの、実にシンプルな仮想空間だ。
 適当なパイプ椅子に座ると、同じ飛行隊の配下が既に集まっているのみならず、今回乗船することとなった甲種一型“アカギ型”打撃母艦のアマシロ2409に配属されている全機動兵器乗り、及び近場の護衛母艦や正規型母艦からの面子も集結している。
 操縦主たるパイロット、そのフライトオフィサ、各機の整備担当から管制担当官まで。
 かなりの人数であり、ルームのログイン数を計算すると三万名を越えていた。
 それもそうか。現行の主力大型打撃空母であるアカギ型は衛星級母艦だ。かつての月、その直径の三倍ある航宙艦には最大で一千万名の居住が可能とされており、母星が生存不能になった共同体に旧型を武装解除して売り払った実績がある代物。
 腹に詰め込まれている飛行隊の数も普段とは比べものにならない。
 特に、ここ数十年で最も大規模な“お礼参り”をやろうとしているのだから。
『飛行隊司令官、入室。起立』
 数列自我知性体の副官が先んじてログインし、行った号令に従って我々は勢いよく立ち上がった。踵を合わせ、僅かに胸を張り、顎を少し引く。仮に仮想空間のアバターであっても、背筋をピンと伸ばす姿勢は昔から変わらない。
「ご苦労。座って宜しい」
 我々が姿勢を正すのを待って現れたのは、老年男性のアバターを着た代将補であった。
 今回の“第四次通商路破壊御報復作戦”こと仮称“ようかんの件”に――略号や隠語として、通商路破壊への復讐行為には、専ら和菓子の名前が用いられるのが通例なのであって、巫山戯ているわけではない――動員された四個機動艦隊、その内の第332機動艦隊の主力飛行隊を握っておられる水田・抄造閣下であらせられる。
 軍歴は役二百年。百五十年ほど機動兵器に乗っていた大先輩で、エースオブエースの称号を持ちながらにして、美大の千倍難しいといわれる“叩き上げからの”将官過程を通過した人類のバグみたいな人だ。
 被撃墜記録も三桁に達しているのに、何故か毎度もって無事に回収されることもあって、一部では“死なずの抄造”なんて名前でも知られている傑物が今回の作戦を指揮してくださるのだ。頼もしいことこの上ないよ。
「さて、現在の略図を展開する。封緘データ故に時間を合わせろ」
 時間が来ると同時に開封するか、開封されずに放置されていると自動で削除されるデータが送信されたので、設定通りに開くと我等が所属する第332機動艦隊の布陣が詳細に記録されていた。
 艦隊主力、戦列艦級の“惑星級戦艦”三隻及びアカギ型と近い衛星級巡航戦闘艦は敵スペースレーンを扼する位置に展開しており、手近なステーションや近郊をふらついていた輸送船、警邏用の小型艇を片っ端から拿捕した後に、搭乗員を逃がしたのちに吹っ飛ばして敵の注意を引く形になっている。
 その間に無数の駆逐艦や掃宙艇が小型機の侵入を防ぐべく遊弋しており、図で見れば戦闘態勢で密集しているように思えるが、実際に目にすれば遠大な虚空が目立つだろう。
 何と言っても、縮尺が違う。最も近い船同士でも一光秒の距離を取っているためだ。
 一光秒といってもピンと来ないかも知れないが、具体的に言えば地球を七周半ばかしできる距離だ。そして、一光秒の距離では爆発が起こっても、一秒経ってからでなければ観測はできないほどに離れている。
 つまるところ、我々の戦場とは、こういったスケールで画かれる宇宙の星々が画く煌めきめいたものなのだ。
「我が第332艦隊は現在敵の有力艦隊を誘引中。同時に参加している252艦隊は星系外縁部の機動要塞と睨み合っており、第490艦隊はガス状惑星、通称K-3の採掘拠点に攻勢をかける構えによって、更に敵戦力を分散中である」
 更にぐーんと縮尺が伸びると、どうやら重力空間跳躍中継で位置を同期した艦隊の配置も表示されたが、普通に星系規模の大きさに引き伸ばされたこともあって、一個一個のコマは省略されて一つの光点となってしまった。
 ふむ、今回の敵サン、吉利革新工業集団は七星系を有し、参加企業体を含めれば30以上の惑星を支配する超大型星間企業国家だ。保有している艦隊数もマンパワーに任せて五十万隻を超えると聞くし、我々が三個艦隊を引っ張り出すのも当然の規模か。
 まぁ、一番おっかないのは、連中はAIを毛嫌いしている一派なので、人工無能を遣いこそすれ“有人コントロール”で船を動かすから、駆逐艦級ですら数十人の人間を乗せて運用していることなんだけど。
 こっちは一隻やられても最低二人が「あーあ、後で拾いに行かなきゃ」で済むのに、脆い炭素基系人類ばっかりつめこんでよくやるよ。穴一個開いただけで何十人死ぬと思ってんだ。
 人の命が軽い企業系国家は、これだから怖いんだよなぁ。
「そして、当艦アマシロ2409以下二隻の衛星級母艦は、護衛の二個分遣艦隊を引き連れ、惰性航行によるステルス状態に入って敵母星まで二百万キロの距離に入った」
 その言葉を聞いてブリーフィングルームがザワついた。
 うわ、マジだ、打撃母艦が二隻と数十隻から成る対空戦闘特化型の分遣艦隊が、敵主星間際までにじり寄ってるではないか。
 えらい博打を打ったな。途中で見つかったら圧倒的な寡兵で敵を追い払いながら、遠くで擾乱に興じている味方を待たなければいけなかったはずだ。
 これは、かなり念入りに準備していたな。さもなければ、ここまで上手くことが運ぶはずがない。
 情報部あたりと連携して警戒網の穴を突くことは勿論、大量のスパイや協力者を使って、一時的に通過予定航路を“盲目”にしたに違いない。警戒線を構築する多くの衛星は、我々のハッキング能力を警戒してスタンドアロン構造による有線接続の物も多かったはずだ。こいつらを揃って黙らせようと思えば、かなりの薄ら暗いやり取りが必要であったことは想像に難くない。
「今回、我々は“最高級のようかん”を用意した。これを叩き付けて満足して貰わねば、アエステラス星系の全てが奪われるのみならず、強襲時に殺害された民間人数百人、同乗していた庇護下国家人数千名が浮かばれない」
 さて、統合軍がこれだけの大規模作戦を行っているのは、何も吉利革新工業集団と利害の不一致が生じ、外交的摩擦が起こったからではない。
 というか、我々はそこまで狭量ではない。多少のシェア争いが起こったくらいで戦争なんてせんよ、非経済的な。譲れるなら譲って、この無限に近い宇宙で別の稼ぎ口を探した方が賢いことくらい分かっている。
 問題は連中のやらかしだ。高次連が三十年かけて丁寧にテラフォーミングして、都市まで建築した上で売り払った惑星、そこに新しい国家を建築した連中に中古品を売り捌いて儲けている事業にいっちょがみどころか、奪い取ろうとして喧嘩を売ってきたからだ。
 曰く、人間もどきが人類に養殖じみた非人道的活動を行っていることに対して懲罰を行い、庇護下に置くためだそうで、舐めてるのかと思ったね。
 そんな巫山戯たお題目の下、輸送船団が大規模な艦隊による攻撃を受けて丸々一つ壊滅判定を喰らう損害を受けた。護衛に就いていた分遣艦隊も相当の損害を被ったようで、撃退にこそ成功したが旗艦すら被弾するほど悪い状況下にあったという。
 これに報復しないでいられるだろうか。
 そんな訳がない。
 黙っていれば面子に関わる。国家世論は断固として膺懲の一撃を加えるべしで統一されており、義憤に駆られた新国家の――たしか、どっかの国から圧政を受けて逃げてきた民族だったはず――義勇兵艦隊を同道させてくるくらい、やる気にあふれている。
 というわけで、我々は暇をしていた三個艦隊を引っこ抜いて報復作戦を企画し、こうやって遠路はるばる“ようかん”を届けに来た訳だ。
「故に今回の進物はより抜きの逸品である必要がある。これだ」
 自動で映像がズームされ、敵主星の詳細すぎる映像がアップになる。これ、普通に国家機密級の情報だろうけど、どうやって引っこ抜いてきたんだろう。
 いやまぁ、企業人って出世のためなら何でも売るからなぁ。我々の襲撃を未然に防げなかったことを奇貨としたかった、現布陣で燻ってる斜陽陣営を煽ったとかそんなところか。
「届け先は七箇所……」
 惑星の赤道上に赤いターゲットマークが浮かんでくる。
 こいつは……。
『軌道エレベーター……』
 セレネが小さく呟いたとおり、ターゲットは地上から宙まで屹立する、宇宙と大地の結節点だ。一々ロケットなんて打ち上げていたら物資の輸送なんてやってられないので、何処の惑星でも採用されているもの。
「これら全てにようかんを配達する」
 誰かが喝采を挙げ、口笛を吹き、足を踏みならした。
 個人的には「流石にやり過ぎでは?」と思わないでもないが、企業系国家、それも宇宙空間ではなく安定した地上に本社を持つ連中にとっては十分な痛手、そして心理的衝撃を与えられるだろう。
 再建までにかかる時間は数年か、数十年か。
 いや、建造物は直せたとしても、これによって引き起こされる社内の混乱を鑑みれば、百年単位で大きなアクションを取れなくなっても不思議ではない。
「宙間構造物、軌道レール、惑星基部、全て叩き折れ。外観から分析部が用意した脆弱点を配布する。そこを徹底的に破壊すれば、あとは自重で崩壊するはずだ」
 軌道エレベーターは赤道の海面、あるいは地上から静止衛星軌道まで伸びる、三本の巨大なワイヤーを八角形の装甲で覆い、その基部と終端に構造物が備わったベーシックな警杖をしていた。
 そして、エレベーターを移動する巨大なゴンドラが三機に、装甲上に敷かれたレールを走るリニアが移動手段というわけだ。
 勿論、国家的に重要なインフラであるため、大量の対空装備と常駐警備が貼り付けられているのは当然で、戦力予測図が展開された。映像の中には装甲列車なんて時代がかったものまで映っているくらいだ。
「七基二一箇所、ほぼ同時攻撃だ。ダメージコントロールの暇など与えるな。一気呵成に叩き折るぞ」
 周りは久方ぶりの大仕事に気炎を上げて喜んでいるが、私としては「副次被害で何万人死ぬかなぁ」と少し心配になる。
 いや、作戦案が通ったと言うことは、相手の国家企業形態的に“やり過ぎ”にはならないのだろう。
 それこそ、数万人巻き添えで死のうが、企業は世論で動かない。完全な上意下達が行き渡った存在だ。司法、立法、行政の全てを社が握る体型において、大事なのは挿げ替わったトップが高次連に友好的に振る舞ってくれるか否か。
 そして、ゴーサインが出た以上、我々に都合の良い陣容が出来上がるような細工が水面下で進んでいるのであろう。
 ああ、気が重いなぁ。
 軍人を殺すのは良いんだよ。殺しに来てる相手をブチ殺し返すのは、むしろ軍人の本懐だ。文句はないし、むしろ相手にも言わせん。殺すつもりなら殺される覚悟くらいしてこいと怒鳴り返す。
 ただね、やっぱり戦略規模攻撃で民間人に被害が出るのはどうしたって避けられないのは分かっているけれど、気乗りするとは言い難いよ。
 未改造の炭素基系は脆いし、取り返しがつかない。私の価値観においては、どうにもな。
「作戦概要を説明する。二時間後、距離一千の時点で流石に連中も我々に気付く。故に、距離千五百で“帚星甲種”にて機動兵器部隊を先発させる」
「それはつまり!」
 誰かが声を上げた。
 そう、主攻を我々、航空部隊が担うということに他ならない。
「そうだ、我が艦隊はあくまで押っ取り刀で駆けつけた守衛艦隊の抑えであり、惑星表面攻撃には参加しない」
 水田閣下曰く、我々の目的はあくまで手を引かせること、そして副次目的の現トップ層の凋落であって、全面戦争ではない。
 故に現経営陣に力なし、と全国民に――というより従業員か――知らしめるべく、七基の軌道エレベーターを同時にへし折ることによるパフォーマンスが優先される。
 要は大型艦で地表を焼き払って虐殺をやらかし、全面戦争に突入するような事態は完全にNGというのが参謀本部の出した計算であるからして、ピンポイント攻撃ができる機動兵器部隊が最も適しているというわけだ。
「主役は貴様らだ。存分に暴れろ」
 ひゃっほう、なんて叫んでテンションを上げる面々も多いが、まぁ仕事だからなと受け容れている者達もおり、私はどちらかというと戦闘狂ではないので後者組だ。
 大方、ここまで手酷くやられたならば、現経営陣が戦争だと言いだしても対抗派閥が「ここまで負けておいて、どうやって勝つつもりだ」と止めてくれることを期待しての作戦なのだろうし、我々のような小さなコマは、指し手が前に行けと命じれば進むほかないのが事実。
 そして待望の攻撃箇所指定が各飛行隊に届いたが……。
「げっ」
『あら、地上基部破壊ですね』
 運が悪いことに、今回私が率いている第6091飛行隊は大気圏を越えて地上攻撃のお役目を仰せつかってしまった。首都に近いエレベーターを一番として時計回りに数えれば四番にあたるエレベーターの基部を破壊するのがお仕事と相成ったのだが……。
「宇宙港……これ軍港だよな」
『ですね。大気圏内と近宇宙仕様の哨戒艇が見えますし』
「絶対護りが厚いじゃん……」
 明らかに給料分以上の仕事を期待されていることに愕然とし、私は余人が見ていなければパイプ椅子ごと後ろにぶっ倒れてしまいたい気持ちになった。
 地上攻撃は厳しいな。被撃墜されれば、制圧が完了しなければ拾って貰えない。海上で撃墜されたら最悪だ。
 つまり、作戦が失敗したら死ぬのと同じの任務。
 されど、やれと言われればやるのが軍人のお仕事。すまじきものは宮仕え、とは昔の人は本当に上手いことを言ったものである。
 くそったれめ。
「以上を持ってブリーフィングを終了する。各員の奮戦を期待する」
 閣下は完璧な敬礼で以て作戦説明会の終了を伝え、答礼を受け取るとスッと消えてしまった。
 長々と残る必要がないため、我々も基底現実に戻ると、即座に電脳にアラートが届く。
 出撃準備に移れというのだ。
「仕方ない、頑張ろうか」
『はい、上尉。勤労意欲に欠けているようですが、弊機が万全のサポートを約束いたしますよ』
 私は椅子から立ち上がり、気が向くまいが任務は任務であると格納庫に向かった。
 機動兵器を納めておく部屋は、閉鎖書架に似ている。機体を固定する分厚いハードカバーめいたラックがレーンに沿って並び、出撃に用いる分だけ横滑りして定位置に着く構造になっているからだ。
 これは専ら、上下が存在しない宇宙空間において、人工重力発生装置が破損した際に機体が倉庫内でばら撒かれないように気を遣った設計であり、機能性に溢れてはいるものの、大型ロボットシミュレーション系の“ずらりと機体が一列に並ぶ”勇壮さとは無縁だ。
 斯様な浪漫を介さない格納庫には、私用にチューンされた機動兵器、甲種一型機動兵器、古参は為朝6と呼ぶこともある汎用機が鎮座していた。
 汎用機といって侮る勿れ。大東亜重工製のベストセラー、為朝型の最新機種であるコイツはマルチロールタイプであり、宇宙、空中、地上の全てで素晴らしいパフォーマンスを発揮する。
 特に私の機体は近接白兵戦用にチューンしてあるので、推力と機動力は他を圧倒する。
 ……うん、代わりに装甲板とか、稼働可能時間とかが激減してるんだけど、そこはあれだよ、トレードオフってやつだ。
「お待ちしておりましたよ待宵上尉。ドレスアップは完璧です」
「爆装ガン盛りじゃないか……まぁ、いいか、早々に使えば却って軽くなるし。じゃあ私と相棒を頼むよ」
「了解」
 機着長と敬礼で挨拶を交わした後、私はメンテナンスベッドに横たわって電脳の電源を切った。
 それから体感で瞬きを開く次の瞬間、我が身は既に全高10m近い鋼鉄の武者へと変じていた。
 電源を切ると同時、整備士達が頭蓋を開いて脳殻を取りだし、機体に移したのだ。これに要する時間は数分程度であり、あっと言う間に甲種乙型の義体は鋼の巨人へと様変わりという寸法だ。
『同調完了。同調率は98.29%で安定。全オペレーティングシステム立ち上げ正常。チェック、オールグリーン』
「チェック、同じくオールグリーン」
 傍らにはセレネの気配もある。彼女は私のフライトオフィサなのだから、同じく脳殻を移載されているのだ。
 私達はツーマンセルが基本。故に、こういった兵器群は歩兵用を除けば全てが複座型といっても過言ではない。
 処理速度は数列自我が圧倒的に上なのだから、管制を助けて貰いながら、実働は機械化人がやる。実に効率的な仕事の分配だろう?
 立ち上げが正常に終わったので、淡々と飛行前チェックリストを熟す。
 補機、点火完了。
 主機、臨界。出力正常。
 各間接部アクチュエータ良好。各部スラスター稼働正常。推進剤充填よろし。
 敵味方識別装置にも応答あり。
 各装備系統、順次応答。火器管制系との連結良し。
 それから、作戦統合システムとの交信も……万全。
 全ステータスオールグリーン。
『こちら管制塔、待宵上尉、今回の使い捨て符丁(コールサイン)は……奇遇だな、ソードフィッシュだ。以降、貴機をソードフィッシュ1と呼称する』
 知り合いの管制官は、出撃の度にランダムで決定されるコールサインの巡り合わせが面白かったのか半笑いだ。
 だがね、よくライブラリと照合してみろよ。ソードフィッシュは太刀魚じゃなくてメカジキだぜ。
「よーし、出すぞ。踏み潰すほどNOOBじゃないが気を付けろよ」
 呆れつつコールサインを受領し、作戦統合システムの命令に従って収納殻から出て格納庫を踏み締める。そして、帚星乙型へと向かった。
 それは、格納庫の端っこで水平に吊られた傘のような見た目をしていた。
 しかし、実際は高性能な“使い捨て”航宙艦だ。
 傘の内側に機動兵器を四機格納して、戦闘前に推進剤を浪費することなく戦場まで届けてくれる。
 その上、船の電磁加速システムによって投射されたならば、高度なステルス性能によって主機を点火するまでは、肉眼を使わなければ視認が殆ど不可能な上、目標付近に達すれば自動で機体を放出。
 あとはターゲットに突っ込んで爆発四散する貫通爆裂弾的な働きもしてくれると来た。
 未帰還が前提であるが故に全体的に飾り気のない機体に、同じ飛行隊のコールサインが6、9、11に割り振られた部下と乗り込む。副長は一網打尽にされるのを避けるために別の機体に配置されているため、今いるのは即席でアサインされた者達ばかり。
 といっても、仮想空間で五百時間は共に訓練をしているので、並の軍隊よりも濃い時間を過ごしているのだけれどね。
『管制塔よりソードフィッシュ各機。射出距離まで到達した。月並みだが幸運を』
「ソードフィッシュ1より管制塔。大漁を期待してくれ」
 軽いやり取りの後、帚星はガイドレールに従ってスライドし、完全球形型の船体、その側部ブロックに設置された全長10km以上の電磁加速レールに乗せられる。
 そして、通電すると同時に凄まじい勢いで船から弾き出された。
 衝撃も圧力も殆ど感じない。体が鋼の巨人になったのだから当たり前だ。
 帚星は分散した乱数起動を取って敵主星に向かい、亜光速へ徐々に近づきながら肉薄。
 数時間の旅路を経て、センサーが敵主星を捉えると同時に減速を開始した。
 何故加速しないのかって? 相対性速度によって、こっちが光速に近づけば近づくほど、センサーが察知する情報が遅れるからだよ。これだけの距離なのだから、数センチの狂いは到達する頃にはkm単位のズレとなるが故、攻撃ポジションに入る際はどうしたって一定の速度にならざるを得ないのである。
「おっ、始まったか」
『最先鋒はステーション攻撃ですか』
 映像素子に直結してみれば、我々より少し早く出撃し、同時に少し早く攻撃を開始した静止衛星基地攻撃部隊の初撃が爆ぜたところであった。
 彼等の乗ってきた帚星はドーナツめいた形をした――それにしてはゴツゴツとしていて食べづらそうだが――軌道エレベーター終端に次々と突き刺さり、核融合炉を臨界させて自爆。多数の接舷していた艦船や積み荷コンテナをスペースデブリに変えてばら撒いた。
 おうおう、本当に派手だな。微細デブリが飛び散りすぎて、デブリがデブリを生み続けるケスラーシンドロームに惑星が覆われなければ良いのだが。いやまぁ、向こうサンもそうならない用の対策くらいはしてるか。
 帚星を受けて咲いた七つの花。酸素や貯蔵推進剤に反応して起こった爆発は音も衝撃波も伝播しないが、綺麗なことは事実だ。推進剤に使われている材質と、ステーションの素材が混淆された結果か、山茶花のような淡い桃色の炎を上げていた。
 さて、これでどれだけ死んだかな。数千じゃきかんだろうけど、お仕事お仕事。
 私は宇宙担当部隊がばら撒かれた後、生き残りと押っ取り刀で駆けつけてくる近海警備艦隊を叩き潰すため勇ましく突っ込んで行くのを横目に大気圏へと突入した。
 この体の肌に熱感センサーは搭載されていないため、熱くはない。ただ、視覚素子は赤熱した空気によって朱に染まりよく見えなかった。
 だが、それもほんの僅かなこと。突入軌道を正確に計算した帚星の人工無能は良い仕事をしたようで、ドンピシャの位置に完璧なタイミングで飛び込んだ。
 どうにも上手く戦況が推移しすぎている気がする。地上からの迎撃は殆ど上がってこず、指揮下の飛行隊で撃破された帚星はなし。全体で3%も叩き落とされていないのは、ちょっと“できすぎ”ではなかろうか。スクランブルすらまだ上がってきていない。
 いや、周到な統合軍のことだ。どうせ旧人類ベースの体に擬態した特殊作戦群でも潜り込ませて、事前に警備中枢を静かにさせておくくらいはやってもおかしくないか。
 それに悪いことではないのだ。仕事が簡単で上首尾に運ぶというのは。それだけ給料と仕事のコスパが釣り合う訳だからな。
 着弾まであと50km。上での事態に対応が追いついていないのか、エレベーターに備わった自動迎撃システムが鎌首を擡げかけているが、動きはあまりに鈍い。
 私は電脳のクロック数を最大まで引き上げ、感覚素子から入って来る情報、そして他の友軍部隊が無線封止を解いて伝えてくる情報を勘案し、最も効果的に打撃を与えられるターゲットに優先度を付けて割り振る。
 やはり一番は、軌道エレベーターの基部だ。彼処を破壊すれば昨日の大半は落ちる上、第一目標は達成される。帚星の使い時といったところか。
 次に地上の対空迎撃拠点。こいつは護りが厚いけれど、まだ起動が完了していない。空を制圧されなければ機動戦がやりやすくなるし、もう数分すれば落ちてくる軌道エレベーターシャフト破壊部隊が安全になるから、今の内に慣熟度が低い部隊の練習に使ってしまおう。
 そして、私の直卒で宇宙港を叩く。大気圏内でも運用可能な戦闘艦が何隻も待機しており――出航まで時間がかかるだろうが――これらに飛び立たれては大分やりづらくなる。殆どは全長200m未満の駆逐艦級ではあるものの、2kmを超える戦艦が三隻確認された。
 戦艦に遊弋されては地上制圧がやりづらい。最低でもスラスターを破壊させて置物に変えてやらねば。
「ターゲット選別完了。推敲、及び戦力評価妥当性チェック」
『チェック。微修正をかけました。戦術データリンク評価、B+。及第点、実行せよとのこと』
「ち、Aに届かなかったか。やっぱりつらいな」
 目標の設定をセレネに問題ないか確認して貰った上で本部にデータリンクを送ったが、それを統括する参謀部の評価は、まぁ悪くないね程度のもの。あいつら評定厳しすぎるんだよ。
 やりなおせ、なんて叱られない分マシだけどね。
「各機、優先攻撃目標を指示。帚星より離脱後、即座に行動に移られたし」
「「「諒解」」」
 ソードフィッシュ各位より元気なお返事が返ってきたので、我々はそれぞれの離脱ポイントに到着すると同時に帚星から放り出された。
 そして、短い旅路を守ってくれた片道輸送船は再加速。極超音速で不帰の旅路に出て、全てが軌道エレベーター基部に突き刺さった。
 壮絶な破壊音の後、数秒の静寂。
 それから、地上に花が咲いた。
 核融合の花だ。粉塵を巻き上げ、幾つもの爆発炎と煙を上げて散華したそれは、地上を揺るがし、視覚素子補正があって尚も激しく機体を揺らす。
 やはり地上での戦闘は衝撃波が伝わってくるから、ちょっと面倒くさいな。
 ともあれ初撃は上々。機能を喪失していることが一目で分かるほどに基部ステーションは手酷く破壊され、クレーターの群れになっている。ワイヤーが千切れていないのは、地殻付近にまで深々と根元が埋設されているからだろう。
 我々の接近を阻むべく上がってきたスクランブル部隊も危害半径にいたのか、六割近くが消し飛んで空が大分広く使えそうだ。
 では、敵とダンスを踊る役割に振り分けられた者達が頑張っている間に、他の飛行隊と協調して宇宙港を叩き潰そうじゃないか。
「セレネ、私の担当は?」
『上尉、お喜びください。くじ引きに当たりました。航宙艦を叩けとのこと』
「うげ」
 戦術データリンクから送られてきた指令は、我が班は駐機されている航宙艦の撃破であった。
 考えることが多くて手間なことをさせやがる。
 しかれども、やれと言うなら仕方がない。
 ここは一丁ド派手にやって差し上げましょう。
「まず爆装を使い果たすぞ。掃宙艇を破壊する。まだ対空防御の起動が終わってないようだし、スレスレを飛びながら全部叩き込んでやる」
『ターゲット選定、振り分け完了。上尉、完璧に全て配達できれば五隻を擱座させられる計算となります』
「無茶苦茶言うなぁ君は!!」
 ええい、やってやりますとも。
 私は気合いを入れ高度を鋭角に下げ、飛び立とうと周りを人が大童で走り回っている宇宙港の駐機スペースに肉薄。少しずつ熱源を上げ始め、主機機動準備に入っていた掃宙艇の上空をのた打つ蛇が如く飛んだ。
 そして、すれ違う刹那、背部マウントラッチに接続されていた箱形の爆弾槽より対艦誘導弾を放出。左右三基ずつ、合計36発の爆弾を五隻の掃宙艇に一発も外さずお見舞いした。
 狙うのは最も脆い露出した尾部スラスター、指揮中枢が詰まったCICがあるだろう船体中央、そして炉を抱えた後部。掃宙艇に自由落下と機体の加速度を受け取って放出された貫通爆弾は船体を穿ち、内部に突入して炸裂。突入口から炎を盛大に吹き上げさせた。
「どんなもんだい」
『お美事にございます』
 熱源は一瞬上昇した後、上がり続けている。炉の臨界ではない、爆発によって炙られた船体が燃えている。映画の如く爆発四散はしてくれないが、二度と地面から離れることはできないだろう。
 さて、ようやく身軽になった。爆弾を放出しきったため、爆弾槽はパージ。背部作業用アームが伸びて機動兵器用汎用小銃を右手に寄越してきたので受け取るが……。
『上尉、照準波形を探知』
「っと、流石に起きてきたか」
 ゼロコンマ数秒のやり取り。照準されていることを教えてくれたセレネに従い、私は気概予測半径を彼女が算出するより早く機体をくねらせて回避し、曳光弾混じりの弾幕から逃れた。
 初心者じゃないんだ、慌てて乱数回避したり、相方のサポート任せで逃げたりはしない。こういう咄嗟の判断とカンに優れるからこそ、我々機械化人は、まだ戦場の前線に立っているのだよ。
「戦艦が目を覚ましたな」
『スラスターに火が入りました。離陸するつもりです』
 後手後手であった相手サンも、やっとこ動き出したか。戦艦が動き始め、機首を僅かに上げながら地上から脱しようとしている。
『阻止しますか?』
「いや、ちょっと待つ。ああいうのを叩き落とすのはコツがあるんだよ」
 私はセレネからの提言を却下し、回避機動を取りながら敵戦艦の一隻が火線をばら撒きながら地上から離れるのを許す。
 そして、その間に下拵えだ。小銃を精密照準で放ち、対空機関砲の幾つかを破壊してやり、僅かに空の広さを開ける。更に、ここを狙えと命令すれば、随伴機も同じく爆弾を投下し終えた者から対空砲の破壊に移った。
 とはいえ全長2kmを下らない大型戦艦だ。機動兵器で破壊できる対空兵装の数には限りがある。針鼠のように全身を覆う機銃、無数に埋め込まれたミサイルサイロ、そして搭載した機動兵器もぼちぼち出撃してくるはず。
『敵、後部スラスター点火。多少無茶しながら高度を稼ぐつもりですね』
「読み通りだ」
 船首を上げた戦艦は後部スラスターに火を灯して増速し、そのまま高空域に逃れようとしている。あるいは、宇宙港を破壊している我々の頭を抑えて行動を阻害するべく、英雄的な抵抗を試みているのだろう。
 けれど焦ったな。その図体で下手な上昇を選べばどうなるか教えてやろう。
「征くか」
『征きましょうか』
 私も抗重力ユニットを吠えさせつつ推進剤を燃して一息に増速。誤差程度であるが薄くなった弾幕の中に身を躍らせる。
 危害半径予測は全周が真っ赤。少なくとも真面な神経をしていれば突っ込むなんて考えられまいし、乱数回避も使用できない。
 つまり、全て私の腕次第ということだ。
 機体を数発の弾丸が掠る。ギリギリの所で近接信管が爆ぜる。地上では効果の薄いレーザーが頭上数十cm上を駆け抜けていく。
 それでも私は船の装甲に触れられるほどの間近に辿り着くことに成功した。
 では、仕掛けをご覧じよう。
 まず、小銃にて姿勢制御用の小型スラスターに全力射撃を叩き込んで数機を破壊。これによって戦艦は震え、航跡が乱れる。
 通常ならば、これだけ巨大な戦艦だ。単騎の機動兵器で破壊できるスラスターの数には制限があるため、幾らでも再制御ができるだろう。
 だが、今は違う。無理して高度を稼ごうとして全スラスターを全力稼働させている今ならば。
 弾を撃ち尽くした小銃を放り出せば、左肩部マウントラッチが稼働し、鞘が前方に滑り出した。
 機動兵器用の大型実体刀。私に残された最後にして最良の攻撃選択肢。
 何もこれで装甲をぶった切りながら駆け抜けようなんて訳じゃない。漫画でもあるまいし、外縁部の装甲区画を撫で斬りにしたくらいで沈んでくれたら手間はないとも。
 狙いは巨大な後部スラスターだ。
 縦に長い船体を最も効率よく増速させるため密集した船体後方のスラスター。炎を激しく上げる三角形に三機並んだそれの間際に飛び込めば、熱された空気によって機体表面が炙られて軽く警告が出るものの、能く分かっているセレネが黙らせてくれる。
 そして、私はスラスターの根元に飛び込んで、頂点の一基、その根元を半円形になぞるように飛び去った。
 交錯し、飛び抜けて数秒。破壊されたスラスター基部から漏れ出した燃料が誘爆して吹き飛び、姿勢が大きく傾ぐ。
 狙いはこれだ。姿勢を崩し、自ら墜落させる。地球表面上だからできる荒技だな。
 船体は何とか制御を取り戻そうと足掻いていたが、均衡を保つのに必要なメインスタスターを全力加速中に喪ったことにより、どんどんと上に向いていく。そのまま制御を取り戻すのに失敗したのだろう、船体は失速を始め、起動が迷走。そのまま何とも運が悪いことに軌道エレベーターのシャフト装甲にぶつかって木っ端微塵になってしまった。
「よし、協調撃破1」
『おめでとう御座います。これは叙勲確定かと』
「だったらいいね。そしたら有給をもぎ取って、二人で旅行でも行こう」
 数個飛行隊で船艦一隻撃破。正に“為朝”という名の面目躍如だろう。矢の一発で轟沈とはいかなかったが、肖った前文明の英雄も草場の影でにっこり笑ってくれていればいいのだが。
 その直後だ。大気圏を越えた帚星の第三陣がシャフトに突き立ったのは。
 野太いケーブルが圧力に負けて遂に千切れ、今まで耐えていた張力と地球の自転に引っ張らて暴走。空を、地面を薙ぎ払いながら暴れ廻る。
 これにて“ようかん”の配達は完了。他の六基も殆ど同時に破壊されたようだ。
『如何いたしましょう。まだしばらく暴れられそうですが』
「いや、これ以上は食い過ぎだ。味方に戦果を残しておいてやらないとな」
 私は完勝といってよい結果に満足しつつ、まだ諦めが悪く藻掻いている宇宙港を眺めながら高度を取った。
 戦果は上げすぎても行けない。僚機にも分けてやらねば。
 後は好きにヤレと切り取り自由の命令を与えた所、ソードフィッシュ各機は歓声を上げて残った獲物に突っ込んでいく。
「ふぅ……ま、給料分の仕事は十分以上にやっただろ。少し休もう」
『お疲れ様でした、上尉』
 仮想空間でセレネとハイタッチを交わしつつ、私はあとで銀河旅行ガイドブックをダウンロードしようと決めた。
 さて、何処に遊びに行こうかな…………?

【惑星探査補記】
報復作戦が和菓子の名で欺瞞されるのは、前文明において他人を訪ねる時は御菓子を持って行くのが常識であったことに因む。
 特に相手を威圧する時は上等な御菓子を持って行くのが常道であったことから、ようかんなどの高級品が採用されやすい。