01Short Story

【特典SS】<br>医療院中央材料室での石鹸講座 ~エンゼの受難~
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【特典SS】
医療院中央材料室での石鹸講座 ~エンゼの受難~

「……ん?」
 朝の清拭と処置を終え、大量に出た病衣や包帯・シーツを入れた籠を抱えたエンゼはいつもと違う雰囲気にすこし首をかしげた。
「なんだろう……?」
 向かっているのは、彼がまだ十番隊看護班ではなく三番隊の医療班に所属していた頃に働いていた、名ばかりの救護小屋があった場所。
 辺境騎士。特にエンゼたち医療班班員だった者にはとても辛い記憶が多い跡地には、現在は立派な平屋の中央材料室・通称「中材(ちゅうざい)」と呼ばれる建物が建てられ、応戦による負傷で一度は騎士団を放逐された騎士たちで結成された十番隊物資班の班員が、医療院で出る大量の洗濯や資材の洗浄・消毒と看護ケアに使用する大量のお湯を沸かすために働いている。そのためこの建物からはいつも布や金属が蒸されたようなにおいが漂っているのだが、今日はその中に明らかに違う香りが混じっている。
「誰か匂いのする花でも供えたのか? ……違うか」
 そう言いながら、エンゼはそれの前でいつものように頭を下げた。
 彼が頭を下げたのは、教会から下賜していただいたというやや小ぶりの美しい女神像。
『みんなには辛い記憶が多い場所よね。けれどそれをただ隠して消して忘れてしまうのではなく、辛い場所だからこそ、その犠牲となった方を忘れず、二度と同じ過ちは繰り返さないと誓いを立てることが私たちには必要だと思うの』
 救護室を取り壊して『中央材料室』を建てると決まった時、その建物の責任者となるエンゼの尊敬してやまない上官――南方辺境伯騎士団十番隊隊長ネオン・モルファは、更地になった跡地に真っ白の花束を置き、地に膝を突いて祈りを捧げた。
 あの苦しみを思い出して辛くなるだけではないのかと言った者もいたが、建物の完成に合わせて教会が用意した女神像が設置されると、涙を流しながらその場で祈りを捧げる者、巡回で見つけた花を供えるものなどが非常に多いことに気が付いて、この女神像は必要だったのだと気が付いた。
(俺も同じだ。本当に、ネオン隊長のおかげだ)
 ここに来るのが苦しくないとは言わないが、それでも祈りを捧げられ、仕事が出来ている。
(思えば、隊長と初めて会ったのもここだもんな)
 薄暗い室内、途切れない悲鳴にうめき声、利かなくなっていたはずの鼻が痛いほどの臭気の中で、ただ何もすることがなく死に行く人を眺めていただけの自分の前に、目が痛いほどの光と共に突然現れた貴族の婦人。その人は次々と負傷者を運び出して手当てをはじめ、その行為に激怒した恐ろしいだけの団長を言い負かしたのみならず、医療院を立ち上げるに至ったあの日の事は、今でも鮮明に覚えている。
 そしてその貴族の婦人は、自分たちの上官となった後も、血や泥に汚れるのもいとわず、汗を流し、隊員たちと笑い合いながら働いているのだ。
「本当に、ありがたいよなぁ」
 祈りを終え、頭を上げたエンゼは小屋の前に立つ。
 そして改めて感じる違和感にもう一度首をかしげた。
「この匂い、中からか……」
 饐えた臭いのする洗濯物を抱えて近づけば、僅かだった匂いはお湯を沸かすときには常に開け放たれた窓からその湯気と共に漂ってくる。
「珍しいな? ……薬草園で育ててる薬草の匂いか?」
 甘い、けれどどこかピリッとした爽やかさの混ざったその匂いに首をかしげながら、就業時間中は常時開けられたままであるはずの閉ざされた扉を開けて中に入る。
「お疲れ様です、洗濯お願いしま……ん?」
(誰もいない?)
 いつも通り中に入ってすぐの『準備室』といわれる広い部屋に入ったエンゼは、抱えた洗濯物を床に置くと、用意された水を張った三つの大きな盥に自分が持ってきた洗濯物を病衣・シーツ・包帯と分けて入れながら室内を見渡す。
 人の気配はある。
 匂いの元もそちらだという事はわかる。
 けれど声をかければ必ず出てきてくれるはずの準備室の担当者が出てこないこと、そして先ほど感じた匂いが扉向こうにある『消毒室』と銘打たれた隣室から漂ってきていることにさらに首をひねる。
(客か? いやでも隊長は休みだし、ガラさんもなにも言ってなかったよな?)
 洗濯物を仕分け終わったエンゼは腕を組んで思案する。
 実は医療班には別部隊の隊長や班長が面会に訪れることが多々ある。
 それは医療院発祥の便利な道具のほとんどがネオン発案で作られた物だからだ。
 患者の安心安楽な療養生活を維持するために作られたもの、クルス先生が行う治療法をより完璧にするためのもの、看護をするうえで必要に迫られて考えられたもの、戦いで身体に不自由を抱えた物資班の隊員が安全に仕事をするために作られたものなど多岐にわたり、さらにみんなの意見を取り入れてたびたび改良されたりもする。
 洗濯物を屋上に上げるためのリフトや汚染物を処分するための焼却炉、蒸留水や消毒薬を作るための蒸留器、陰部洗浄や処置の時に使う陰洗ボトルと、その際に周囲が汚れたり濡れたりしないように作られた蜜蝋を布にしみ込ませて作った撥水シート、洗濯桶に簡単に固定できる洗濯板、深い傷に入り込んだ泥を落とすためのブラシや、医療院と食堂の前にセットされた靴底の泥を落とすためのたわしマットなどがある。その発明品の使用許可や、自分たちの問題を解決するために相談に来ているのだ。
 自分も忙しいのだから突っぱねてしまえばいいものの、そのたびに親身に相談に乗り、うんうんと頭を悩ませて考え事をするネオンのため、補佐官であるガラは食事休憩がとれるよう時間調節をしたり、アイデアを形にできるよう鍛冶場や木工場の親方に渡りをつけたりしている。
(ネオン隊長がガラさんを信頼するのも当然だよな……大人の余裕っていうか、懐がでかいっていうか。あんな大人の男になりたいな。で、その客が来ているとか? いやネオン隊長もガラさんもここにいないんだからさすがにそれは……そもそも隊長の執務室がある医療院じゃなくてこっちに来る必要がな……)
 そこまで考えたエンゼはハッとした。
(まさか、別の隊の隊員が許可なく入り込んでいるのか⁉ いや、ありえない。でも……)
 騎士団の砦は国防の要となる場所であるため警護はしっかりしている。その中でも本部である建物以上に警護がしっかりしているのはこの医療院だ。それは辺境伯夫人であるネオン。そしてなにより、一般隊員であるアルジへの小さな嫌がらせ(『気になる子ほどいじめたい』がものすごく増長したもの)が絶えず、ネオンが怒り、それを知った副団長でもある一番隊カルヴァ隊長や三番隊ブルー隊長が烈火のごとく怒り、体制を強化したからだ。いや、最も怒りがすさまじかったのは九番隊のドンティス隊長であろう。
(孫を愛でる目線で可愛がってるもんな……。ま、万が一もあるし確認するか)
 いつもとは異なる状況がとても気になったエンゼは、消毒室に入るための準備――三角巾とマスク、それからエプロンを身に着けると傍にあった鍛錬用の木の剣を握り締め、静かに扉を開けてそっと中を覗いて……目をまん丸くした。
(……は? なんだこの状況)
 中には今のエンゼと同じ格好をした大勢の人間が一か所に集まっていて、何やらいろいろと話し合っているようである。しかもよく見れば全員見知った顔――つまり物資班の班員であることがわかる。
(なんだ、心配しなくてよかった。でも、じゃあいったい何してるんだ?)
 木の剣を置いたエンゼはそのまま扉を開いて中に入った。
「お疲れ様です。何してるんで……あ!」
 挨拶をしながら中に入ると、集まっていた全員が振り返って挨拶する。その人だかりの中央に、周りよりも頭二つ分くらいは小さく、大きな鍋の中身を大きな木のヘラでかき混ぜながらも顔を上げ、にっこりと笑った(その顔の半分はマスクに隠れているのだが)人の姿を見つけて声を上げた。
「た、隊長!」
「おはよう、エンゼ。おつかれさま」
 ひらひらっと大男たちの真ん中で手を振ったネオンにエンゼは少し駆け足で近づいた。
「隊長、何をなさっているのですか? 今日はお休みのはずでは?」
「えぇ。だから今日は開発者ネオンとしての出勤よ」
「開発者?」
「えぇ。仕事の合間に仕込んでいたバザーの試作品があってね。昨日帰りに確認したらちゃんと出来上がっているようだから、しっかり時間がとれるようにお休みに確認に来たの」
「試作品、ですか? 何の……?」
「これこれ!」
「え?」
 不思議そうに首を傾げたエンゼの手に、ネオンより先に答えた物資班員であるモカイバが乗せたのは、手のひらに乗る大きさのくすんだ薄緑色の塊で、彼はそれを見てさらに首をかしげた。
「これ石鹸ですか?」
「そうよ。よくわかったわね」
 鍋をかき混ぜながらふふっと笑ったネオンに対し、あまりにも見知った物すぎてネオンの言う「開発者」という言葉に期待していた分、拍子抜けした様子を見せるエンゼ。
 しかしそんな彼と相反して実に満足げな顔をしたモカイバは、石鹸を持ったままのエンゼの手を引くと、近くにあった水の貼った盥を引きずり、奥に山積みになっていた下洗浄が終わっただけの病衣を渡す。
「まぁまぁ、年長者のいう事を聞いてまずは洗ってみろよ。この石鹸で。びっくりするぞ」
「わかりました」
 自信満々に笑うモカイバのあまりの興奮ぶりに少々困惑しながらも頷いたエンゼは、受け取った衣類を物資班員用に改良された洗濯板に載せると渡された石鹸を擦りつけ水をかける。
 そして慣れた手つきで洗濯を始めたのだが、すぐにこれまでの石鹸との違いに気が付き声を上げた。
「泡がこんなに。それに汚れ落ちがはやい!」
 その驚きにモカイバは満足げに笑った。
「だろう? ネオン隊長が改良なさったんだ! これなら洗濯も楽になる。何しろ医療院の洗濯物は量も多いし、汚れも落ちにくいからな。ネオン隊長様々だ!」
「褒めすぎよ。わたしはほんの少し手を加えただけ」
 鼻翼を膨らませながら興奮するモカイバと物資班たちに、鍋をかき回していたネオンは肩をすくめて笑った。
「大したことじゃないの。ただ、灰汁や木の実で作った石鹸では油分が落ちにくいなと思って、異国の本に載っていた作り方を真似てみただけなの」
「なるほど、確かにすごいです。前の半分ほどの労力で落ちました。けど、この状況は?」
 病衣の汚れを落とし終え、石鹸の洗浄力に感嘆しながらも首をかしげたエンゼにモカイバが実はと笑う。
「この石鹸、本当にすごいだろう? 洗濯の仕事がとても楽になる。俺のカミさんは、俺が怪我をしてから日銭を稼ぐために伯爵様のお屋敷でランドリーメイドとして働いてるんだが、お貴族様の屋敷は洗濯物がものすごく多くて大変らしいんだ。俺が気を使わないように口にはしないがな。医療院が出来て俺も給金が上がったから家計は楽になってきてるが、その仕事はやめないと言っているし、それならせめてこれを渡してやりたいって思ったんだ」
「なるほど……でも、その話からなぜこの状況に?」
「それはね。物資班の隊員が増えてきて、みんな隙間時間が増えて医療院がピカピカになりすぎてきちゃったから、新たなお仕事をして忙しくしてもらおうっていう私の魂胆なのよ」
「違うぞ、エンゼ。俺たちをこうして雇ってくれたネオン隊長への恩返しに、この石鹸を俺たちが隙間時間に作ってバザーで売ったらどうか? って持ちかけたんだ」
「商品にならない切れ端を、俺たちがもらうっていう約束で」
「それが目的だ」
 どっと笑う物資班員たちに、ネオンは鍋をかき混ぜながらくすくすと笑う。
「みんなの利害が合致した結果ね。私はその石鹸をもう少し改良したうえで量産してバザーで売りたいと思っていた。けれど石鹸を作るのには火を使うから子供たちの多い修道院では危険で難しいでしょう? 悩みながらもここでみんなに試作品の石鹸を試してもらったら、みんなが試作品の石鹸を欲しがってくれて、且つバザーの手伝いも申し出てくれたの。それで、もともと二種類作る予定だった石鹸のうちの一つ、普段使いの石鹸はこちらで作ることにしたの」
「二種類ですか?」
「えぇ。包装も見た目も簡素で洗濯など日常で使う石鹸と、包装も見た目も華やかにした特別な石鹸。物資班でつくるのは普段使いの方。こちらは『騎士団医療院印の石鹸』と銘打つって領民のみんなが手に入るようにする。もう一つは特別なだけあって見た目も香りも華やかにするわ。その分製造にうんと手がかかるから、販売する相手を貴族や裕福な家の令嬢に的を絞る形ね。大きさも令嬢の手のひらサイズに。こちらはそうね『慈愛の石鹸』と銘打とうかしら?」
「なるほど。けれどもう一つの石鹸はどこで作るのですか?」
「さっきまで悩んでいたのだけど、ここでみんなが石鹸を欲しがってくれたおかげでいい案を思い付いたわ。実は少し前にガラと話し合っていたのだけど、医療院の話を聞いて、騎士団で働くことは希望しないけれど私の元で働きたいと言ってくださる元騎士様がいらっしゃるらしいの。その方たちにお願いできれば、と思っているわ。もちろん、石鹸作りだけでなくほかの仕事も考えているのだけれど」
「なるほど、そうだったんですね」
 ネオンの話を聞き、物資班のみんながひどく安心した満足げな表情を浮かべる中、自分たちが知らなかったところでネオンが他の負傷兵たちのために活動をしようとしていることを知ったエンゼは改めてネオンに対して頭の下がる思いがした。
「で、エンゼ。医療院の仕事は大丈夫?」
「え? あ、はい。今日は洗濯干しの手伝いなので。で、話は分かったのですが、先ほどから隊長は何をかき混ぜていらっしゃるんですか?」
「これは馬の油。石鹸の原料よ」
「馬の油ですか? 石鹸を作っているのですよね」
「びっくりするだろ? これが石鹸の材料だっていうんだからさ」
「いろいろと秘密があるのよ。今はみんなにその石鹸作りの方法を覚えてもらっているところ。興味があるなら見ていく? あ、時間がないかしら?」
 にこっと笑ったネオンのかき混ぜている馬の油がどうやったら石鹸になるのかと気になったエンゼはすぐに頷いた。
「いえ、大丈夫です。ぜひ見学させてください」
「わかったわ、じゃあ、申し訳ないけどお手伝いをお願いできる?」
「はい」
 大きく頷いたエンゼにくすくす笑いながら頷いたネオンは、みんなが見守る中で石鹸作りを始めた。
 物資班員とエンゼの前で、時折大鍋を覗き込みながらかき混ぜていたネオン。そこに小さな三角巾とエプロンを付けた、ガラの娘であるモリーが桶を抱えて入ってきた。
「ありがとう、モリー。ちょうどいいタイミングだったわ。ではエンゼ、モリーが持ってきてくれた水を、手杓を使って少しずつ入れてくれる?」
「わかりました」
 笑顔で顔を横に振ったモリーが持っていた桶を受け取ったエンゼは、備え付けの杓子を使って少しずつ油の中に入れていく。
「なんかいい匂いですね?」
「それは灰汁にさらに薬草をつけて匂い付けをしたものよ」
 しっかりと大鍋の底からかき混ぜながら、ネオンは丁寧に説明を始める。
「その灰汁は暖炉の残る灰に熱湯を注いで一晩置いてから丁寧に布で濾したもの。それをゆっくり温度を上げながら練った馬の油と、領地特産で傷がついているせいで廃棄される予定だった木の実を絞って集めた油を混ぜた物に少しずつ入れていく。しっかり混ざり合った後は温度を一定にするためにお湯を張った別の鍋の中に入れて温度を均一に保ちながらしっかり混ぜる。お湯は熱くても冷たくても品質が下がってしまうから注意が必要よ。そのために直火にかけることはせずこうして湯煎で温度を保つ方法を取るの。温度が下がってきたと思ったら、お湯を下の鍋に足して温度を上げる。石鹸の方も灰汁と油の量の比率は決まっているから守ってね」
 真剣に話を聞く隊員たちに丁寧に説明しながら、ネオンはお湯の注がれた鍋にエンゼの力を借りて混ぜていた鍋を木の支えを使いながら浮かべ、脂と灰汁の混合液を混ぜ始める。
「湯煎しながら丁寧にかき混ぜる。この作業を怠ると良い品質の物は出来ないからしっかり丁寧に。しっかり混ざった液体を騎士団石鹸専用に作ってもらった特製の木箱に均等に流し入れ、埃除けの網を掛けたら風通しの良い日陰でしっかり乾燥。そうして出来上がったのがこの石鹸よ」
 ネオンの言葉を聞いていたモリーが、鍋を支えるエンゼの前に小さな両手を差し出す。
 その手には先ほど使ったものよりもずいぶん大きい、長方形に綺麗に整えられ、中央には騎士団の紋章が刻印された石鹸が載っていた。
「すごい……」
「親方さんが木箱の底に騎士団の簡易紋章を彫ってくれているから、流し込んで木型に合わせて切ればこの形に出来上がるの」
「これを俺たちがこれから作るんだなぁ」
「切れ端持って帰ったら、母ちゃん喜んでくれるだろうなぁ」
「そういえば、特別な石鹸にも切りくずが出るんですか⁉」
「もちろんよ。あぁ、そうね。じゃあこちらの切れ端はその場で持ち帰らず集めておいてくれる? あちらもそうして、ある程度の量が集まったら両方をみんなに配るわ」
「やった! お高い方の、嫁さんにやろう」
「俺は彼女に」
「俺は酒場で働くあの子にあげよう!」
 盛り上がり始める隊員たちを微笑ましげに見ながら、ネオンは隣で鍋の中を覗き見ているエンゼに問いかけた。
「エンゼは誰にあげるの?」
「……え? 俺ですか? そうですねぇ……」
 う~んと首をかしげたエンゼは、そうだと顔を上げた。
「医療院での隊長の手洗い用に」
「え?」
「隊長の手は貴族の方のそれと違って、あかぎれやささくれが多くて……同じ働き者の手ですので隊長の手洗い用の石鹸として常備しておきます。もちろんアルジとモリーにも」
 エンゼの言葉に、ネオンはふんわりと笑い、モリーはキラキラとした笑顔になった。
「気遣ってくれて嬉しいわ。ありがとう、エンゼ」
「それほどの事じゃ……痛っ!」
「よっ! この色男!」
 ネオンの言葉に照れたように笑ったエンゼは、背中に強い衝撃を感じて振り返る。
「何するんですか、モカイバさん!」
「手を荒らした隊長たちのためにって。俺らが馬鹿みたいじゃないか。なぁ、エンゼ! この天性の女誑し! 今まで何人の女の子泣かしてきたんだよ」
「はぁ? なに言って……」
 言われた意味がわからないと言う顔をしたエンゼは、しかし周りにいる物資班員がにやにやと笑っていることと、モカイバの言葉に自分の言葉を振り返る。
「……あ! いえ! そんな! 隊長、違います! 俺、そんな下心とか! ちがうんです!」
 みんなが何を言っているのかを理解し、顔を真っ赤にしたエンゼが慌てて必死に弁解を始めるが、時はすでに遅く。
 それから約一週間。
 医療院では物資班員からは寸劇仕立てで当時を真似され揶揄われ、それで状況を知った看護班員からは『一人だけ良い恰好しやがって』と弄られ、助けを求めたガラからは「いくら医療院(うち)の娘たちが可愛いからと言ってもやらんぞ?」と一度だけ笑顔で凄まれ、アルジからは「ネオン様はあげませんよ! この女誑し!」と詰め寄られるエンゼと、ため息をつきながらそれを止めるラミノーの姿があったのである。
Fin