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XXX日後に呪われるだけの誰かさんの日記
Title

XXX日後に呪われるだけの誰かさんの日記

著者:寝舟 はやせ

×××日後に呪われて死ぬらしい。
多分その前に過労でやられるんだけど
どうすりゃいいの?
呪いで相殺すればいい?

俺らしいよ。
 玄関を開けたら笑顔の自分が立っていた。
 正確に言うなら、そっくりそのまま俺の形をした人型の何かが、笑顔っぽい何かを浮かべていた。
 反射的に扉を閉じて、それからギリギリまで考えて、とりあえず鍵を掛け直すことにした。
 開けるところからやり直さないと、何か取り返しのつかないことになる気がしたのだ。クソほど眠いが仕方ない。
 再度鍵を回して扉を開けると、ドアガードがかかっていた。腹立つ。
 隙間からは相変わらず笑顔の俺が見えた。腹立つ。
 直立不動で、真っ直ぐに扉に顔を向けている。腹立つ。
 クソムカつく、と思ったところで首が回りかけたので、こりゃダメだ、と鍵をかけ直して会社に泊まり込むことにした。
 終電で会社に向かってんのバカみてえ。萎え。
 うちの会社はセキュリティがガバなので勝手に入り込んで寝ていても怒られないのが良いところだと言える。その他の全てがカスなのでクソのゴミだとも言える。
 早く辞めてえんだが、人間は労働をしないと飯が食えない。畜生。代わりにあいつが出勤しねえかな。
 翌日帰ったら消えてた。
 畜生。

怪談
 最近は実話怪談の話をすると一定の確率で病院に行くことを勧められる。
 人命を思えば当然の対応であり、一部の悪意ある煽り以外は優しい対応だとも言える。
 問題は、俺の部屋にいるこいつは、親切にも俺に病院へ行くことを勧めた人間を部屋に引き摺り込み、勝手に天井から吊るし始めることにある。
 邪魔なんだが。あるいは、これも本当は全部俺がやってるのかもしれない。
 どうやって? あの端の奴とか、九〇キロくらいあるだろ。持ち上がんねえよ。俺五四キロだぞ。つーか、半年前より一〇キロ落ちてんだが。天井からぶら下がってる野郎どもより余程怖い。
 ちなみに会社の連中は俺に病院に行くことを勧めたりしないため難を逃れている。カスすぎる。勧めろ。

胡麻
 自炊でもすっかと思って人参を剝いてたらピーラーで指をちょっと削いじゃったし、そこから胡麻が沢山出てきたし、止まらないし、夢にしても血じゃないのかよとも思ったのだが、朝起きて台所に向かったらちゃんと胡麻だらけだったので、とりあえず俺は昨日胡麻を大量に零した、という記憶を捏造しておいた。
 そういうことにしておけば、そういうことになる。なる筈だ。
 そもそも俺はわざわざ胡麻なんぞ買ったりしないので冷蔵庫にも棚にも胡麻とかないんだが、胡麻以前にマジで何もない(チーズだけある)んだが、とにかく、そういうことにしておけばそういうことになる。
 なってくれ。
 どうでもいいが、マジで自宅用に胡麻買う奴っていんの?

肝試し
 空き家になってる実家の方で火事があったらしい。肝試しで入り込んだバカどもが蝋燭の扱い誤って全焼だってさ。
 そもそも相続放棄してるから関係ねえし業務中なので行けませんっつったのに死人が出たとかで無理矢理呼び出されるわ『とうとう人でも殺したのか』だのなんだの言われるわで散々だしもし殺すとしたらお前からだよハゲ。お前だよ。丁寧にヅラ剝いでやるからな。絶対に。ヅラの葬式もしてやるからな。心配すんなよ。
 だいたい、人の家で肝試しする奴ってなんなの? 法律とか知らないの?
 勝手に死んだ挙句に俺の部屋にまで出るのなんなの? 常識とか知らないの?
 でもまあ全焼させたのはナイスだったのでしばらく居てもいいよとは言ってやった。俺は優しいんでな。
 立地が立地なので周囲に被害はなかったらしい。バカが自滅しただけだな。良かったな。
 バカ曰く、十歳くらいの子供が蝋燭を倒してきたらしい。へー。
 メガネかけてた? あいつ昔から目悪くてさ。
 そういや音声入力って霊の声拾わねえのな。

始末書
 会社早退しただけで始末書を書く羽目になった。朝礼で頭まで下げる羽目になった。意味が分からない。さっさと潰れてほしい。
 今日は先輩がトイレでずっと石を吐いていたので背中を摩っておいた。先輩石食ったの? 鳩か?
 社長主催の家族ぐるみパーティの雑用をやらされすぎて参っているのかもしれない。
 唯一残っているまともな人間なので先輩には是非とも穏便に辞めてほしいところだが、実際のところ、正確に言えば全くまともではない人なので難しいだろうなと思っている。
 恫喝と脅迫を本気で『自分のため』だと思ってしまうタイプの人なのだ。
 そもそもが、先輩は恫喝と脅迫と束縛がないと行動が出来ない。何も言われなければ、二時間でも三時間でも部屋の隅でじっと立っている。
 他人を憐れんでる暇もなければ立場にもないので言ったことはないが、まあ、可哀想な人である。
 俺よりよっぽど優秀で、俺よりよっぽど優しくて、俺よりよっぽど恵まれているのに俺と同じ会社にいる時点でね。
 帰り道、公園で砂食ってる先輩を見た。
 ゾウかな?
 いっそゾウだったら良かったかもね。

終電
 終電で寝こけていたら知らない駅に着いていた。
 断っておくと、きさらぎ駅ではない。だが終着駅でもない。何より乗務員が居ないまま止まっているという時点で異様だ。
 つまりはこれは夢である。現実の俺は終電の車内で未だに寝こけているのだろう。あるいは過労が祟って本当にぶっ倒れているか、だ。
 駅のホームでは手足のない女と、そいつから外れたのだろう四肢が追いかけっこをしている。身を捩らせて進む人間よりも、指を使って這いずって逃げる腕の方が早い。足は上手いこと膝の屈伸で移動している。
 扉は開いているが降りる気は一切ないのでぼけっと眺めていると、『拾ってよぉ』と泣き言が聞こえてきた。
 嫌なので無視しておいた。菩薩の如き優しさの心を持つ俺であってもお断りだった。こんなのは、降りた時点で俺も手足がバラけるに決まっている。
 人も居ないので好き放題だぜと思って座席に横になって眺めていると、『人でなし』と怒鳴られ始めたが、更に放っておくと再び啜り泣きが聞こえてきた。
 そうこうしている内に、這いずっていた腕が車内に転がり込んできた。
 座席の下でようやく息を吐いた(息……?)腕には、びっしりと細い切り傷が並んでいた。
 いわゆるリストカットの痕である。右腕の後に左腕がやってきて、両腕たちは互いに慰めるように傷跡を撫でていた。人差し指が一番真新しい傷を撫でては、しょんぼりと力なく項垂れている。
 仕方がないのでカバンからガーゼやらの医療品を取り出して、軽く傷を拭ってから巻いてやった。俺は優しいのである。
 ちなみに、これは自己治療用に致し方なく持っている医療セットだ。
 弊社は社員に治療に行かせる間もなく働かせ続けることで診断書を取らせないライフハックを活用中なので。病院行くくらいなら寝てたいし。カスすぎる。
 遅れて逃げ込んできた両足も、太腿に無数の切り傷があった。
 腕たちがぴょんぴょんと喜びと期待に満ちた仕草で俺を示すので、正直うんざりしたが足たちにも治療してやった。タダじゃねえんだぞ。
 女はまだ何か喚いていたが、無視している内に扉が閉まった。四肢たちはそっと、互いを労るように寄り添っている。
 脳以外の器官にも記憶が宿る、とする話があるらしい。脳以外にも思考があるのか、というと俺には全く分からんが。
 まあ、喜んでるから良かったのかもな。本体は全く喜んでなさそうだけど。喜びって平等じゃないからね。
 目を覚ますと最寄りの一つ前だった。気絶するまで眠っていても必ず目を覚ませるのは何故なのだろう。こっちの方が余程不気味かもしれない。


 最近、マグカップに骨が入っていることが多い。コーヒーを淹れて、全部飲み干したあたりに出てくる。
 恐らくは指の骨のうちのどれかだ。人骨には詳しくないので曖昧だが、出てきた骨を並べてネット検索で調べた結果、そう判断するしかなくなった。
 人骨デアゴ×ティーニである。全然嬉しくない。嬉しくはないが少なくともゴキブリだのが入っているよりマシだし、カップを替えても無駄なので諦めた。
 五本分の骨が揃った頃、カップの方が割れた。
 それからは何も入っていない。どうやら満足したらしい。そうか。よかったな弁償しろクソが。替えのカップ買い足してたから良いよねとか思ってんのかクソが。
 幽霊やってる奴ってマジで弁償とか損害とかなんも考えてないからクソ。どうせ生きてる時もそうやってなんも考えずに周りに迷惑ばっかりかけて過ごしてたんだろ。
 二人しか通れない通路で真ん中通るタイプだし自転車で歩道走っておいてベル鳴らしまくるしくしゃみする時に限ってマスク浮かすし飯屋でカバンの中の紙ゴミとかわざわざ全部お盆に乗せて処分させたりするんだろ。どうせ。
 並べた指の骨に呪詛を込めて弁償しろって言い続けてたら、道で千円拾った。
 俺は偉いので交番に届けた。
 追記:右記は全て八つ当たりであり、真っ当な幽霊に向けたものではない。
 真っ当な幽霊って何?


 家に帰ったら兎が居た。嘘だろ。やったぜ。
 やったぜ! 全然飼った覚えはないけどやったぜ! 可愛いぜ!
 目を離したらぺしゃんこのぺらぺらになっていたので可燃ゴミに出した。
 毛皮って可燃ごみで良かったんだっけ。良くなかったんだっけ。そういう時は市のホームページを見ると全部書いてあるので便利。ついでに動いてる生肉の捨て方も教えてほしいんですけどなんで書いてないんですか?
 なんで?
 お前は犬派だと思ってたんだけど。
 それ自体が親父に合わせていただけなのかもしれない。
 そもそもお前が置いていった訳ではないのかもしれない。
 ついでに教えていってくれよ。何のためにこんなもん書いてるのか分かんなくなるだろ。
 生肉がせがむので散歩に行ったら、呑気してるせいで半分くらい烏に啄まれて動かなくなった。
 が、鶏肉をやったら融合して元気になった。
 よかったね。

探し人
 近所の電信柱に妙な張り紙が増えている。
 よくある人探しのポスターなのだが、どう見ても写真の部分に写っているのはくまのぬいぐるみである。
 くまのぬいぐるみは、岡谷ケントくんと言うらしい。八歳の男の子で、白い毛並みに赤色のネクタイをしていて、靴を履いているそうだ。
 見つけたらご連絡ください、と手書きで書かれている。とても丁寧に書かれてはいるが、子供の字だった。
 ポスターを見ながら思い出したのは、二週間ほど前のゴミの日に、収集車から断末魔が聞こえてきた記憶だ。
 業者はもちろん、近隣住民も思わず窓から覗くほどだった。俺もベランダで胡麻の死骸をなんとか片付けていたので、なんとなく様子だけは見た。
 その場の全員が、絶対に誰かが巻き込まれたのだと信じて疑わなかったし、実際に止めて確認もしていた。
 だが、結局何も出てこなかったらしく、収集車は普通に走り去った。
 どう聞いても幻聴ではなかったのだが、何も出てこなかったのだ。
 ただ、俺の記憶が正しければ、あの時、ゴミ捨て場には袋に入ったくまのぬいぐるみがあったような気がする。
 張り紙はしばらくあちこちで見かけたが、どうやら無断で貼っていたのか、やがて全て剝がされて、代わりに注意書きのシールが貼られていた。

訪問
 どうやら死んだ人間を生き返らせてくれる、なんとか様だとかいうのがいるらしい。
 休日の朝っぱらからチャイムがしつこいので出たら人の良さそうなおばさんが教えてくれた。
 そりゃあいい、と思ってさっそく中までお通しした。我が家にはちょうど最近死んだばかりのバカがいるので、せっかくだからこいつを生き返らせてもらおうと思ったのだ。
 ほら。流石に人が死んでるとなると、後味が悪いからさ。
 だがおばさんは全く訳の分からない戯言を宣うばかりで、少しもお話にならなかった。
 私にはなんとか様のような力はないので、と泣き始めるので、だったらそのなんとか様だとかを呼んでくれとお願いしてみた。
 尊き身であるなんとか様を呼びつけるだなんてとんでもない、のだそうだ。
 仕方がないのでバカと共になんとか様の家までお邪魔することにした。
 生肉も散歩したいみたいだからちょうどいいし。
 電車で三十分、そんでそこから二十分くらい歩いて、何処にでもありそうなマンションに着いた。
 したら、帰ってくださいってよ。
 なんとか様はあなたとはお会いになりませんってよ。
 一生懸命俺を勧誘した三村さん(おばさん)の苦労をなんだと思ってんだ。
 三村さんは本気で信じてんだぞ。
 その上俺にも幸福をお裾分けしようと思って親切に来てくれたんだぞ。
 ちょっとは報いてやろうと思わねえのか。
 お前みたいなのを信じて老後のための金も全部溶かしてんだぞ。
 生き返るなら尚更人生二百年時代になっちまうから絶対に金がいるのに全部溶かしてんだぞ。
 せめて顔見せるくらいしろ。
 毛玉だらけのスウェットでお邪魔したのが不味かったのかもしれない。申し訳ない、普段はちゃんと死んだ目の社会人に擬態してるんですよ。
 後日改めて伺います、と言ったのだが、集会所の人間どもに訳分からん泥をぶつけられてしまった。畜生。せっかくの休日になんでこんな目に。
 生き返れなくて悲しいのか、隣のバカも心なしか落ち込んでいたので、雑に慰めておいた。
 大丈夫大丈夫。どうせ三年後には潰れてるぜあんなん。

【訪問】
 後悔先に立たず、とはよく言うが。
 僕はどうしてあの時、無理強いされた肝試しを断らなかったのだろう、と今でも思う。
 仮にどんな目に遭ったとしても、死ぬよりはマシだった筈だ。
 焼け死んだ上にこんな男の住む家に居るよりは。
 よっぽどマシだった筈である。
 だがもう遅い。僕は断るだけの勇気を持ち合わせていなかったし、肝試しに行った先の家は燃えてしまったし、僕も一緒に燃えてしまったし、その上でこんな部屋に居る。
 もう取り返しはつかないのだ。それだけは分かる。要するに、分かることはそれだけだということだ。
 とある休日。気絶したように眠っていた琴浪は、繰り返し押されるチャイムの音で目を覚ました。
 死んでいる自分でも煩いなと思うほどなので、生きている琴浪にとっては余程の騒音に違いない。唸り声を上げながら起き上がった琴浪は、毛玉だらけのスウェットのまま、のろのろと玄関に向かった。
 立っていたのは、五十過ぎに見える小太りの女性だった。
 人のいいおばちゃんといった感じで、ごく一般的な清潔感と安心感を携えている。優しそうなおばちゃんは、顔に似合ったこれまた優しそうな声で、『幸福』について説き始めた。
 あなたは今幸福ですか? そう思えていないんじゃないですか? それには理由があるんです。あなたは何か大事なものを失っていて、その穴を埋めるには同じ形のものを用意しないとならないのに誰も彼もが似たようなものを無理矢理詰め込もうとしてきて、うんざりしていませんか?
 ██様ならあなたのそんな望みを叶えることが出来るんです、何よりも私があなたの元へと現れたことそのものが証左となるとは思いませんか? 心を委ねてください、あなたの苦しみは██様によって癒やされ、この先は望んだ幸福のみを受け入れることが出来るんですよ。
 僕の方からは、琴浪の背中しか見えなかった。
 けれども、琴浪がやたらと機嫌良く喋り始めた瞬間、僕は生肉と共に、そっと部屋の隅に寄った。
 多分だが、とても怒っている。
「それは素晴らしいですね! 愛する者を失った苦しみは計り知れません、そんなにも素晴らしい慈善活動を行なっている方がこんな近くにいらっしゃったとは!」
 これは単なる事実の列挙だが、琴浪の両隣と、それから上下の部屋には誰も住んでいない。
 なので琴浪が夜中に飛び起きて壁を殴っていても何一つ苦情が飛んでくることはないし、天井に吊るされていた男が耐えきれずに落下して派手な音を立てても何も問題はないし、ベランダから捨てた胡麻の死骸がぞろぞろと階下に逃げて行っても、誰にも迷惑をかけることはない。
 琴浪が住んでること自体が迷惑ではあるかもしれないが。
 琴浪は極めて笑顔で、一分の淀みもない快活な語り口で、対面に座るおばちゃんに滑らかに語った。語りながら、おばちゃんの腕を引っ掴んで、そして部屋の奥まで引き摺り込んだ。
 ちょうど良かった、ボクの家にも今死人の居候が一人居まして、まあ一人と言わず四、五人いるんですけど意思疎通が可能な奴が居まして、是非ともその『幸福』の片鱗だけでも見せていただきたいなあと、せっかくですから、せっかくですからね、あなたどうせ全部唱えたんでしょうからどうせ繋がってるんでしょうどうせ、全部やっちまったんでしょうよどうせ、遺骨も遺品も思い出も全部くれてやったんでしょう碌でもねえなあんたもう思い出せないよ可哀想に、可哀想だからここ座ってください、早くしてください、早く。
 問答無用でおばちゃんを座らせた琴浪は、僕の手も掴むと、それを無理矢理おばちゃんの肩まで誘導した。
 ひ、と小さく頼りない悲鳴が上がったが、その場の誰も頓着することはなかった。
 震えている。可哀想に。こんな部屋に来たばかりに。
「なんか感じる?」
 琴浪は昼だと言うのに真っ暗な部屋で、どういう訳か正確に僕の目を見つめて聞いた。
 僕はおばちゃんの肩に手を置いたまま、ゆっくりと首を左右に振った。
 なんか、という曖昧な括りでさえ頷けないほどに、何も感じなかったからだ。
 琴浪はそれから十五分ほど可哀想なおばちゃんを更に追い詰めたあと、顎をしゃくって俺を促すと、ついでに生肉にも呼びかけた。
「おい生肉、散歩行くぞ」
 四本脚の肉の塊は、嬉しそうに飛び跳ねると、とちとちと、やや粘質な足音を立てながら琴浪の後ろについた。
 どうやら、その██様だとかいう人に会いに行くらしい。
 おばちゃんはもはや気絶しそうな顔で両手を握り合わせている。僕の姿も生肉の姿も見えていないようだが、足音だけは聞こえているので、十分に恐ろしいのだろう。
 琴浪は歩いている間喋り通しだった。
 いやあ楽しみですね、失った者と出会えるのってやっぱり特別に選ばれた幸運な人間、まあつまりはボクみたいな人のことですけど、そういう人間にだけ与えられた特権ですもんね! やっぱり神様ってやつは見てくださってるんですねえ、わざわざこんな優しい使いの方を寄越してくださるだなんて、まさしく幸運としか言いようがありませんよね、あなたも選ばれた存在だから救われたんですものね、苦しみから解放された喜びを誰かと分かち合おうだなんて、素晴らしく心の清らかな素敵な方ですよ三村さんは、だからもう何も心配事はなくて全てがなくなって綺麗になって傷一つない穏やかで凪いだ心で居られるんですものね、やっぱり同じ形のものなんて二度と見つからないんだから穴自体なかったことにするのが一番に決まってますよねだからもう心配事はないしもう二度と会えないし思い出せもしないし忘れ続けているのに幸福で不安だから増やそうとしているんでしょう分かりますよ、結局忘却って人間に許された一番の幸福ですからね、よかったですよね忘れられて、もう二度と思い出さずに済むんですものね、それってやっぱり救われてるんですよね、
 以下省略。
 おばちゃん(三村さんというらしい)は琴浪が喋れば喋るほど、段々と重みに負けるように首を垂れていった。秋も終わりで肌寒いというのに、どういう訳か汗が止まらない様子だった。
 琴浪はご機嫌にリードを振り回しながら、てちてちとちとちと走り回る生肉と一緒にはしゃいでいた。
 生肉はどういう訳か、どんな扱いをされても琴浪に懐いている。半分身体を食われた時に鶏肉をくれたことに、恩義を感じているのかもしれない。
 改札で一度、おばちゃんはトイレに行くと言って離れようとした。
 気持ちはよく分かる。もし仮に僕が勧誘員だったとして、当たったのが琴浪みたいな男だったら、玄関の時点で回れ右して帰るだろう。
 しかしそもそも何故、おばちゃんはすぐにでも帰らなかったのだろう。
 あんな真っ暗な部屋から出てきたら、どう考えてもおかしな奴だと分かると思うのだが。
「生肉、三村さんがどっかに逃げたら、ぺしゃんこに剝いでいいからな」
 おばちゃんを見送る琴浪は笑顔のまま生肉に告げ、生肉はワンと元気に鳴いた。こいつ兎じゃなかったっけ、と思ったが、僕は黙っておいた。
 ちなみにおばちゃんにも十分過ぎるほどにちゃんと聞こえる声量だったので、一旦トイレに行ったおばちゃんは、萎れた顔で戻ってきた。なんて哀れな。琴浪の部屋に勧誘になんて来たばっかりに。
 琴浪はご機嫌なまま、██様の拠点であるマンションの一室にお邪魔して、そして泥を引っ被って出てきた。
 僕と生肉は扉の外で待機していたので、琴浪が何をしたのかはよく分からない。
 出てきた琴浪は、「髭剃らずに来ちゃったからかな」などと溢していた。少なくとも絶対に、そこではないと思う。
「ごめんな、お前のカスみたいな人生は取り戻せないってよ」
 部屋に帰った琴浪は、僕の肩を叩きながら呟いた。
 最悪な言い草だが、声音は存外、真実味のある悲壮感が漂っていた。
 恐らく、僕が得体の知れない薄気味悪さに黙り込んでいたのを、落ち込んでいると勘違いしたのかも知れない。琴浪は僕が見る限り基本的に碌でもない奴だが、変なところで変な優しさを発揮する時がある。今がそうだった。
 シャワーを浴びた琴浪は、帰路の途中で買ったコンビニ弁当を食べてから、また泥のように眠りについた。
「………………」
 死んだ僕が琴浪の家にやってきた時、琴浪は僕の話を聞いてから、おもむろにスマホを取り出した。
 日記をつけているんだそうだ。そんな人間には見えないので意外だったが、琴浪の意思でつけているものではなく、単にそういう約束をしたらしい。
 詳細は知らない。何も語らないからだ。
 音声で入力する時と、無言でスマホに打ち込んでいる時がある。たまに後ろから覗いて読むことがあるのだが、琴浪は大分客観性に欠ける男だった。
 風呂場にいる首のない男に生魚をぶつけて追い出しておいて、「今日はなんも書くことないな」などと呟いている日が割とある。まあ、そんな男だからこそ、こんな生活を続けられるのだろう。
 ふと視線をやると、テーブルには僕の分のミルクレープと、生肉のためのささみが置いてあった。
「………………」
 とりあえず、僕は真っ暗な部屋で、生肉と並んで晩御飯を食べた。胃に入れるというよりは、ミルクレープの存在を啜る感じだ。
 生肉の方は、いつぞやのように、もちゃもちゃと融合していた。
 一つ言いたいのだが、仮にも飼うと許容した生肉に『生肉』と名付けるの、大分問題がありはしないだろうか。犬のことを犬って呼ぶようなものだ。
 生肉はそれでいいのかな、と心配になって聞いてみたが、元気にワンと返ってくるだけだった。

閉店セール
 近所にずっと閉店セールをしている店がある。あった、と言う方が正しい。
 今は本当に閉店している。もう三年くらいずっと閉店セールをやり続けていたのだから、この先一生やり続けるんだろうとさえ思っていたのだが。商売というのはそう甘いものではないらしい。
 店舗のガラス窓には閉店の文字がデカデカと書かれたポスターが並んでいたが、時折、その内側で何かが蠢くようになった。まるで目隠しでもするように貼られたポスターの隙間から、薄暗い店内で這いずる何かが見える。
『いつもご来店いただきありがとうございます。
 誠に勝手ながら、当店は諸般の事情により十月十日をもちまして閉店いたします。
 長年のご愛顧、誠にありがとうございました。』
 張り紙の、乱れた字を思い出す。どうやら大分、諸般が過ぎるタイプの事情だったらしい。
 しばらくして。ある夜、俺の前を歩いていたおっさんが、閉店した店の扉から伸びてきた腕に捕まった。
「あっ、これおいしー」「やっぱりよんじゅうだいくらいがねらいめだよ」「あははは、いきがいいね」「みぎあしちょうだい!」「あっ、はんぶんになっちゃった」
 背後から、はしゃいだ女子学生みたいな声が響いている。
 伸びてきた腕はちょっとした重機のアームくらいあった気がするが、鈴が転がるような笑い声は極めて、過度なほどに愛らしかった。
 回れ右して別の道を通りながら、俺は眠気に負ける頭でぼんやり思い浮かべた。
 回転寿司のレーンみたいなことかな、と。
 回転人間。あまり語呂は良くない。
 とりあえず、生肉の散歩コースからは外しておくことにした。

おとし物
 道を歩いてたら、落とした目玉を探している人と遭遇した。
 六個あるから四個くらい良いんじゃねえかなと思ったが、『こっちのは飾りなんです……』と言うので仕方なく探してやった。 
 何やったら四個も目玉落とすんだよ、と思ったが、近所の地蔵の前に串に刺さった目玉が四つ、団子みたいに並んでいたので、その場で解散した。
 堕とした方ならちゃんと言え。危うく巻き込まれるところだった。
 ところで。なかなか召し上がらないもので、見てない間に幾度か味変されていた。
 チーズとケチャップはお気に召さなくて、餡子は断固拒否で、味噌でようやくだった。
 辛党なんかな。


 玄関を出たら鶴が居た。立派なタンチョウである。
 なんだ? 御伽噺か?
 一瞬、生肉の友達かなんかかと思ったが、四本脚の生の肉は、しっかりきっかり怯えていた。
 縮こまって震えている。ついでに情けない鳴き声も上げている。
 分かるぜ、鶴って思ったよりデカくて怖いよな。
 返してもらうような恩は一つもないので、是非ともお帰りいただきたいところだ。
 どうやったら帰っていただけるのか見当もつかなかったが、とりあえず胡麻を供えておいた。ちょうど死骸があったので。
 最近は胡麻の死骸が多い。俺が料理を沢山してるからかもね。
 そうだね。
 俺が自炊に長けているおかげで、鶴には無事にお帰りいただけた。よかったよかった。
 ちなみに、得意料理はピーマンの肉詰めです。嘘です。
 あれってどうやったらピーマン剝がれずに済むの?
 のり? なんかのりとか塗んの?
 何?

【鶴】
 ある朝。出勤する琴浪が玄関を開けると、鶴が居た。立派なタンチョウである。
 無言で見つめること十秒。琴浪は一度、誰が見ても分かる仕草で、持っていた鞄を振りかぶろうとした──が、途中で思い当たったように動きを止めると、生肉を振り返った。
「友達か?」
 なんとも呑気な質問だった。あんな存在が生肉の友達な訳がないだろうに。
 案の定、問いかけられた生肉は僕の足元で縮こまって震えている。背を撫でてやっても収まる気配はない。玄関で首を揺らす鶴が、ずっと喋り続けているせいだ。
『こんにちわあきょおもすてきなあさですねとってもげんきにすごせるさいこうのいちにちになるでしょう!きょーおもみんなさんがんばってみんなさんみんなきえてきれいになっておまえがすごせるさいこうのいちにちになるでしょうおまえがすごすためにみなさんみんなさんげんきにきれいにがんばっておまえがすごせるみんなこんにちわげんきですねあさですね!』
 人を模した声が、細い嘴からどろどろと零れ落ちている。
 言葉自体に意味があるようには思えない。それでも、明確に悪意だけは感じるから不思議なものだ。
 怯えた声で鳴く生肉に、琴浪は特に言葉をかけるでもなく、土足のまま冷蔵庫へ向かった。
 せっかく履いた靴を脱ぐのが面倒だったんだろう。琴浪は今朝、靴を履くという行為に十五分の気力を要した。まあ、それにしても、と思わなくはないが。
 空っぽの冷蔵庫から胡麻を取り出した琴浪は、首を揺らし続ける鶴にそれを与えると、ついでに持ってきた中華鍋とお玉を鶴の近くで五分ほど打ち鳴らしてから、飛び立った鶴を見送ることなく、そして僕らを振り返ることもなく、扉を閉めて出勤した。
 残された部屋で、頼りなく鳴いている生肉にそっと寄り添う。もし生肉に尻尾があったなら、きっと丸まって股の間に入り込んでいたことだろう。かわいそうに。
 時間だけは有り余っているので、その後は丸一日、生肉を慰めて過ごした。

風邪
 風邪を引いた。熱も出た。ぶっ倒れてたら生肉が慌て始めた。
 口に入ろうとしてくるので、力の限り遠慮しておいた。
 流石に生はちょっと。お前鶏肉入ってるじゃん。鶏肉が生はヤバいだろ。
 いや、鶏肉じゃなくても、外散歩してる肉を生はヤバい。
 怠い中なんとか伝えたところ、生肉が焼肉になろうとし始めた。焼肉ならもう居るだろ。二匹もいらねえよ。
 冷凍の焼きおにぎりをお湯で溶いたものが出てきた。これをおかゆと言い張るメンタルがあるなら肝試しも断れるのでは?
 普通に不味かった。
 お前ら最近、正当な居候の顔し始めたな。

バイト
 小遣いを貰ったので、ちょっとしたアルバイトをしてきた。
 川沿いの外れにある公園で、きりんの滑り台に向かって文言を唱えるだけのバイトである。
 時給二万円。副業にしては割が良すぎる。
 まあ、一時間フルに『はやくしね』と唱え続けないとならないので、普通に怠い。
 しかも今日は別の人員とも被ったので、十五分ほど知らんおっさんと『はやくしね』と唱え続ける羽目になった。気まずい。
 早めに終わったおじさんが頭を下げるので、俺も下げ返しておいた。
 きりんはずっと喚いていたが、お前のせいなので仕方ないね。

失踪
 先輩が居なくなった。所謂、飛んだというやつである。
 連絡が取れないせいで上司が煩い。
 喧しい。仕事しろ。お前テトリスやって菓子食ってるだけじゃねーか。
 うちは全く何も社会の役に立っていないタイプの、なんなら詐欺に片足突っ込んでるような会社なので、どうせならさっさと潰れちゃえばいいんじゃないですかね。
 真面目に働いてる他所の勤め人に申し訳なさとか感じないんだろうか。ないんだろうな。
 ところで、こうなると俺に社長の家族ぐるみ最悪奇天烈パーティの雑用が回ってくることになるっぽいな。最悪だな。キッチンに花火とか仕掛けたら駄目かな。庭に犬のうんことか撒き散らしたら駄目かな。駄目か。
 ところで、数日後。
 俺の部屋の郵便受けに、先輩からの手紙が入っていた。少なくとも生きてはいるみたいで、良かった。

手紙
 琴浪 誠也様
 突然居なくなってしまってごめんなさい。
 琴浪くんは僕なんかを心配してくれていたのに、声もかけずに居なくなってしまって。本当に申し訳なく思っています。
 一ヶ月前、琴浪くんが風邪ひいて、休んで、それでも何も壊れなかったので、大丈夫なんだと思いました。会社って休んだら死んじゃうんだと思ってました。間違ったら殺されちゃうんだと思ってました。死なないんですね。大丈夫なんですね。
 頼りない先輩でごめんね。気持ち悪かったと思います。ごめんなさい。琴浪くんが入ってきてくれて良かったです。
 迷惑をかけてしまってごめんなさい。引き継ぎもなんもしなかったけど、出来なくて、琴浪くんは僕がやれる仕事なんて全部出来て、すごいから大丈夫だと思います。ごめんなさい。
 僕は今、守らないといけないものが出来て、頑張らないといけなくて、大変だけど頑張ります。いつかちゃんと謝りに行きます。琴浪くんもどうかお元気で。
 夢で会いました。
 君は何も悪くないと思います。
 (砂が同封されている)

散歩
 週に一回程度、生肉の散歩をしている。
 生肉としては本当は毎日したいみたいだが、俺が休みの日には死んでることが多いせいか、普段は部屋の中を走り回るだけで満足しているようだ。健気な肉である。
 生肉の散歩は夜にすることが多い。浮いたリードの先で足音だけが聞こえているのは大分不気味な様であるからして。
 人間は、見えるものを勝手に補正する。鏡で見る自分と写真の自分がどうにも違うように、見えているものがほんとうに正しいことはそんなにない。全員、自己の世界でほんのすこし被っただけの情報を擦り合わせた結果を現実だと思っている。
 なので、夜にすれ違った人間は確かに浮いているリードを見ていても、『あの先には犬がいたんだな』と勝手に補完する訳だ。
 昼間だとちょっと面倒なので、やっぱり散歩は夜にするのがいい。
 ちなみに、写真を撮られると大分面倒なことになる。
 ただまあ勝手に通行人を撮るような非常識なカスはそんなに居ないので、特に問題はない。
追記:路上で無許可で動画撮ってる奴が全員くたばりますように。

【散歩】
「ああ!? バズった!!」
 深夜。半分魂の抜けた顔でスマホを眺めていた琴浪が、ソファベッドから飛び起きた。
 傍で眠っていた生肉もつられて起きて、端の方で座っていた僕と、ベッドの上で騒ぐ琴浪と、最近は減った天井の者たちを、落ち着きなく順繰りに見やっている。
 少しして、何とも投げやりな仕草でスマホが放られる。床に転がったそれの画面では、ショート動画が繰り返されていた。
 路上でダンス動画を撮る少女たちという極めてよく見る光景と、その後ろを横切る琴浪──と、何か。リードの先では、幾多数多の生き物が合わさったような不定形の存在が、ぐにぐにと形を変えながら歩いていた。
 琴浪は、絶え間なく低い声で悪態をついている。
 そうして、ひとしきり罵倒の言葉を吐き出した後、うんざりしたように呟いた。
「普通、他人が映った時点で撮り直すだろうがよ」
 僕としても同感である。もしくは、上げるにしてもモザイクやら何やらで隠すべきだ。
 撮影者はその辺りの配慮に欠ける人間だったのか、琴浪の姿はそのまま映っていた。
 ただ、この場合は琴浪と生肉が映っているからこそ、加工もない動画を上げたに違いない。
 明確に怪奇現象を捉えた動画である。目を引くネタにはちょうどいい筈だ。
 実際、元々それなりに登録者のいたそのチャンネルでは、毛色の違う非日常として、想定以上の反応を受けていた。
 ごくありふれた女の子グループのチャンネルで、というのが尚更人目を引きやすかったのだろう。
 生肉と一緒に画面を確認する。
 信じる人間と信じない人間が半々で、そのせいで余計な議論が生まれて、変に盛り上がっているようだった。
 ちなみに、琴浪はコメントで浮浪者か何かと間違われている。穴の空いたスウェットで散歩になんか行くから。
 削除依頼でも出してみればどうかと提案してみたが、琴浪曰く「消えた方がガチ臭い」だそうだ。でも、ここまで広まると琴浪も困るのではないだろうか。
「別に、俺はいい。どうでも。問題は、こいつらが俺の想定よりもアホか、アホじゃないかだ」
 こいつら、と示された画面を見ながら、首を傾げる。生肉はたむたむと画面をタップして、勝手に高評価をつけていた。生肉って、スマホ反応するんだ。
 その後。
 生肉を撮って拡散したグループの子たちは、何度か普段通りの動画を投稿してから、再生数が物足りなかったのか、除霊をしてきますだの、また呪われましただのという方向に変わって、残念ながらそっちの方は明らかに偽物で、その上、まあ悲しいことにつまらなくて、コメントでも叩かれたり呆れられ始めて、最初の動画もやらせだということになって、結局、とある廃墟に入った動画を最後に活動をやめてしまった。
 散歩動画はすっかり飽きられていて、ネットの片隅に転がっているつまらない動画の一つとして扱われている。近頃は消費がとにかく早いので、もう誰も見ていない。熱心に見てるのなんて生肉くらいだ。どうやら、自分と琴浪が映っているのが嬉しいらしい。
 チャンネルが消えたところまで見届けた琴浪は、「アホで良かったね」とだけ呟いて、