01TEXT試し読み
実質異世界転生 ~二千年寝てたら世界が変わってました~ 2
著者:Schuld イラスト:エカニス・エニカ
Awake in
Ⅰ
我々は成し遂げた。大いなる犠牲を代価に、大いなる一歩を踏み出した。
とはいえ、まだ一歩だ。遠大なるチャート、その駒を一つ進めたに過ぎない。
“ティアマット25”は完全に擱座しており、そもそも大気圏内での運用を前提とした船ではなく、多くの生産設備は異形を生み出すものに造り替えられているため往事の生産性はなく、一足飛びに宇宙へ上がれるような代物でもない。
それに、再起動をかけたこともあって、重要な軍事データの多くは汎用データ保全プロトコルに従って削除されてしまった。
とはいえ、この工廠船は元々、分遣艦隊規模の船団に日常物資と消費物を供給するための船式であるため、端から抗重力ユニットなどの艦隊設備を生産することはできないのだけれど。
皆で命を懸けて踏みしめた一歩は大きい。だが、遠大な道は遙か遠く。見上げれば月の脇で砕けている重力跳躍門に近づくには遠すぎる。
さて、この惑星を離脱するだけで、どれだけの足跡が必要になるのだろうか。
少しセンチな気分になってしまったが、状況を整理しよう。
“太母”奪還の報は電撃的に……とまではいかないが、長距離通信技術を持たない割りに素早く出回った。
生き残った戦士達が、早速自分達の部族に情報をもたらしに行ったのだ。
森の中の異形は殆どが沈黙し─幾らかバグで動いているのもいるが─安全性が確保されたこともあって、元の居住地を取り戻し、そして“太母”に参拝するべく多くのテックゴブ達がやってくることであろう。
リデルバーディも私を褒め称える宴の開催を約束してくれたので、取り返したら帰れと塩っ辛い対応をされずに済むことが確約されて一安心というところかな。
ただ“清廉なる雄神”という二つ名は謹んで辞退したがね。
“聖槍の勇者”でさえ小っ恥ずかしいのに、勝手にティアマット25の旦那にされては困る。そんなことになっては、泉下の寺田中佐がハンカチを噛んで悔しがってしまうだろうよ。
ともあれ、何とか成功裏に“太母”を奪還した我々は、伝令として出て行った者達を残して現地に滞在していた。
後片付けのためである。
太母の中では制御が失われて死にかかっているモドキ、及び外縁に大量の異形が転がっており、そのままにしておくと生体部品を多用していることもあって腐敗しかねない。
そこから疫病が発生して、折角ティアマット25を取り戻したのに呪いめいた病気で大勢死にました、とかがあったら洒落にならんからな。
その対応として、私はリデルバーディの許可を得て─今回の功績で、彼は間違いなく正式な戦士長に昇進するだろう─生きていた工廠設備の中、通常装備区画を使わせて貰っていた。
大半は異形製造用かテックゴブを生み出すプラントに造り替えられていたので、往事のキャパシティと比較すれば三パーセント未満の残念な性能ではあるものの、個人が使う分には膨大とも呼べる物資が作れる。
やろうと思えば、ここに根を張って数千年ほど迎えを待つこともできるくらいには。
やらないけどね。私も気が長い方だけど、流石にそこまでのんびり牛歩はしたくない。銀河のスパンで見れば数千年は誤差みたいなものだが、国家の物差しで二千年はあまりに長い。
早く戻って、我が母国がどうなったかを確認したい気持ちが逸って仕方がないのだ。
高次連はまだ存続しているのだろうか。多数の戦線はどうなっているのだろうか。肩を並べた戦友達は、今も生きているのか。
気がかりなことばかりだ。
故に私は帰る。僅かな歩みを積み重ねて、このテラ16thから高次連に帰還するのだ。
そのために、まず何を作ったかと言えばだ……。
「ノゾム」
〔主/神の番/ノゾム様〕
艦橋でコントロールに励んでいた私達の元に、機械的な足音を引き連れてガラテアと三人のシルヴァニアンが現れた。
彼等は皆一様に“強化外骨格”を着込んでいた。背骨を基部に肩と腰を支え、両足と腕に沿って部品が伸び、半ば座るようにして装着する生身剥き出しの、後方で活動する軽工兵用装備だ。
船内軽作業用の外骨格は、人工筋肉と流体モーターによって何倍にも筋力を増幅させ、同時に様々なアタッチメントで機能拡張が可能な工兵のお供……と言いたいところだけど、作れたのは膂力強化しか機能のないダウングレード品である。
だって、資材が足りてないのもあるし、正式なヤツは私と同じ電脳がないと管制できないからさ。だから神経パルスを拾って同調するだけの旧時代的なヤツを、私の個人ライブラリに所蔵されているVRゲームからサルベージしたデータを叩き台として、セレネにでっち上げて貰ったんだ。
ガラテアは大きさをそのままにした物で、シルヴァニアン達は彼等の体格に見合った物を新規に設計している。ファンシーさが大分薄れたが、これはこれで可愛らしいと私は気に入っている。
デザイン変更は、そこまで大変な作業ではなかった。関節が干渉する部分を調節し、彼等の筋力に見合った過剰出力を制限するだけで済んだから楽なもんだよ。おかげで兎達も力仕事ができるようになったと喜んでいたし。
工場に余裕ができたら、長老に老体用の歩行補助具も作ってあげるか。
「死体の始末、大体終わったよ。目に付く物は外に放り出した」
「ありがとう、助かるよ」
「しかし、凄いねこれ。こんなに着心地のいい甲冑なんて初めてだ。操作に全く違和感がない。それにモドキの死体を片手で三体ずつ運んで全く重くないんだ!」
少しモドキ達の白い血で汚れた体にムンと力を入れ、ガラテアは外骨格の出力に惚れ惚れとしているようだった。
それもそうだろう。彼女が最初着ていた外骨格は大破していたから性能は不明だが、こいつはダウングレードしていても高次連の正規品だ。戦闘用規格ではないにせよ、単身で一トンまでは持ち上げられる性能は生身とは比べものにならない。
これが正規品だったら出力は五〇パーセント増し、六本の作業用アームに空中移動用のアンカーまであるから、もっと便利なんだよ。
ま、私は使えるから、自分用にそれを出力したんだけどね。
本当は戦闘用外骨格が欲しかったところだけど、再起動時の情報保全措置で最新鋭兵器の設計図は殆どクリーンアップされてしまった上、兵器製造区画は船体維持用の極小機械群工廠に造り替えられていたから─恐らく機密保持のため中佐が優先的に再構築したのであろう─これで我慢するさ。その内に増加装甲なりなんなりくっつけて、戦闘にも耐えられるよう改装しよう。
「ところでノゾム、何をしていたんだい?」
「足を作っていた」
「足……?」
「これさ」
言って、私は小型の模型を取りだした。
丙種一型広域移動用多脚装輪車両。通称“群狼”と呼ばれる軽装甲車両だ。
外見は通常の二輪バイクといったところだろうが、実態は大きく異なる。
流線型の本体両側に折りたたまれるようにして動物型関節脚部が収納されていて、足の先端は蹄の代わりにタイヤになっている。
車輪は展開式で必要とあれば三つ指型の脚に変わり、地面をしっかりと踏みしめて傾斜角七五度の急坂や山道も登れるようになっているのだ。
不整地を機械化人が征くための装備であると同時に、制空優勢が取れていない地域の強行偵察用装備として愛されていた。
当然、荒れ地だらけの惑星開発でもお供として必須装備だったので、通常装備区画で製造できるようになっている。
全長は約二メートルと大型ながら車高は脚を折りたたんで走行モードになれば八〇センチと低くなり、犬科動物を参考にした脚部は展開しても高さ一・四メートルと隠匿性に優れている。大型なのは積載量確保を目的にしており、後部に大型パニアバッグを三個、前部に二個装備できる長期活動を視野に入れたもので、装備物資を工夫すれば半年は無補給で活動できる優れものである。
しかもしかも、胴体に多関節作業アームを装備しており、それに個人携行用の火器を持たせることで、ある程度の戦闘力まで確保されているのだ。
ここでは作れないが無反動砲や迫撃砲を積んだ支援モデルも存在し、数多の戦場で音もなく駆ける軽騎兵として活躍してきた実績ある群狼を製造できるのは僥倖だった。
いやぁ、帰ろうにもここからシルヴァニアンの王国は二十日以上かかるからな。これなら一日で行けるから、ずっと欲しかったんだよ。
それに操縦系をちょっとイジればガラテアやシルヴァニアン達でも使えるから、本当に欲しかった……。
「ギアキャリバーじゃないか!」
「何?」
「僕達マギウスギアナイトの愛馬だ! 天蓋聖都の大聖母工廠でだけ作れる鋼鉄の愛馬! どうしてそれがここで……」
模型を私の手ごと掴み上げて感動に震えるガラテア。
そういえば、ここから聖都とやらは凄まじく遠いと聞いた。私はてっきり生き物の馬を使っていたのかと思ったが、そうではなかったのか。
いや、冷静に考えれば当たり前だな。外骨格を含めれば装備の総重量は三〇〇キロを軽く超えるだろうし、それに普通の馬なら耐えられない。補給を考えれば大隊規模の─騎士達の編成が千人ではないだろうが─派遣は補給線が追っつくまい。
群狼の動力は小型融合炉なので補給要らずだから、全く同じものを使っていたと仮定すると、ガラテア達が長駆ここまで到達できた理由も納得がいく……のだが、疑問が増えた。
何故、彼女達は高次連の装備を知っている?
強化外骨格は明らかに新造されたと思しき粗製品だった。だのに群狼だけは正規品というのが納得いかん。
もしかして、聖都にはここより高度な高次連の遺跡が眠っているのか?
「あ、ああ、そうだ、ギアキャリバーだな。うん」
「僕らの馬は全部戦闘で喪ってしまったから、どうやって帰ろうかと思っていたんだ!!」
「なら、君に一機進呈するよ。工廠の生産能力には余裕があるからね」
「こんな希少な装備を貸すのではなく、くれるっていうのかい!?」
急いで作るべき物はなかったので、追加で一機や二機作る程度の余裕はある。ティアマット25は、基本的にこれからも自己恒常性の維持に殆ど割かせる予定ではあるけど、個人用装備くらいなら幾らでも都合できるさ。
それに、これからはテックゴブにもシルヴァニアンにも東奔西走して貰う予定なのだ。足は何十と作る予定だったから誤差みたいなもんさ。
「君が故郷に帰れないなんて悲しいことにならないよう、上等なのを贈るよ。なに、君と私は共に戦った仲じゃないか」
そうだろう戦友? ガラでもないがウインクしてみれば─思えば通じるのだろうかコレ─彼女の頬が微かに紅く染まった。
それから私の手を握ったまま、目を見つめてやや考え込んだ後、意を決したようにガラテアは口を開く。
「お願いがあるんだ、ノゾム。僕と一緒に聖都まで来てくれないか?」
「は? 何だい急に」
「僕らが“太母”まで来た理由を説明するよ」
止める間もなく彼女は訥々と語り始めた。
曰く、聖都は危機にあるらしい。
何でも“竜”と呼ばれる巨大生命体やキマイラーのような異形に脅かされ、彼女達の領域は日々後退しているという。
その事態を打開するため、マギウスギアナイトは各地に派遣されて遺跡を漁り、竜を撃退できるような装備を探してくる任務を帯びていたらしい。
「こんな厚顔無恥な頼みをするのは間違っていると思う!」
「いや、別にそこまで……」
「ただ、兎達を救い、小鬼まで救った君の慈悲に縋ろうとしている僕を笑わば笑ってくれて構わない!!」
「だから別に……」
「お願いだノゾム! 君ほどの男なら聖都を救える! どうか僕と一緒に聖都まで来てくれないか!! ここで散った戦友達の想いを無駄にしないためにも、どうか、どうか! 僕にできることなら何っでもするから!!」
う、うーん、困った、ここまで熱烈に頼まれるとは予想してなかったぞ。
熱心に勧誘されるまでもなく、聖都には行くつもりだったんだよな。
不活性な光子結晶を持つ人類。惑星地球化が終わって随分と経つのに“千年”ものタイムラグと共に現れた不自然な状況。
そして何より“天より降り立った”とされる都市は、きっとティアマット25よりも巨大で重要な施設の可能性があるのだ。
たとえば、今も動く航宙艦だとか。
だから調査のため聖都には行くつもりだったし、行かなければならなかった。
「分かった、ガラテア。元々聖都には行くつもりだったんだ」
「本当かい!?」
「それに、人々の危機と聞いては黙っていられない。何とかできるか試してみよう」
お題目を唱え、縋り付く彼女を抱き留めて落ち着くよう撫でてやった。
うーん、しかしガラテアは仲間を全て喪ったことで情緒がちょっと不安定になっているようだな。今後、ちょっとは治療のことを考えた方がよさそうだ。
「ありがとう、ありがとうノゾム……!!」
「ところでガラテア、聖都はどういうところなんだい?」
「あっ、それなら……」
問えば、彼女は懐から一枚の紙を取りだした。
何でも故郷を遠く離れても忘れないようにと、戦友が持たせてくれたもののようで、受け取って見てみれば幾つかの書き込みと共に“写真”が印刷されているではないか。
それは遠方の丘から撮られた街のポストカード。裏にメッセージを書き込む余白があることからして観光客向けに製造された物だろう。
表面に印刷されていたのは、ただの街ではない。
割れた卵の殻の一部を思い起こさせる、巨大な蓋のような物が覆い被さった大地は、目算で直径一六〇キロはあるだろうか。
私はこの構造物に見覚えがあった。
欠け落ちた一部でこそあっても“準衛星級航宙艦”の一部をどうやったら見間違えられよう。
第二二次播種船団には大量の大型艦が随行していた。衛星級は勿論、準衛星級も複数。
「ガラテア、準備が整い次第行こう」
「本当かい!?」
コイツは間違いなく準衛星級航宙母艦“イナンナ12”だ。機械化人以外のアドバイザーを乗せた一種の独立権限を持った船舶。
これには惑星地球化を終えた16thテラを売り飛ばす“黄道共和連合”の旧人類達が乗っていたはず。
その彼等が惑星表面上に降下し、人類を繁殖させたとしたら、何か大きな通信帯異常に関わる秘密があるに違いない。
私は彼女の大事な絵葉書が歪まないよう気を付けながら手に力を込めた。
今、掌の中に核心に迫る大きな鍵の欠片が握られていた…………。
【惑星探査補記】
工廠船の多くは機密保持のため船体OSの全体再起動を実行しなければならないような状態に陥った場合、船内に格納されたサーバーから最新型兵器のデータを破却する仕様となっている。
これは敵に鹵獲されて通信帯や義体の脆弱性などを突かれることを防ぐための処置であり、枯れた技術を使った兵器などはプリインストールされる。
Ⅱ
機嫌良く口笛を吹きながら群狼をイジっていると、セレネから通信が入った。
『上尉、本当に行くのですか?』
その声は随分と訝っているようで、あまりおだやかではなかった。
「行かなくてどうする」
目的格が入っていないが、彼女が言いたいことはよく分かった。
高機動力の足を手に入れて活動範囲が膨大に広がった今、私が聖都まで行くことは性急に過ぎると非難したいのだろう。
実際、群狼を作れるようになったこと、人手を確保できたことで活動範囲は今までの数十倍、いや、百倍以上に広がったと言えるだろう。
なにせコイツの巡航速度は平均八〇キロメートル毎時、最高時速は二二〇キロメートル毎時だ。単純重量で六〇〇キログラムまで積載できるペイロードは実に強力で、数機で編隊を構築すれば道によるが一日に千数百キロを軽々と踏破する。
しかも群狼自体に人工疑似知性─いわゆる旧世代AI─が搭載されているため、眠っていても目的地まで走り続けてくれる優れものだ。行き先さえ命令しておけば、シルヴァニアンやテックゴブでも遠方に斥候として出られるようになった今、何か月も離れた地まで行かずとも、探索できる場所は幾らでもあると言いたいのだろう。
『ですが、観測拠点、地球化拠点、簡易拠点、総計二十六か所も探索可能範囲にあるんですよ』
「だが、どれも設備としては小粒だ。宇宙に上がれるような抗重力ユニットを作れる場所ではない」
『そうではありますが……』
古い地図に照らし合わせれば、一週間で行って帰ってこられる場所にある各種拠点は二十六か所以上あるが、どれも“ティアマット25”を超える製造設備を持っているような物ではない。
各所に分散した地球化のための拠点は大半が無人拠点で、セレネやティシーのように面倒を見る個体がいないのでとっくに朽ち果てているだろう。
それでも製造原料や工場部品くらいはあるだろうから、行く価値がないのかと言われればそうでもないのだが、得られる旨味は少ない。
ローリスクだがリターンも少ない。それに拘って時間を使うくらいなら、もっと効率的に行こう。
こういう時、博打に出ないと進捗というのは良くならないように世界はできているものだ。
「だから確実に巨大な工廠のある聖都に行きたい」
我々は実質的に寿命がないのでのんびり構えてコトを進めることは得意であるから、じっくりそれらを探索し尽くしてからやってもいいと言えばいい。
だが、貴重な情報源となり得る聖都が危機に瀕している今は話が別だ。
なにせ“竜”とやらは全長がウン十メートルを超える超大型生命体で、聖都外縁の都市部が幾つも陥落して何万人も死んでいるという。
知性体大好きな我々としては、守ってやりたいのが心情というものだ。
『ですが上尉、危険すぎます』
「危険なのは、この義体に収まっている限り変わらないだろう。最悪、乙種義体が手に入るなら探索する価値はあるが、候補拠点にはどれも義体生産能力はない」
義体というのは精密機械の集合体であり、何処ででも作れるような代物ではない。
そして、我々機械化人や数列自我知性体は筐体がぶっ壊れたら、脳殻だけ持って帰って専門工場で入れ直して貰った方が早いし安全なので、方々に工廠を設置するようなことはしないのだ。
コストが掛かりすぎるし、一つ一つに技師を配備する余裕もないからな。
勿論、工場は自動化できるし疑似知性でも義体のフィッティングくらいできるけど、本当にそこまでして用意する必要がなかったのだ。
何と言ったって、今回の第二二次播種船団の機械化人総参加者は“たったの二千人弱”でしかないのだから。
まぁ、自動化の弊害ってヤツだ。統合軍は艦船だけでいえば四百万隻を超える大艦隊だが、実のところ兵員なんてのは陸戦隊を含めて五十万人もいなかったりする。各リングワールドの郷土防衛隊を含めて、やっとこ百万を超えるかどうかってところかな?
軍事力は膨大だが、その大半が自動制御艦艇とドローンで構成されていて、人間は監督しているだけで十分だから構造的に自然とそうなってしまった。
故に義体を整備できる箇所は限られており、今いるティアマット25より巨大な工廠船くらいにしか一から全部作れる場所はない。
「遺構から義体が発掘できる可能性なんてないんだし、奇跡的にあっても経年劣化で御陀仏だろう?」
『そうではありますけども』
「それに、動力にしてしまった私と君の筐体は、もう元に戻らないんだ。なら、少しでも可能性がある場所を探る方が有意義ってもんだよ」
パーツを作れるところは沢山あるが、交換が前提の摩耗しやすいマニピュレーターなどがメインで、重要パーツの生産拠点はやっぱり“上”なのだ。
その点、この丁種義体は本当に異例だな。最低限の設備とDNAデータさえあれば再現できるのだから、不便ではあるけど生産性は高いとか謎すぎる。
まぁ、原理的に旧人類の体を培養するのが一番お手軽ってのはお寒い話だなぁ。
「それに前と違って予備を作れるようになったんだ。そうビビるこっちゃない」
『ロストする危険性は依然高いと言ってるんですよ!!』
ティアマット25の設備で電源さえ作れたら、元の拠点でセレネが作った義体培養装置で私の予備ボディを生産するのは簡単だろう。製造に一月二月かかろうが、今までと違って何十年とジリジリ耐えるような必要はない。
なぁに残機が増えるんだから、そう難しく考える必要はないさ。流石に軍事規格の脳殻がぶっ壊れることなんてそうそうないんだから。
それこそ、これだけの設備があっても“聖槍”の生産はできないんだ。アレくらいしか、今のところ地上で私の脳殻を完全に破壊して、光子結晶を砕ける武器は見つかってないんだから余裕余裕。
「もっと気楽に構えて行こうよセレネ。クエストが向こうから来てくれたんだ。世界規模のオープンワールドをやっているようなもんなんだから、ヒントには頼らないと終わりが来ないぜ」
『だったら、もう少し気長に構えてください上尉……』
説き伏せられてガックリしているアイコンを見せたセレネに悪いと笑い、私は自分用の“群狼”を満足げに眺めた。
大きな単眼のヘッドライトがついたバイクに脚が生えたような装輪車両は、今日ロールアウトされたばかりで暗褐色の装甲はピッカピカ。今し方フィッティングと試験機動を終えたところで、何時でも使えるようになっていた。
狭い倉庫の中で試しに跨がってみると無線で疑似知性と接続でき、ようこそと無機質な声で搭乗を歓迎された。
「テスト運行。制御権を私に」
『RJ. You have control lieutenant Matsuyoi』
主機をゆっくり起こして始動。四脚を展開して、その先端に備わった椅子のキャスターのような構造で三六〇度回転するタイヤの前輪を一回転。いわゆる超信地旋回を一回キメた後、壁側まで走り前輪が触れる寸前に停止。そこからバックにギアを切り替えて急停止の後、後輪のみ強烈にブレーキを掛けることでウィリー状態に持ち込む。
そして前脚を振り回すことで、一切移動せず前後を入れ替えて着地。キュッとタイヤが地面に擦れる音が頼もしいと同時に心地好く、ぶん回してもちゃんと付いてきてくれる軍用規格に心が躍った。
うん、ファンタジーVRの馬も大好きなんだけど、やっぱり軍用は扱いやすくていいや。
「よしよし、満足満足。自動制御に切り替えてくれ」
『As expected lieutenant. I have control』
初ロールアウトなので大丈夫かと少し心配だったけど、ティアマット25の工廠はいい仕事をしてくれた。あとはコイツを何十台か量産すれば、直ぐに遠征の仕度に入れるだろう。
〔ノゾム様〕
〔ん? どうした?〕
出来映えに満足しているとシルヴァニアンの一人がやって来た。最近は私を名前で呼ぶように指示したら、大半が畏れ多いとして断ってきた中、珍しく従った一人。私は彼を側近に任じ、個人的にピーターと呼んでいる。
しかし、言語翻訳ソフトも最適化が進んできたな。やはりデータの蓄積というのは偉大だ。
〔リデルバーディ氏が戻りました。お目に掛かりたいと仰せです〕
〔分かった。直ぐ行くと伝えてくれ。今は何処だ?〕
〔“太母”の前で礼拝中です。他の小鬼達も連れています〕
ああ、そうか、彼等は“太母”に入る時には五体投地の礼拝が必要なのか。一々やらせるのも可哀想、というより私が待つのが面倒なので、外に即席の拠点を作るか。どうせ中だけで完結するのは“船体が縦を向いている”時点で不便極まりないしな。
いや、折角だ、コイツも仕上がったし迎えに行くか。
〔ピーター、後ろに乗ってくれ〕
〔いや、そんな畏れ多い……〕
〔元々コイツは二人乗りだ。遠慮するな〕
命ずればおずおずと、といった調子で外骨格を着たピーターが跳ねて後部に乗り、帯革をギュッと握った。
管制系を再び取り戻し、船内を文字通り駆け抜ける。
〔速い! 速すぎます! 怖い!!〕
〔速さに慣れておけ! 私の供回りになるということは、コイツを乗りこなせないと話にならんぞ〕
〔聞いてません/知りませんよぉ!!〕
座席に足をたんたん叩き付けて必死に訴えるピーターが振り落とされないギリギリの速度で廊下を走り、垂直な部分は飛び降り、あっと言う間に太母の入り口に辿り着いた。
来る時は難儀したけど、やっぱり悪路に強い足があると違うなぁ。
[ノゾム! もう来たのか!?]
[やぁ、リデルバーディ。見てくれ、コイツが機械の馬だ]
礼拝中に声をかけるのは作法に反するかなと思ったが、扉が開いたのに反応して先頭から一つ後ろにいた彼は直ぐに反応してくれた。
[お、おお……彼が……]
[どちら様でしょうか]
[ワシはバルゲンゴグ部族の部族長をしているギンゲルギズと申します]
肌の皺、緑色の双眼カメラアイの曇り具合からして老齢と思しきテックゴブが恭しく頭を下げた。
どうやら群狼に跨がって現れたことが、相当のインパクトを与えたと見える。
[“清廉なる雄神”と直接お会いできることを心より、心よりお喜び申し上げる……]
小っ恥ずかしい二つ名が出てきたのでオイ、とリデルバーディを睨むと彼は何ともバツが悪そうに顔を逸らした。
どうやら、自発的に言いふらしたと言うより、何処かから漏れて行き渡ってしまったようだ。
[ご挨拶痛み入る、バルゲンゴグのギンゲルギズ殿。して、此度のご訪問は帰還のご相談かな?]
“穢れたる雄神”とその走狗共に追われるまで、テックゴブ達はティアマット25の近くに住んでおり、部族も一つに統一されていたという。
今は三十二部族にまで分裂した部族も“太母”が取り戻されたと知ったなら、続々と潜伏を止めて集まってくるであろう。
その時に権力争いが起こらないよう、私は予め一つの策を講じていたのだ。
[そうです。誇り高き“太母の英雄”リデルバーディの言葉を信じ、真っ先に馳せ参じました次第で]
恥ずかしい二つ名を得るのが私だけじゃ釣り合いがとれまいと、彼を英雄に仕立て上げるべく、かっちょいい呼び名を進呈してあげたのだ。
こうすれば、各部族は“太母”を取り戻した私を尊重しつつも、最も功績を上げたと本人から評価された彼を第一に慕うであろうと。
基本的に人類ってのは身内贔屓で同種族贔屓の生き物だからな。“太母”が自分達の元に返ってきたのは嬉しいが、全て私の手柄ということで語られてはつまらなかろうから、政治を上手いことこねくり回すことにしたのだよ。
[それと、ワシをはじめ幾つかの部族から貴方に贈り物をと思いまして]
[贈り物? それは態々ご丁寧に。しかし私は……]
[今は滅びた偉大なる部族の一つ、ラスティアギーズの大軍旗を]
差し出される古ぼけた、諸所が白い血で汚れた軍旗を見て、私はちょっと嫌な予感がした。
これ、結構面倒臭いことを押しつけられるヤツじゃあ…………。
【惑星探査補記】
丙種一型広域移動用多脚装輪車両。愛称は群狼。甲種義体でも同様の速度を出すことは十分に可能だが、戦闘前に義体を酷使することを避け、運搬重量を増すために製造された偵察用多脚バイク。
量産性に優れている上、汎用性に富んだ設計は高次連で広く愛され、様々な発展モデルが存在するのみならず、戦闘用機能を撤去した民生品も大量に生産されている。
Ⅲ
“太母”奪還より暫くして、方々に逃げた諸部族を訪ねて行った戦士達だが、どうやら部族の長達は一度、それが本当なのかを確かめたがったらしい。
無理もない。テックゴブの英傑達が二百年かけて挑み、時に合同軍を結成して尚も達成できなかった偉業なのだ。それが唐突に現れた異邦人によって為されたと言われて、信頼できる者は少なかろう。
それで“太母”を訪ねる前に合議を一度開き、私を見定める役が三十二部族の中でも力があった部族長のギンゲルギズに与えられ、噂の真偽を確かめると同時に彼等なりの政治をやりに来たようだった。
賢くて冷静なやり方だ。少なくとも私の立場だったら、真偽を確かめた上で、仮に真だったとしたら成し遂げた相手の人品くらいは確認したい。
やっぱりファンタジーのゴブリンと違って、テックゴブは気性の激しさに反して知性が高いなぁ。
つまりこれも、私を推し量る試金石の一つか。
押しつけられた軍旗には、一つの称号が付帯していた。
テックゴブではない私を名誉族長と認め、かつて滅んだ部族の再興を許す……という体で、此度の氾濫によって生まれた大量の“はぐれ”を引き取って欲しいのだという。
名誉と義務はいつだって釣り合うものと決まっているけれど、中々にデカいものを放ってくれたもんだ。
ガラテア達が刺激したせいで暴れた異形の損害は大きく、ギンゲルギズ曰く二つの部族が滅び、五つの部族が滅びかけているという。
事実としてリデルバーディが所属している部族、グラッヴゴルブ族は戦士長が撤退中に戦死。彼を含めて正規教育を受けた戦士は三人しか生き残っておらず、今も兎の王国に匿われている十五名を除いたら全体の生き残りは三十人に満たない。
それと同じような、最早部族の体を成していない生き残りや、面倒を見切れない孤児が沢山いるので、部族の再興を名目に私に押しつけてしまおうという魂胆のようだ。
そして、それをどう扱うかで私の度量を図ろうというのだろう。
中々どうして、素朴で朴訥な種族だと思ったが強かでいらっしゃる。
[軍旗と族長位、謹んで拝命しよう。我が名にかけて、新たな家族を庇護し、導くことをここに誓おう]
「おお……!!」
色々考えた結果、私はそれを受け容れた。
なに、養っていくことはそう難しくない。ティアマット25の近辺に悪くない立地で居留地を建てて良いと許可を得られたし、今まで通り立体成形機を使えるなら衣食住に困ることもないのだから。
何より、正式にリデルバーディの上司となって、彼を戦士長として率いることができるようになるのが大きかった。
グラッヴゴルブの部族長は、今回の一件で心が折れたのか引退を表明しているから、誰も文句を言うまい。吸収合併という形で呑み込ませてくれるのであれば、人手が増えてむしろありがたいよ。
それに元から、直卒の戦力を拡充したかったのだ。崩壊した部族の生き残りであっても、マンパワーが得られるのであれば文句はない。
懸念が一つあるとすれば、彼等がガラテアを恨んでやしないかくらいのものだ。
しかし、今はそれも“太母”奪還の喜びに紛れて消えている。
私がラスティアギーズの族長となること、滅びに瀕している部族全てを救うこと、そして“太母”をテックゴブ達に返還することを約すると、ギンゲルギズは小躍りでもせんばかりに報告のため帰っていった。
それからさして日を空けずして、次々にやって来た部族達は本当に太母の中に入ると、自分達の代で太母が返ってきたと知って狂喜乱舞し宴を始め、そこら中で歓喜と喜悦のあまり漏れたむせび泣く声で溢れかえる。
それから、済し崩し的に饗宴が開かれる。
この宴を以て、私はラスティアギーズの名誉族長となった。
ここで言う名誉というのはテックゴブ達から贈られた、同族でなくとも族長を名乗る権利のことであり、ついでに一代限りの名称であることを意味する。
つまり、あとでちゃんと同族の後継者を指名しろよってことだ。
まぁ、私、寿命ないから居座ろうと思ったら延々居座れることは黙っとこ。テックゴブ達は二百年ばかしが寿命だそうなので、幾らか私の老いがないことに気付くのも時間が掛かるだろうから、問題にはなるまいて。
[グラッヴゴルブの生き残り三十余、余所の部族に吸収されなかった戦士十五名、生き残りで行く当てのない男女三十八名、孤児六十七に老人四十名。まぁ、部族としては大したものだな]
[……いいのかノゾム、体よく■■■捨てにされたようなものだぞ]
宴を眺めながら饗された酒を─正確にはっぽいなにかで、私には代謝できなそうだ─片手に部族の者達を前にして、群狼に横座りになった私にリデルバーディがフィルター混じりの罵言を言った。
どうやら相当腹に据えかねているようで、今にも怒鳴り出しそうな雰囲気だ。きっと、太母を救った勇者を“試す”とは何様のつもりであろうかと憤ってくれているのだろう。
自分のためではなく、人のためにこそ怒ってくれる友人を持てと仰ったのは、さてどの聖人であっただろうか。
[しかしね戦友、私は悪い方に捉えてはいない]
[怪我人病人、後は使い物にならない■■■と■■■揃いだ!]
[落ち着きたまえよ。私は何事も良い方に考える気質だ。一気にこんなに同胞が増えたんだぞ、喜ばない理由がどこにある]
ん? と首を傾げながら手を広げると、ラスティアギーズの一員になると─恐らく半ば強引に─決められた者達はホッと安堵の息を吐いた。
[昔から言うだろう。人手こそ力だと]
[だが飢えた■■■と萎えた■■■、あとは■■■■ばかり……]
[根本的に使い物にならない人間などいない。適材適所だ。それに、私は自分で言うのも恥ずかしいが身内贔屓が酷い男でね]
酒杯を置いて、手をパンと叩けばピーターがゴロゴロと台車を押してきた。
そして、ばっと覆い布を振り払うと、そこにはよく肥えた猪が丸まる一頭載っているではないか。下処理は丁寧に済ませ血はソーセージに、モツは新鮮な内に火を通して、そして肉は巨大オーブンで表面がテラテラと光るまで炙っている。
ふふふ、我々のVRでは味が分かるからな。サバイバルを題材に置いたゲームで適当な調理をすると舌を殺されるから、こういうのは得意中の得意なのだよ。
宴を催すと聞いたから、慌てて狩ってきたんだ。
[身内と決まったなら、皆、唯一の例外なく姫の如くあやす。そして、子が父を慕うが如く振る舞ってくれれば満足だ]
[これは豪勢な……]
[さぁ、大いに食おう。四頭も狩ったんだ、腹がはち切れるくらいあるぞ]
この辺りには異形も多いが、地球の植生が再現されているのみならず動物まで放たれているため獲物は多い。実際にテックゴブ達も猪や鹿を狩って生きてきたようで、ご馳走と認識しているのか皆飛びつくように短刀と肉叉を手に肉塊へと挑み掛かっていった。
[皆、腹が満ちたら働く気にもなるだろう]
[ノゾム……いや、族長、あまり調子に乗らせない方が良いぞ]
[匙加減はしっかりするさ。だが今日は目出度い日だ、食えるだけ食って呑めるだけ呑んでも太母は咎めやしないよ]
それに君に贈り物もあると言えば、酒で少し肌の色が白くなった─血液が白いため、血行が良くなるとこうなるのだろう─リデルバーディがカメラアイの瞳孔を収縮させた。
[コイツは……]
[“太母の英雄”がそんな鎧じゃ格好も付くまい?]
再びピーターが外骨格を使って押してきた台車には、一台の強化外骨格が載せられていた。
勿論、プレゼントと言った以上シルヴァニアン達に配った普及品ではない。
テックゴブの体格に合わせ、全身を被甲したフルプレートモデルだ。
[最大装甲圧は胸部で三〇ミリ、可動部シーリングは多層カーボンシート製だ」
一応、テックゴブの美醜感覚に従って、かなりトゲトゲしたデザインにしたつもりであるのみならず、できうる限り性能にも拘っている。
装甲の主要材料は航宙艦の外殻にも使われている超硬質展性チタン合金、関節部を装甲するのはナノ単位で立方体構造を取らせることで、ただ縒った物とは比べものにならない性能の防弾防刃ナノカーボン。
我々の基準では丙種強化外骨格二型という、後方勤務ではあるが弾が飛んでくる可能性がある場所で働く工兵向けの品に近い頑強性と出力を実現させた。
まぁ、色々部品が足りていないので、参考にした丙種二型と違って全天周感覚素子もなければサブアームも非実装、ついでに補助疑似知能も搭載していない簡易品だから、比べたら開発部の人間から鼻で笑われそうな代物ではあるんだけどね。
それでも全部族の戦士が着ている鎧と比べても、こっちの方が格段に頑丈で高性能であろう。着心地も悪くなく、そのまま生活して問題ないように作った。内部は柔軟な生体繊維で覆われているから汗も垢も吸収して浄化してくれるし、可動域の広さから寝転んでも痛くないはずだ。
[い、いいのか!? こんな凄い甲冑!!]
[私は名誉族長なのだろう? なら、戦士長にちゃんとした装備を配る義務がある。あとで好きな色に塗ってやるから言ってくれ。細かな意匠にも対応するぞ]
勿論、その配下にもな。
そう一言添えると、余所の部族からかき集められた敗残兵達が俄に活気づくのを感じた。アレと同じのを貰えるのかと。
ああ、やるともやるとも。デザインは角とか棘とかを省いて、モブっぽくするけどね。鎧は戦士長の権威らしいから、専用機ってのは大事だろうさ。左肩にラスティアギーズの紋章を抱くことさえ容れてくれれば、多少自分でお洒落するくらいも許可しよう。
それに戦士達は五人ほど私の遠征に付いてきて貰う予定なんだから、ちゃんとした武装を用意して土地を守らせないと。
あとシルヴァニアンとの交易だって続けて貰わないと困るのだ。仕事に必要な最低限の道具には拘らねば結局損をする。
ティアマット25の立体成形機なら、これくらい訳はない。ケチケチしないで使えるだけ使う。
いい仕事には相応の予算ってもんがいるのだ。ここで吝嗇を発揮した場合、総合的に見て利益は下降線を描くことを、私は多数のVRゲームで学んでいた。
そして各族長は、僅かな嫉妬と厄介払いを含めて私に彼等を押しつけたのだろうが、上手く利用させて貰おう。
何つったって私は“太母の伴侶”なのだろう? 先に喧嘩を売ってきた以上、文句は言わせんよ。お荷物を押しつけて身軽になりたい気持ちは分かるが、相手は選んでやるべきだったな。
とはいえ、私もそこまで意地悪ではない。周りで羨ましそうに見ている他部族の個体も含めて、後できっちり厚遇するさ。
ほんの何年か、ラスティアギーズを優遇するだけで、いつか部族全体の平和的統一が適った際には必ず。
彼等は寺本中佐とアルベルト二四五六〇が作った訳ではないにせよ、二人が命がけで崩壊させなかった船から生み出された、いわば機械化人類と数列自我知性体の子供なのだ。
大事に大事に扱っていくよ。
可能性は自分で言うのもなんだが、とてつもなく低いけれど、原隊に復帰できたら議会に彼等の“高次知性体認定”をちゃんと取って貰うつもりでもあるしね。
それに、テックゴブ達の政治的混乱って実はそこまで心配してないんだ。
何せ彼等には異形という怪物がいたから離散して暮らすほかなかっただけであって、別に部族間抗争とかで骨肉の争いを繰り広げていた訳ではないのだ。暫くは誰が総族長になるかで揉めはするだろうが、元から合議制に近い緩い連帯を作っていたらしいので、その内収まるべき形に収まろう。
流石に一番に殺すべきヤツが死んだから、二番目のお前らが死ね、と旧人類めいた物騒なことは言い出さないと期待したい。
[リデルバーディ、暫くは忙しく働いて貰うぞ]
[……先払いでこれだけ貰ったら、どれだけ請求されるか分からなくておっかないぞ■■■]
悪態を一つつき、彼は酒をぐいっと飲み干すと勢いよく背中が開いた強化外骨格の中に乗り込んだ。着ぐるみのような構造をしているので、着方は教わらなくても想像すれば分かったのだろう。
そして、搭乗を確認した強化外骨格は密閉され、力強く動き出す。戦士長の単眼だけが覗くように作った兜のおかげで威圧感は凄まじい程に強い。
[族長に!!]
[[[族長に!!]]]
声を揃えた乾杯に、水筒を掲げて応えた。適度に水分をとって細胞を湿らせ、栄養タブレットを囓って─今日はブルーベリーか、個人的にはハズレだな─食事を終える。
賑々しく宴を楽しむ彼等を微笑ましく見守りながら、私は空を見上げて故郷に想いを馳せた。
さて、少し余裕が生まれたので考える時間ができたが、あの星々の中のどの光にも含まれていない、更に遠くの銀河にいるだろう両親はどうしているだろうか。
旧人類と違って寿命の心配はないにせよ、きっと私の仏壇が用意されてるんだろうなぁ。可愛がってくれた祖父母や曾祖父母が命日ごとに沈んでなきゃいいんだが。
しかし、本当にどうやって帰ろう。ティアマット25には抗重力ユニットは積んであったが、船体剛性を保つため取り外す訳にはいかないし、そもそも大気圏内飛行を想定していない艦船に搭載された、衛星の重力に抗いつつ船を維持するためのユニットなので、当然のように大気圏離脱能力なんて備わっていない。
そして、我々高次連の機械化人は抗重力ユニット、量子力学と重力子力学によって生み出された惑星からの柵を軽減する術以外で星の重力に抗う方法を喪って久しい。
いや、だって便利なんだもん。こればっかり使ってたら、そりゃみんな地上から大推力で第一宇宙速度を突破しようなんて燃費も効率も悪いこと忘れるよ。国会図書館の技術保全目録の中にはあるかもしれんけど、ロケットの作り方なんてまるで知らん。VRゲームのレトロフューチャー世界観なシステムでは何度も乗ったが、実機なんて本国でも建造できないのではなかろうか。
これから向かうつもりの天蓋聖都に偶然落っこちてて、譲って貰えたりしないかなぁ。
私は少し現実逃避気味な考えを結びながら、ちびちびと星を肴に水筒の水を煽るのだった…………。
【惑星探査補記】
テックゴブは分裂する前は一つの巨大な氏族を構成し、社会構造を作っていたため、再統合は“正しい形に戻る”だけのことにすぎない。
Ⅳ
「破廉恥だ!!」
ティアマット25の民生品用整形機が再稼働させられたので、念願の煙草を咥えて脳を沈静化させていると、ティアマット25の外に作ったラスティアギーズの屯所にしている天幕にガラテアが乗り込んできた。
「んあ……何だ……?」
一種の禅めいた脱力に至っていた私は─煙草がなくてもできるが、あった方がメンタルが落ち着くのだ─急な訪問に体を起こし、疑似脳内麻薬機能を全て切って健全状態に復帰した。
「これ! 破廉恥じゃないかい!?」
「……スキンスーツが?」
目の前に突きつけられたのは、彼女のために作ったインナーだった。
背中に圧着式のジッパーがある背開き型のスーツで、足先から首までスッポリ覆うそれは、潜水時に着用するウェットスーツと似ているが、胸部や陰部が透けないよう軽い装甲や、バイタルをチェックするための機器も据え付けられていて若干メカニカルでもある。
しかし、破廉恥だの何だのと言われても普通のスキンスーツだな。工場に余裕がなかった最初は用意していなかったけど、“太母”を取り返して立体成形機を使えるようになった今は、私も使っている全く以て普通の下着だ。
専らアドバイザーとして乗り込んでくる有機躯体の外国人向け製品だけど、家の技術部が作った傑作に何の文句があるというのだろう。どの文化圏でも抵抗なく使えるよう細心の注意を払って作られた普及品が破廉恥とな?
「これに何の異議があるんだい。とても便利だよ」
洗濯要らずで体臭にも強く、お手入れは月に一回極小機械群を補充するだけ。それさえ怠らなければ、普段使いにも戦場使いにも最適の服の何が気に入らないというのか。
強化外骨格は気密性が高くて蒸れるし、装甲を貼り付けたフルプレートモデルは長時間着ていると垢や汗に悩まされることもあって、義体化していない人類はそれらに対応するため、皆このスキンスーツを愛用する。
実際快適すぎて、今では私も手放せなくなった。頭髪と顔以外を洗う必要がなくなるので、脱ぐのがぶっちゃけ億劫なくらいだ。
「こっ、ここ、こんな体型がでる下着! 破廉恥だ!!」
外骨格の内部構造を圧迫しないよう、厚手のスキンスーツは電気収縮によって装着者の体型にピッタリとフィットする。これは技術的な問題であって、何も開発者のフェティシズムに依るものでもないのに破廉恥だと言われても困るんだが。
それに内部に飼われている極小機械群が密着していないと、汗や排泄物を分解できないから、こういう形になるのが合理的なんだよな。
「きっ、きき、君は何を思って僕にこれを寄越した!」
「普通に下着としてだよ。新しい強化外骨格に合わせて誂えた。それだけのことさ」
さて、宴から数日経って装備の更新が進む中、何やら妙な直談判をしに来たガラテアであるのだけど、与えたインナースーツが気に入らなかったのだろうか。彼女用のフルプレートモデル外骨格を用意した時は、あんなに感激していたのに。
「第一、下着だよ? 誰に見られるというんだい」
「そ、それは……」
それに、ここに人間は君と私二人だ。何を恥ずかしがる必要があるんだね。
「言っておくが、私は婦女の着替えを覗くような下衆ではないからね」
「それはっ、分かって、るん……だけ……ど……」
消え入るような声で聞こえる「恥ずかしい」との評価。
ふむ、どうやら天蓋聖都の人間にこっちのファッションセンスは最先端過ぎたか。
「セレネ、今暇かな?」
『生産計画の算定中で忙しいのですが。重要案件ですか?』
「ガラテアの下着のことなんだが」
くそ、話題を切り出した瞬間に通話を切られた。しかも拒否設定にされたのか、かけ直しても通じない。
あの相方、何か変な勘違いしてないだろうな?
「しかし、着たきり雀より良いだろう」
「そうっ、ではっ、あるけど……」
さて、ガラテアは装備の大半を喪って身一つで落ち延びてきたので、実は替えの服がない。今までは私が着ているのと同じツナギを支給し、男性用下着を使って誤魔化して貰っていたのだが、つい先日、セレネが同じ下着を洗っては乾かし、洗っては乾かしで一枚を無理矢理使っていると報告してきた。
どうやら男性用の下着は恥ずかしすぎたようで、あげたのを乾かしている間だけ穿いていたようだ。
それは流石に可哀想だろうとスーツを作ったのに、お気に召さなかったか。
しかし、スキンスーツにデザインなんてそうそうないぞ。私は絵心がないので一から設計しろと言われても困るし。
然りとて普通の布地でできた下着では、これから先の行軍で難儀するよ。群狼の上でずっと走りっぱなしなんだから、外骨格と擦れたりせず、洗浄機能が備わったストレスのないインナー着用は健康のためにも必要だ。褥瘡ができたらどうするつもりなのか。
「た、確かに手足が全部隠れるのは嬉しい……けど……」
「けど?」
「体の……線が……」
あー、そういう文化の人なのね。
私は改めてガラテアが属する文化で、女性がどのように身を覆うのかを認識した。
プライバシーを尊重して、私は彼女がどのような下着を身につけているかは知らないけれど、局部や胴体のみならず手足が隠れるのを喜ぶのは、袖付きのキャミソールや太股まであるドロワーズのような下着を穿く文化があるからだろう。
婦女として男性に晒して良いのは首と手首くらい、更にボディラインはつつましやかに隠すべきなんて文化があるに違いない。
だから上までジッパーが閉まりきらないツナギに、あれだけ恥ずかしそうにしていたのか。
「んー……故国ではどんな服を着てたんだい?」
「書くものを貸してくれ」
ペンと空間投影型のタブレット端末を手渡すと、彼女は虚空に文字を書くのに慣れていないからか、随分苦労しながら絵を描いて見せてくれた。
おや、結構絵心があるじゃない、ちゃんと分かるぞ。
予想したとおり、下着の上は二の腕丈のキャミソール、下は脛丈のドロワーズ。
で、平服は……ご、ゴスロリ!? ゴスロリじゃないか!
これはちょっと予想外だ。
いや、いいんだよ、ボーイッシュで活発なガラテアにも似合うと思う。一種のギャップ萌えというやつだ。
ただ、外骨格を着ている近代的な姿と、後はツナギ姿しか見せていなかった彼女に普段ゴスロリを着ていたと言われると中々に驚く。
「な、なんだい、その反応は。伝統ある普通の服だよ」
「いや、これ普及させた人と私は美味い酒が呑めそうだなと思って」
「はぁ?」
何言ってんだコイツと書いてあるような顔で見られたが、私の趣味の問題なので気にしないで欲しい。
いや私って結構多趣味でね、スタイリッシュで格好良いのから甘い乙女趣味のまで、どれも好きで見てる分には幸せなんだ。何だったらちょっと病んでいる風のもストライクゾーンだぞ。
「とりあえずガラテア、それで我慢してくれないか。同じ素材で君好みのデザインの物を作ると効率が著しく悪いんだ」
冗談はさておき、こうもゆったりした物では肌に極小機械群が触れなくて衛生面での問題が出てくる。
外骨格を着る以上、ここを妥協すると大変なことになるから本当に我慢して欲しい。背部が開く度に剣道部の部室みたいな臭いがするのは本人も嫌だろうからね。
「どうしてもというなら、そのインナーの上に着る下着を用意する」
「体型が出なくなるなら……それで、がまん、するよ……」
うーん、本人が納得してくれたから良いんだけど、尚更特殊性癖感が醸し出されているのは指摘してはならんことであろうか。
いや、良いんだけどね、競泳水着にニーソックスとか普通のジャケット羽織るギャップとか大好きだし。
「しかし、下着なんて君以外誰も見ない。何をそこまで恥ずかしがる?」
「鏡を見た時に僕が恥ずかしいんだよ! 男性には分からないかなぁ!?」
すまないね、機械化人は精製プロセスでちゃんと男女が分かれてるから─そもそも素体は親のDNAデータを掛け合わせて作る昔ながらのやり方だし─義体を着替えて女性体になることはできても、女性の心理まで完璧に理解することはできないんだ。
たまにVRゲームで女性になって「うわぁ、私スケベだなぁ」と悦に入ることはあっても、恥ずかしいと実感したことなかったんだよ。
まぁ、裏を返せば、男性体として製造されてもメンタルが女性の個体は、早々にアバターや義体を弄くって好きな性別に適応してきたから、理解する素地がないとも言えるのだけど。
……あ、でも待てよ? 普通にメンタルは男だし性的指向も女性だけど、自分が女装するのは大好きってやつはいたな。彼は区分としては何に当たるんだろう?
そこら辺、大雑把というか開明的というか「当人が愉しければいいんじゃない?」として全て受け容れていた我が故国だと、気にしなさすぎて却って訳が分からんのだよな。
ううむ、改めて異文化と触れるとカオスなりし我等が故郷。ともあれ、本人が嫌がっているのならば、できるだけ配慮してあげるのが人道ってもんか。
「可及的速やかに対処するから、できるまではそれで我慢しておくれ」
「貰う立場で多くを言うのは間違っているとは思うけど、本当にお願いするよ……」
対策を約束すると、ガラテアは心底恥ずかしそうにスキンスーツを畳んで天幕から出て行った。
装備面の調達はティアマット25のおかげで捗っていると思っていたつもりだけど、こんなところで落とし穴に引っかかるとはなぁ。
私は頭を掻きながら、進捗がどの程度かを確認するためセレネが逐一更新してくれている在庫表を確認した。
まず携行食、これはほぼ充足しており、遠征の間に男手がガッツリ減るラスティアギーズの老人と子供が食っていける分の蓄えも終わっている。
製造は簡単だ。この間獲ってきた猪のDNAを元に培養した肉を調理器で加熱し真空パックにしたり、この辺りで取れる果物や野菜も促成栽培しスープにして缶に詰める。レパートリーが少なくて直ぐ飽きるかもしれないが、レーションというのはそういうものなので我慢して貰う他ない。
シルヴァニアン達の保存食はもっと簡単だった。いつも食べている下草を収穫機で刈り取って一纏めにし、乾燥させてペレット状に成形するだけ。
まんま兎の餌って感じなのだが、これが存外評価が良かった。
彼等の味覚的に草の苦みとえぐみが良い具合に抜けて、特有の青臭さが勝り美味に感じたらしい。おかげで長期保存食なのに普段の食事よりこっちを食べたがる者達が多いくらいになってしまったので、その内製造用の機械を王国に移そうと思っている。
これくらいの贅沢を提供してもティシー、兎達のプロメテウスは怒らない……と、思いたいね。彼女だって有機物の素材を突っ込めば無限に団栗が出てくる食料生成プラントを作っていたんだから。
次に乗り物となる群狼こと丙種一型広域移動用多脚装輪車両、これも人数分の生産が来週には完了する。慣熟訓練に二十日は欲しいとして、群狼に曳かせる荷車の設計と製造にも同じくらいの時間が掛かるそうなので時間が無駄になることはないだろう。
何せここ聖都までギアキャリバーとやらで、補給やら諸々込みで三か月かかったそうだ。全く同じ物を今も変わらず製造できている不思議現象が起こっていなければ、群狼の方が高性能だとは思うが、それでも倍早く着ければ上等と考えるに補給物資は大量に欲しい。
それと、持ち運びできる小型立体成形機もできたか。
やろうと思えば立体成形機はそれ自体と同じ立体成形機を作ることができる。組み立てこそ大きさの問題で人間かドローンがやる必要があるのだが、小型の物であれば大抵は複製可能というのが我々の持つ強み。
これで移動中に何かが壊れても直ぐ新しい物を作れるようになるので、道中はより安心できるな。
ふと、懐かしくなった。義務教育期間の大学で、工学部の友人が立体成形機で立体成形機を作っている時、成形機ですら繁殖しているというのに俺ときたら……と愚痴っていた。
その時は思わず吹き出して喧嘩になったが、アイツは元気してるだろうか。私と違ってロールアウトされた後は軍属じゃなくて民間エンジニアになったから、今も平和に機械弄りをしているといいのだけど。
ふとした郷愁に駆られつつ、チェック作業は淡々と続ける。
寝泊まりする用のテント、簡易用のタープ、集会を開く時の大型天幕も完成しているようで、後は寝袋や毛布などの細々したものだな。
ここは惑星の北半球に位置しているので冬は結構冷え込む。今は気候のおだやかさからして春だろうから心配ないが、滞在期間によっては帰りが冬になるので装備はガッチリ固めてゆかねば。
っと、それから新型コイルガンの設計案も上がってきているな。
もっといい工場が手に入ったから、改良型の設計をお願いしたのだ。
「……リボルビングライフル?」
その図案を見て、私は思わず唸った。
セレネ、我が相方ながらまた尖った物を作ったな。
3Dデータで表示されたコイルガンは、銃身が長方形の外殻に覆われた輪胴式の弾倉を持つ小銃型。銃把は親指を通す穴が銃床に空いた一体型で、銃身長を稼ぐため根元に近い後方に機構が生えていた。
長銃身のリボルバーというのは連発式銃の黎明期に生まれた発明の一つであったが、幾つかの重大な欠陥によって─肩付けで構えると漏れたガスで火傷するとか─流行しなかったが、たしかにコイルガンなら欠点が克服できて問題ないのか。
その上で自動装填システムを複雑化せずに済むし“シリンダーごと”再装填する構造は再装填が容易な上、部品点数が減って整備性も上がるから大変合理的だ。
私からの注文で“白兵戦装備としても機能すること”を諸元に要求したこともあって、解決のために古の設計を掘り出してきたのかな。
軍属の視点からすると「趣味が過ぎるのでは?」と思わないでもないが、現状の設備でセレネが最大限頭を捻って生み出した効率的な案なのだ。きっと、これが最も合理的で剛性が高く、野戦整備に優れた設計に違いないのだから文句はないさ。
実際、最大威力は長銃身化も相まって六六〇〇ジュールに倍増しているのだし。
あと、しっかり忘れず銃剣をラックに実装してくれているのも私的にポイント倍点だ。
実際、先の戦闘では弾が切れた後で大いに役立ったから、これからも役立ってくれるだろうさ。
「うんうん、よきよき。これならば戦士達も喜んでくれるだろう」
あと、私が携行しているコイルガンの改修型も設計案が仕上がっていた。
と言っても、長銃身化して威力を底上げしただけで─拳銃なので性能アップは控えめだ─こちらに目新しいものはないんだけどね。
あと必要なものと言えば通信中継ドローンと、その充電拠点敷設ユニット、それからえーと。
人数分の万能工具も充足させたいし、近接戦闘用に拳銃を設計して貰うのも悪くないな。それから着替えと外骨格の補修パーツは定数を満たしているから問題なしと。
あと一月もすれば出発できるかなと考えつつ、私は目録の数字を淡々と追い続けるのだった…………。
【惑星探査補記】
機械化人にとって性別というのは半ばファッションに近い。
Ⅴ
兎達の宴席は独得だ。
恐らくティシーと自分達を模したであろう草の束を編んで作った偶像を囲んで、太鼓と足踏みをドコドコ鳴らして野っ原で踊りまくる。
私はこの光景を見て、義務教育期間の夏に楽しんだ盆踊りを思い出してしまった。
中央の櫓には太鼓の代わりに神像が据えられ、周りを兎達がぴょんこぴょんこと楽しく跳ねるのも、この場全体に充満する浮かれた空気もまるで一緒なのだ。
何ともファンシーで可愛らしい光景である。このまま絵本の挿絵にしても映えそうだな。
〔楽しいかい?〕
〔踊りたい〕
私の膝に乗せられた祭りの贄─という名のモフられ要員─が鼻をフスフスとならした。
そりゃそうだ。去年の秋に生まれた遊びたい盛りの子なのだから、神様の膝の上で大人しくしてるより、みんなに交じって跳ね回りたいわな。元々モフられるのが好きな個体は少ないので尚更だろう。
兎って可愛いけど、結構気むずかしいんだよね。
〔これ!〕
〔構わん構わん、行ってこい〕
私より一段下の席に座っていた長老が咄嗟に叱ったが、気分は分かるので豪華に着飾った子兎を解放して踊りに向かわせてやった。
私だって義務教育時代の儀礼は暇で暇でしょうがなかったから、よく居眠りをこいて怒られたもんだよ。始業式とか立ったまま寝てた記憶すらある。だから、みんなのところで思いっきり遊んでおいで。
〔申し訳ない神様の伴侶/主/大いなる庇護者。我々を手厚く扱ってくれるのみならず、戦士達の弔いをして貰ったというのに贄が逃げるなど〕
〔だからよいよい。短い人生だ、楽しく遊ぶ方が大事であろうよ〕
胡座を組んで頬杖を突き、左手をだらんと垂らした私は長老に呵々と笑ってやった。
シルヴァニアンの一生は短い。元が兎だったからかテロメアが短く三十歳にもなると老化が始まって、五十も過ぎれば大年寄。ティシーファイルにあった最年長記録が五十九歳であったことを鑑みるに、人生の縮尺は最長個体が基底現実時間で八百歳を優に超える機械化人と比べるとあまりに短い。
それならば、大いに楽しみ、大いに喜んで人生を過ごすべきだ。
いずれ彼等が不老を望むようになり、私がそれを与える手段を持っていたなら、寿命を延ばすことに異論はないんだけどね。
実際、ティシーも抗老化処理ができるだけの設備がないことを悔いていたし。
って、待てよ? そういえば私、二千年も寝坊をカマした訳だけど、稼働年数的な意味ではこれを計上したならば、すんごいドシニアなのか。
敬老の日に敬われる側に回っている事実に気付いて、少しだが驚愕した。というか、一般的な航宙軍規則に基づけば、とっくに名誉除隊してなきゃおかしい年齢だな。どうしよう、帰還が適った時に年齢的な問題で原隊復帰はできませんとか言われたら。
ちょっとした悩みがまた一つぽこりと生えてきたが、宴を邪魔するほどのものではないかと思い、私は長老に問うた。
〔それにこういう時、伝承ではティシーはどうしたね〕
〔……我等の大いなる母は、常に笑ってお許しくださいました〕
〔つまりそういうことだ〕
ティシーが許したことを私がどうして咎められよう。彼女のおかげで、こうやって偉そうにふんぞり返って、戦士をまた十五人も借りられるのだから文句など付けようもない。
それに軽装甲を好んだ戦士達は─顔が覆われるのが耐えられないらしい─動きが素早く、平均時速八〇キロで跳ねる恐ろしい斥候となった。そこに慎重で狙いの良い射手という性質が加わった素晴らしい戦士でもあるため、私はむしろ彼等に伏して感謝すべきなのだ。
できないことをやって貰い、できることをやってやる。社会が成立する上での当たり前を為してくれている彼等にこれ以上何を求めようか。
〔それより長老、膝の具合はどうだ〕
〔はい、それはもう! 若い頃のように跳ねられて驚いております〕
話題を変えようと、私は村長の腰にはまり両膝にまで達する座椅子めいた器機の使い勝手を問うた。
それは高伸縮性を持つ人工筋肉によって稼働する非動力型のマッスルスーツだ。
素材は軽量チタンと伸縮性アラミド繊維に高硬度ゴムチューブからなり、足が萎えかかった老人の膝と腰に往事の活力を取り戻すべく設計された。
いわば強化外骨格の廉価版のようなものである。バッテリーも要らないしメンテも私がいなくなってもできるよう作ったから、今後長く老体達に受け継がれて、昔日の活力を思い出させるのに役立ってくれるだろう。
長老は膝を悪くしているのに、私の出迎えやらテックゴブ達との折衝やらで家から何度も引っ張り出させてしまったからな。お詫びとして一番に贈ったのだが、気に入って貰えてなによりだよ。
〔部族の者達も喜んでおりました。荷運びがとても楽になったと〕
〔君達の大いなる母が住処と安全を与えたなら、私は更なる利便を与えよう〕
さながら彼女が文明を与えたるプロメテウスというなら、私は道具をもたらすヘファイストスってところかな。
……いや、この喩えはちょっとアレか。神話で散々な目に遭ってきた神の一人であるし、小っ恥ずかしいエピソードも多いため肖りたくはない。特にアフロディテとの一件あたりは絶対に御免だ。
NTR、ダメ、絶対。
冗談はさておき、我々がシルヴァニアン達に報いてあげられるのって健康と長寿くらいなんだよな。
彼等はそこら辺の下草で食っていけるから農耕する必要がないし、住処はティシーが残した立派なものがあり、これから溢れる程に増えるつもりは更々ないらしい。
というのも、シルヴァニアンは元となった兎と同じで通年発情型の生物なのだが、多胎ではなく一度に一人から二人の子供を産むだけなので、そこまで爆発的に増えないのだ。
そして知る通り牧歌的でおだやかな気性なのも相まって発展にも征服にとんと興味がなく、内部政治も基本的に“一番長く生きた個体が一番偉い”というフンワリの極みで満足している点から、根っこより野心がないのだなと分かる。
だのによくぞまぁ、私に付いてきてくれる戦士が十五人も集まるものだ。前回は三人も戦死者を出したというのに、郷土防衛隊の希望者六十名から抽選して三人補充する大人気振りだったのにも意外性を感じずにはいられない。
まぁ、それだけティシーへの信仰が篤いということだろう。寿命が短い上に文字を持たない生物なのに、よくぞ五百年もこの信仰を保てたものだと感心するね。
それだけティシーが為政者として有能であったのか、兎達が信心深い生き物なのかは別として、祈りを大事に大事に残していこう。
〔ところで長老、質問があるんだが〕
〔何でしょう〕
〔アレ、最後になんで燃やすんだ?〕
兎達が囲んで踊っている神像を指させば、彼は首を傾げて当然では? と言った。
〔我等の大いなる母は天空の星々から降りていらした。そして、また星へ還ると仰った。故に星に届くよう煙に祈りと願いと感謝を込めるため、盛大に燃すのですよ〕
〔なるほど〕
ふーむ、そういう祭祀か。しかし、細かい意図やら何やらが全部口伝で細かく伝わっているのは凄まじいな。
だって五百年だぞ五百年。普通、口伝なんてグッダグダになって「まー、そういう風に決まってるんです」って忘れられても当たり前だろうに。
文字を持たない彼等なりに工夫してやってきたのだろうが、本当に凄い。
これだけ凄い生き物が偶然から生まれるのに、旧人類系列の連中は未だに自分を万物の霊長とか呼べるのが凄いよな。
事実として、宇宙には彼等より単体で優れた生物がごまんといるのに。
それこそ、我等が高次連の元締め、光子生命体とか光の固有波形が意識を持った生物だ。実体を持たないが物体を操る術を持ち、ほぼ半永久的に存在し「そもそも我等は死ぬのだろうか?」という哲学を二兆年くらいやってる連中だ。
それと比べて機械化人を含めた人類のなんと楚々たることよ。
ふと旧人類のことを思い出してガラテアを探してみたが、兎達から遠巻きにされていてぽつねんと座ってお祝いの食事を摘まんでいた。
何でだろうと不思議に思っていると、察した長老がとてもバツが悪そうに、そして忌むような小さな足音で教えてくれた。
〔何? 昔、ヒトは君らを食ってた?〕
〔はぁ、まぁ大きなただの兎だと思っていた時期があったようで。皆が脅えるといけないので、ガラテア殿は壇上を遠慮していただいたのです〕
そりゃ酷い、こっちの人間はそんな思慮不足なことをしていたのか。ちょっと観察したら分かるだろうに、高次知性を持った生き物であるくらい。
ただ、ガラテアがやった訳じゃないんだから、私の側に座るくらいはいいんじゃないかなと思うんだけども。
〔それも偉大なる母が降臨なされて解決したのですが〕
〔あー、そういえばそんなことも書いてあったな〕
ティシーファイルは膨大だがアーカイブに要約して収納してあるため、思考を巡らせば直ぐに該当記事がヒットして視覚野モニタに投影される。
基本的にこの惑星のホモ・サピエンスは口語を交わせない生き物を高次知性と認識できない時期があったそうで、方々と戦争をしていた国もあったそうな。
今はその国は滅亡して久しいが─なにせティシー存命中のことだ─今から訪ねる天蓋聖都とは完全に別口であるからして、あそこまで脅えないであげて欲しいんだけど。
ほら、ああ見えてガラテアって可愛い物好きらしいっぽいから、踊るシルヴァニアン達を見てほっこりした表情を浮かべることがあるんだ。
それでも目が合ったら子供も大人も脅えて逃げ出すせいで、露骨にショックを受けているから、もうちょっと優しく接してやってはくれまいか。
戦士達は少し打ち解けて挨拶をしているから、そこから交友が深まったらいいんだけども。
兎達から饗された茶を一口飲んで─因みに彼等の味覚に沿ったものなので、味覚センサーをオフにしておかないと舌がねじ切れそうなほど苦い─祭りを眺めていると、セレネから通信があった。
『参加したそうですね、上尉』
「……そう見える? だが、私が踊っては邪魔だろう。サイズ差がありすぎる」
『遠慮なさると思って、こんなものを用意してきました』
無音でドローンが飛んでくれば、兎達が叩いている太鼓を私でも使える大きさに拡大した物が吊されていた。
ポンと隣に置かれたかと思えば、さぁどうぞと音ゲーを彷彿とさせる譜面まで表示されるではないか。
『出陣前の景気づけでもあるんです。一席どうぞ』
「まぁ、楽器は多少覚えがあるけどさぁ」
受け取って膝に乗せれば、長老が反応し、そこからさざ波のように波及して場が静まり返る。
ええ、ちょっと待ってよ、やりづらいんだけど。
周囲を見回しても期待したような顔が─尤も彼等は顔面筋が未発達なので無表情なのが多いのだが─ずらりと並んでいるばかりで、後に退けなくなってしまった。
ええいままよ、なるようになれ。
私は太鼓を調律として数度叩いた後、今までと同じ踊りの旋律を奏でる。
するとどうだ、兎達のテンションが爆発し、翻訳機が上手く機能しなくなるレベルで足音が奏でられた。人間で言えば口々に喋って盛り上がっているのと同じなのだろうけど、これは好評なのか不評なのかどっちだろう。
分からないなりに軽快なリズムを重ねていると、楽隊も乗って叩き始める。兎達は口腔の形状から吹奏楽器が苦手なので、基本は打楽器なのだが、とりどりの楽器が派手にノリ始めたのでウケていると思って良いのだろうか。
ともあれ、出陣の無事を祈願する宴は盛況のまま進み、月が中天に達すると同時に神像へ火が掛けられた。
濛々と天へ向かって立ち上っていく煙を見送って、私は今はなき兎達のプロメテウスに武運を祈るのであった…………。
【惑星探査補記】
シルヴァニアンは敬虔であるが、それ以上に牧歌的であり、社会的承認欲求というものに乏しい。
