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ホストが異世界の聖王子に転生したら、意外と適性があった件 ~現代知識とチート級神聖術でNo.1を目指します~ 1
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ホストが異世界の聖王子に転生したら、意外と適性があった件 ~現代知識とチート級神聖術でNo.1を目指します~ 1

著者:朝月アサ
イラスト:さらちよみ

第一章 クズ、異世界の聖王子様に転生する

酒と嘘と色恋にまみれたオレの人生は、あっけないほど簡単に終わった。
 濡れたアスファルトに乱反射するネオンの明かりが、何故か星のように見えた。
 ─歌舞伎町の路地裏。油と吐瀉物の臭いが染みついた場所で、オレは背中から刺された。情けなんか一切ない一突きだった。
「ねぇ……ユーリくん……なんで、あたしじゃダメだったの……?」
 汚い地面に倒れたオレの上に、泣きそうな声が降ってくる。
 泣きたいのはこっちだ。でも肺に血が流れ込んでるのか、ひたすら苦しい。溺れているみたいだ。喉から零れるのは細い細い息ばかりで涙も出ない。
 カツカツと、ヒールの音が遠ざかっていく。
 ……クソ、ご丁寧にナイフを抜いていってくれやがって。
 血がどんどん流れていく。命が身体から零れていく。頬と指先から、じわじわと冷気が染み上がってくる。
 オレはここで死ぬのか。
「……はっ、なんでって……」
 最後の問いに、オレは声にならない声で笑った。
「……ホストが客に、本気になるかよ……」
 それがオレの最後の本音だった。
 刺してきたのはオレの太客。せっせと貢いでくれて、勝手に夢見て、勝手に深追いしてきたメンヘラ気味の姫。
 こっちは深入りせずに適当に流してた。当然、枕もしてない。客は客。カノジョじゃねーからな。あんまりひとりから搾り取るのも流儀じゃなかったし─だからいつまでもナンバーツー止まりだったんだけどな……で、最後にこれ。
 ほんと、女心ってのはわかんねぇな……オレを殺したって金は返ってこないってのに。
 ま、クズホストらしい最期か……。
 ─刺された痛みは意外と遠い。
 アルコールで感覚が鈍ってるんだろう。目の前が暗くなっていく中で浮かぶのは、金と酒、そして女─それだけの世界だった。
 それ以前のことはもう忘れた。いまのオレはホストクラブ『ROYAL JOKER』のユーリでしかない。
 昼から夕方はせっせと営業、夜は酒と色恋で酔わせるロクデナシ。この世は金だ。金金金。一夜で飛び交うタガが外れた金の量を知ったら、普通の働き方なんてできるわけない。
 最初は圧倒されていた桁数も、慣れたらただの数字でしかないけどな。ただのノルマでただのマウント材料。明滅するネオンと同じで、次の日には腕時計や借金返済に化けるような虚栄だ。
 それがどんな稼がれ方したのかなんて知ったことじゃない。どうせ夜の世界では誰もが誰かの食い物だ。
 ─ああ、くだらねぇ。空のグラスよりも空っぽな人生の終わりが、これか。
 ……オレが死んだら誰か泣くかな?
 ─泣かねぇな。
 ホストがひとり消えたところで、三日も経てばみんな忘れる。オレのお姫様たちだって、すぐまた別の推しを見つける。
 所詮、ニセモノの星。代わりの利く汎用品。
 好きも、愛しているも、信じてるも、必要だなんて言葉も、全部本気じゃない。
 ─ああ。ほんっとう、クソみてぇな人生だった。
 ◆◆◆
 ─眩しい。
 瞼の裏が、やたら白くて眩しい。頭がくらくらするような強烈な白。
 ─臭い。
 なんだこれ。甘くて青くて。花? 誰のバースデーだ。
 ─うるせえ。
 なんだこの歌? 読経? とにかくうるせえ。死んでまで坊主の声とか聞きたくねえよ。
 それに、いくつもの、すすり泣く声。
 誰が泣いてんの?
 あー、なんか……葬式みたいだな。
 ……葬式?
 ああ、オレ、死んだんだ。もしかしなくてもこれ、オレの葬式か?
 死んだって意識はあるもんなのか? 葬式中にどんな葬式かわかるとか? 人生の採点されてるみたいで嫌だな。でもまあこの賑やかさならまあまあか?
 ─いや、ちょっと待て。
 葬式のあとは、遺体は火葬場行きだ。意識があるまま燃やされるとかどんな罰だよ。
 そもそも誰が葬式あげてんだ。葬式って高いんだろ? オレの稼ぎ、この前バカ高い腕時計買ったから残ってねーし。金遣いがバカ? 仕方ねえだろ。オレだって何本も腕時計なんて買いたくねぇよ。でも色々あるの。
 ─で、喪主は誰だ。店のパフォーマンス? ンなわきゃねえ。客に刺されて死んだなんて外聞悪すぎる。SNS炎上不可避。
 じゃあ女? どの? 家族の線はない。親父は酒で身体を壊して、この前死んだし、母さんはとっくの昔に出ていって行方も知れない。きっとどこかで男と仲良くやってる。
 ……誰か知らねえけど、葬式あげてくれる金があったらもっとアルマ●ドやドン●リ入れといて、シャンパンタワー立ててくれよ。
 ─ああ、もう。うるさい。
 重なる読経がうるさい。泣き声がうるさい。
 うるさい。うるさい。うるさい。
「─うるせええええぇぇえ!! ─オレは、死んでねぇんだよ!!」
 クソ重い身体を強引に立ち上がらせて、固い瞼を開いて。
 見えたのは、結婚式を挙げる教会に似てるがよっぽど天井が高くて広い場所だった。
 白い袈裟を着た坊主ども、黒い服を着たド派手な─だが自然な赤髪の女。そして、鎧を着た男たちが、呆然としながらオレを見ていた。
 光が満ちる中、白い花びらが降ってくる。きっと立ち上がったときに浮いたものだ。オレの頭や服からも落ちていく。
 足元は、花に埋め尽くされている。
 ─白い花のベッド。
「……は?」
 これ、もしかしなくても棺の中? オレ、棺で寝てたの? いや─死んでたの?
 だってこれやっぱどう見ても葬式だし。
 死んでたなら、どうして起き上がってんだ。幽霊?
 いや違う。やつらは全員オレを見ている。幽霊じゃない。
「ユーリ、さま……?」
 なんかやたら美人な、赤髪の女が青い目でこっちを見ている。
「い、生きておられる……! 奇跡……神の─聖王子様の奇跡だ!!」
 なんかやたら偉そうな坊主が叫んでいる。
 ちょっと待て。葬式の坊主って袈裟白かったっけ? それになにそのコックみたいな天を衝く帽子。地味なようで派手すぎね? 西洋風?
 それに─……。
「…………」
 少し遠くから、やたらイケメンの騎士みたいな男が、オレをまっすぐに見ていた。
 なんだこの状況……。
 まるで、外国映画の葬式シーンにぶち込まれたような─……ん? オレ小道具扱い? いいところで死んでたから拾って使われた? ンなバカな。
 思わず刺された場所を手で押さえる。
 ─痛くない。
「ユーリ様!」
 喪服美人が涙を流して駆け寄ってくる。
 いや、「ユーリ」は確かにオレの源氏名だけど。
 お前ら、誰? ここはどこ?
 いったい全体、何が起こってるんだ?
 ◆◆◆
 葬式は中断された。そりゃ棺の中身が起き上がったからな。ひとまず燃やされなくて安心したが、状況的にはとても安心できるものじゃない。
 そのままどこかに連れていかれて、狭い部屋でわけもわからず取り囲まれる。
 室内には坊主が三人と、赤髪の喪服美人、そしてやたら強い視線を無遠慮に向けてきている黒髪のイケメン騎士だけだが、とにかく全員圧が強い。
 ─くそ、ナメられてたまるか。
 オドオドしてりゃ食い物にされる。
 オレは偉そうに椅子に座り、足と腕を組んで踏ん反り返る。
「で、お前ら誰だよ。ここはどこなんだよ」
 聞くと、喪服美人がショックを受けたようによろめいた。
「ユ、ユーリ様……もしかして、わたくしのことを、お忘れに……?」
「あんただけじゃなくて、全員な。つーかまず、オレが誰なんだよ」
 本気でわかんないことだらけだが、短い時間の中でわかったこともある。
 オレは偉い。たぶんこいつらの中で一番。こいつらの態度がそう言っている。だから、偉そうにしていていい。
 出入り口のところにいるイケメン騎士が渋い顔をする。
「……亡くなられてから三日が経っています。そのせいで、記憶が曖昧になっているのかもしれません」
 いや、オレ自身の記憶は割と鮮明だけど。
 騎士が沈痛な面持ちで続ける。
「おそらく、頭に深刻なダメージが……」
 ちょっと待て。なんか侮辱された気がするんだけど?
 喪服美人がうるっとする。
「……だから、こんな……性格も……」
 うるせぇな。オレの性格はずっとこうだよ。
 喪服美人はしばらくハンカチに顔を伏せたあと、泣き腫らした目元のまま顔を上げた。
「……まず、あなたは聖王国王位継承権第一位であられるユーリ様です」
「は?」
 なんだそれ。思わず間の抜けた声が出る。
 聖王国? なんだそれ、どこの国だ。ヨーロッパあたり? 聞いたことねえ。
 ─で、オレがどこの誰だって? 王位継承権第一位? つまり、王子?
 ─わかった。
 わかったぞ、これ。異世界転生ってやつだな!
 一応流行り物やサブカルは広く浅ーく押さえてる。トークのネタになるからな。
 ホストクラブの新人くんも言ってたよ。死んで、違う世界─ゲームとかアニメの中の世界に生まれ変わるとか最近流行ってるって。
 転生して苦労せず無双するのが爽快らしい。とてつもない特殊能力を最初から持ってて、女にモテモテで仲間にチヤホヤされるらしい。そりゃすごい。人間の欲望をうまく突いた構造だ。
 ……にしても、マジでオレが異世界転生?
 ま、そうでもないと、どー見ても日本人じゃないこいつらと話が通じるわけないし。
 きっとこいつの名前とオレの源氏名がおんなじだったから、死んだオレの魂がこの身体に入っちゃったんだろ。適当だな、世界と神様。
 適当でもなんでも、この空気感は間違いなく現実のものだ。全身のだるい感覚も、椅子や床の感触も、夢だとしたら出来すぎだ。
「─で、お前らは誰なわけ?」
 喪服美人は一瞬息を詰まらせてから、両手で黒いドレスのスカートをつまみ、頭を下げる。
「わたくしは、ユーリ様の婚約者、エルスタージュ侯爵家のアマーリエです」
「こ、婚約者ぁ!?」
 オレの女ってこと?
 この清純そうなのが?
 いや美人は美人だけど。この子と結婚するのが確定ってこと? 拒否権ないの? いや美人だけど。恋愛ならともかく、結婚相手に大事なのは外見じゃなくてさ。
 せっかく異世界転生したみたいなんだし王子様なんだから、よりどりみどりなんじゃねーの?
 いや、王子なら何人も嫁にできるよな? ハーレム作れるよな、たぶん。きっとそうだ。
「……で、お前は?」
 オレはやたら無遠慮な視線を向け続けている騎士の方を見る。
「─私は、あなたの近衛騎士クライヴです」
 怖いくらいの無表情で答える。
 なんだこいつ。オレのこと嫌いなの? いや初対面で嫌われる理由ないだろ。この身体の元の持ち主のことが嫌いだったとか?
 にしても近衛騎士ねぇ。付き人みてぇなやつ? それとも黒服ボーイみたいな感じ? 用心棒とかボディガードかもな。
「それじゃ次、オレの『設定』教えてくれ。死んでた理由とか、スペックとか特殊能力とか」
 何かあるんだろ、特殊能力。ハズレスキルでも実は超強かったりするんだろ?
「……あなたは、聖王国の王子として、この都市セレフィアを治める予定でした」
 答えたのはアマーリエだった。
「王位継承戦のために、各王子と王女がそれぞれの都市を発展させる義務があり、ユーリ様は、信仰と芸術を基軸に、文化と神聖の都を築こうと……」
 ちょっと待て。いきなり情報が多い。
 王位継承戦? 都市発展?
 ─信仰と芸術……? なんか頭の痛くなるようなプラン語ってるな……夜職にとって一番相容れないタイプの街だ。
 そのとき、アマーリエが言葉を詰まらせる。唇を噛み、震える手を祈るように握って続ける。
「……ですが、何者かに、毒を盛られて……」
 ─毒殺?
 それが、この身体の持ち主だった『ユーリ様』が死んだ理由か?
「聖女様が神聖術で尽力してくださいましたが……そのまま、息を引き取られ……」
 ─聖女? 神聖術?
「慣例により三日間の安置のあと、本日、第一葬儀が執り行われて……そして、いま、奇跡が……! やはりユーリ様は神の代行者たる聖王子だったのです!」
 ─やめろ。
 そんな目で見るな。涙を滲ませながらキラキラした目でオレを見るな。
 オレはお前のユーリ様じゃねーんだよ。
 ……清らかな王子の中にクズホストが入ってるんだよ……どんな不幸なマッチングだ。
 ……まあでも、話の筋は見えてきた。
 王様レースで都市発展競争させられてて、この王子様は信仰と芸術で都市を発展させるつもりで……なんだそのアホみてぇなテーマ。古都か。
 で─最後は毒殺か。
「何者かに毒って……どう考えてもライバルの誰かが犯人だろ。とっとと捕まえろよ」
 王子様を殺したんなら普通死刑か無期懲役だろ。
 ……そういや歌舞伎町でオレを刺し殺した女はどうなったんだ。ちゃんと捕まったのか? どっかの防犯カメラに映ってるだろうから、すぐに警察に捕まっているだろうけど。
 ─いや、やめとこう。あいつのことは考えたくない。
 アマーリエが小さく首を振る。
「それは、できないのです……継承戦に参加する王族は、清廉潔白に戦うと神に誓って臨むのです。他の王族を疑うという行為自体が、掟に反するのです」
「頭大丈夫?」
 脳内ツッコミが思わず口をついてでる。
「こっちは殺されてんだぞ? 疑うのもダメとかアホか?」
「……でも、その掟を破ったら即失格なのです」
 しゅん、と肩を落とす。
 ちょっと待て。しおらしくしてるけど、まだ失格になるつもりはないってことか? 聖王子様が殺されたのにまだ継承戦をやらせる気なのか?
 犯人探しもしないで、ユーリ様が蘇ったからこれ幸いと、この期に及んでまだ王様にさせようとするつもりなのか? 中身、クズホストに代わってるのに? ちょっとした性格の変化ぐらいに受け容れちゃってるの?
 ……頭、大丈夫?
 何度でも聞きたいが、どうやらこれがこいつらのスタンダードらしい。
 拒否したところで逃げられそうにない。
 これ、あれだ。クラブオーナーとの面接に似てる。穏やかなのに、逃げるのを許さない圧。
 駄々こねてもこいつらはスタンスを変えないだろう。大人の世界ってやつだ。政治の世界は夜職の世界より怖い。
 ─って弱気になるな。ナメられたら終わりだって言ってるだろ。
 こいつらが王子様を利用するつもりなら、オレもこいつらを利用するだけだ。
「……で、オレの特殊能力は?」
 武器がなけりゃ話にならない。聖女とか神聖術とかがあるファンタジー世界なんだ。何かしらあるだろ。
「ユーリ様は、神聖術を使うことができます。人々を癒し、救う……その力とお人柄から、光の聖王子様と呼ばれています」
「ふーん」
 癒しか。攻撃系じゃないのな。
 ……地味だな。
 ま、荒事は好きじゃねーし。
 強いやつらを前で戦わせて、後ろから回復魔法飛ばしてりゃいいわけね。楽なポジションだ。
「で、具体的にオレは何をすればいいわけ?」
 アマーリエの目がまたキラキラした。
「ユーリ様のなされることは何も変わりません。この都市セレフィアを、信仰と芸術の都として発展させるのです!」
「やだ」
「や……やだ……?」
「うん、やだ。そんな都市、つまんなさすぎてもう一回死ぬわ、オレ」
 そもそも信仰とか芸術とか、それで発展できると本気で思ってるの?
 まあ奇跡の復活をしたオレが教祖になるだけで、信者はじゃんじゃん増えそうだけどな。
 いま生きてるオレは俗物なんだ。欲と金と快楽でできてる人間なんだよ。一回死んだところで変わるわけがない。
 そして人間なんてもんは、大多数が欲と金と快楽でできてる。偉い大人は、それらを回して金を稼ぐ。大多数の人間は、何も考えずに渦に流されていたいんだよ。
「で、では……どうなさるおつもりで?」
「そうだな……よし。この街、全部歓楽街にしようぜ!」
「かん、らく、がい……?」
「そうだ。キャバクラ、ホストクラブ、シーシャバー、ショークラブ……あらゆる欲望が集まった街を作る! 人がわんさか集まるやつ!」
 部屋が静まり返るが、オレは構わず続ける。
「名前も変える! オレが目指すのは六本木のさらに先─『セブンツリー』だ!!」
 ここが異世界で、オレが王子で、これが仕事なら、オレ様流の都市開発計画をやってやる!
 アマーリエがハムスターみたいにぷるぷる震えてる。
「この世界にもあるだろ? 色っぽい女や男が集まる夜の街ってやつ。それをここに作るんだ」
「は、はははははは破廉恥です!」
「人間みんな破廉恥大好きだぜ。あーいや、ごめん。みんなは言い過ぎたな」
「そ、そうです!」
「九十七パーセントくらい……いやもっと多いな。九十九パーセント以上破廉恥で俗物だ。だからこそ需要があるし、金が動いて発展する。断言できるぜ」
「嫌です、そんなの! ユーリ様はわたくしと神聖な都市を作るって、約束してくださったじゃないですか!」
「知らねーよ。約束も、元の計画も、死んだらチャラだ!」
 それに、元のユーリ様だって本心でそんな街考えてたとも思えねーぜ。
 きっと、周囲に褒められたくて、清らかで高尚で立派そうな計画立てたんだろうよ。
 この女の反応も見るに、ユーリ様は周囲にとって都合のいい王子様だったんだろう。
 せっかく王子様なんだから、もっとアホなことしてりゃよかったのにな。
 ─そうしたら、殺されなかったかもしれないのに。
 ─ま、そんなこともう関係ない。死んだら終わりだ。ここからはオレのターン。
「んじゃまず街の地図と、都市計画の設計を見せてくれ。あと視察も。この街と、付近で一番でかい都市……あと、使える金と資源を整理しといて。建築関係の人頭もな」
 ─都市構想をぶち上げたとはいえ、この世界のことを知らねぇと何も始まらん。
 これはゲームだ。
 都市発展ゲーム。
 ライバルたちに差をつけて勝つやつ。
 まず必要なのは初期ステータスの確認。
 そしたらどこにリソースを注ぐか決める。チュートリアルなんて親切なものはなさそうだから、ぶっつけ本番だ。
 だからこそ、経営計画書的なものは最初に用意しておいた方がいい。
 必要なものを指示すると、部屋にいるオレ以外の全員が、息を呑んで黙っていた。
「なんだよその顔。変なこと言ったか?」
「い、いいえ……」
「ならいい。あと、ライバルがどんな都市を作ろうとしているのかも調べとけ」
 もし同じようにエンタメ主軸で考えてたら、こっちも戦略練り直さないとならないからな。
 ま、異世界人のオレと同じ発想なんかできないだろーけど、用心するに越したことはない。
「それから着替えとメシと酒。あと安全な個室。疲れたから寝たい」
 腹が減ってるし、死に装束は気持ち悪い。何よりさっきまで棺桶の中だったからか、とにかく身体が重い。ひとまずゆっくり休みたい。
「─承知しました。すぐに準備いたします」
 若い男が跪いて返事をする。
 そこまでかしこまらなくていいんだけどなー。
 ◆◆◆
 王子様専用の部屋は、豪勢な造りだった。天蓋付きのだだっ広いベッドに、分厚い絨毯。煌びやかな家具ひとつひとつが金持ちの権威ってやつを主張してる。なんかもう、金のかかり方が違う。一流ってこういうことだって権威で殴られてるみたいだ。
 王子様っていい暮らししてんのな。
 ただ、テレビもホームシアターもスピーカーもねえし、雑誌一冊もない。当然ネットもないんだろう。誰もスマホとか持ってなかったし。もしあったら間違いなく復活したときにカメラ向けられてネットに動画が流れていたはずだからな。
 ─やばいな、娯楽がなさすぎる。マジで退屈で死にそう。誰かシーシャバー知らない?
 ……まあ、ひたすらスマホと向き合ってメッセ送ったり出会い系アプリするよりマシか?
 そうでも思わないとやってられない。
 渡された部屋着は、ゆるっとしたリネンの上下だった。なんかごく自然に着替えさせられたので、されるがままにされた。着心地は悪くなかった。
 割とうまいパンとスープと、ワインまで出てくる。粗食だが、生き返ったばかりならこれぐらいでいいな。けど次は肉が食いたい。
 食事が終わると従者たちが部屋を出ていって、ようやく一息つけた。
 ただ、部屋の外には護衛が立っている。近衛騎士のクライヴとやらが。
 ─あいつ、ちょっと苦手なんだよな。圧が強いっつーか、視線がやたら無遠慮で、気配が濃いっつーか。正直、同じ空間にいてほしくないタイプ。
 やっとひとりになれたんで、部屋の隅の姿見に向かう。
 そこには、まるでアイドルみたいな男が映っていた。
 年齢は二十歳そこらか。
 ─眩しい金髪。染めていない本物だ。
 ─青い目。カラコンじゃない、これも本物。じっと見てみるとやばいくらいきれいだった。
 整った顔立ち。どこか中性的な、甘さのある美形─完璧な王子様顔だ。
 ただし中身が中身だからな。卑しさが滲み出てるぜ。
「……悪い夢だな」
 思わず頬をつねるが、痛いだけだった。目が覚める気配なんてない。
 念のために刺された傷がないか確認してみたが、何もなかった。きれいなもんだ。やっぱこれ、完全に別人の身体だな。
 それ以上はすることもないのでベッドで大の字に寝る。
 とにかく落ち着かない。他人の身体だからか、三日死んでた身体だからか。放置されていた他人の服を着てるみたいな気持ち悪さだ。
 ぼんやりと自分の手を見る。
 きれいなもんだ。指にも爪にも、血豆も傷もない。たぶん人を一回も殴ったことない手だ。
 ……ま、いーや。
 顔がよくて困ることはないし、身分もあった方がいい。暗殺の危険があるとはいえ、転生先が王子様じゃなくて異世界ホームレスだったら速攻詰んだだろう。
 この生活は捨てられない。オレはユーリ王子様として生きてやる。
 性格の変化とか、記憶のなさとかは、三日死んでて頭が腐っちゃったんでって笑い飛ばせる。
 どうせあいつらもガワさえ同じならいいんだろ。王様レースさえできれば。あー怖い怖い。
 ─そーいや、ユーリ様は神聖術が使えるとか言ってたな。
 ─神聖術。響きがいいね。選ばれし者だけが使えるっぽくて。異世界ファンタジーって感じですごくいい。
 でも、どうやって使うんだ? 効果は? ちゃんと活用しないともったいないよな。
 異世界人のオレが考えたってわかるわけない。誰かに聞くのが手っ取り早い。
 ……誰に聞く?
 聞く相手は重要だぞ。純真そうなやつがいい。
 そのとき、部屋の扉がノックされる。
「はーい、どうぞー」
 軽い調子で返事をすると、若い男が顔を見せた。あの狭い部屋にいたひとりだ。周りの話から察するに、坊主じゃなくて神官らしい。違いはわからん。宗派的なものなんだろうが。
「─殿下、何か不都合はございませんでしょうか」
 やや緊張しながら聞いてくる。
 目がきれいだ。こいつでいいか。なんか扱いやすそうだし。
「ちょうどよかった。なあ、聞きたいことあるんだけど、いい?」
 身体を起こし、ベッドに座りながら聞く。
「はい、なんなりと」
 ちょっと嬉しそうな笑顔を浮かべる。感情が顔に出やすいタイプだな。
 オレは小さく俯いて、自嘲気味に笑った。
「……オレさ、不安なんだよ。いまのオレって、前と全然違うみたいだし、なんにも覚えてないしさ……」
 ここで沈黙。ちょっと溜めを入れる。
「聖王子って言われてるみたいだけど、何ができるのかもわからない……どうやったらみんなを幸せにできるかも……」
 小さく額に手を当て、俯いた顔にさらに影を作る。
「……せめて、神聖術の使い方がわかればな……」
「殿下……ぼ、僕でよろしければ……お教えいたします」
 神官くん、やたら緊張しながら耳をほんのり赤くして言う。
「ほんとう?」
 オレは少しだけ顔を輝かせ、期待と不安を滲ませて、彼の顔をまっすぐに見る。
「は、はい。─まず、神聖術は、祈りと意志の力です。正式には、聖王家の血に選ばれし者が、神意と同調して発動する、奇跡の術とされておりまして……」
「……で、どうやって使うの?」
 御託はいい。説明書とか契約書とかいちいち読んでられねえ。
「えっ? あっ、はい! ……基本は、光を思い浮かべることから始めます。温かくて、誰かを包むような……光を─」
 イメージだけでいいのか。呪文とかいらないなら楽でいいな。
「……試していいか?」
「もちろんです! ぼ、僕に使ってください!」
 勇気あるな、こいつ。オレは絶対嫌だぞ、実験台なんか。
「……本当にいいのか?」
「も、もちろんです!」
 んじゃ遠慮なく。
 言われた通りに、軽く目を閉じてイメージする。
 温かくて、やわらかくて、包み込むような光か─ネオンじゃないな。夜の街の光は、落ち着くけどちょっと違う。
 そうだな、太陽かも。
 夏のぎらつく太陽じゃなくて、春の陽だまりのような。
 ─ふっと、指先に熱が生まれ、淡い金色の光が灯る。それこそまるで─指先に太陽が生まれたような。
 ─うわっ、マジか。完全にファンタジーじゃん!
 光はそのまま広がって、若い神官の中に入り込み─ふわっと弾けた。
 え? これ大丈夫なやつ?
 恐る恐る神官くんを見ると、息を吸うのも忘れたみたいな顔をしていた。膝が抜けそうになるのを堪えるみたいに、両手を胸の前で握りしめている。
「─さすが殿下……これが『癒しの光』です!」
 声が震えている。目が潤んでいる。感動しきっている。
「痛みや疲れを和らげる、奇跡の御業です……!」
「へえ……オレ、キミを癒せた? 嬉しいな」
 笑ってみせる。優しい王子の顔で。たぶん鏡に映したら、アイドルみたいに見えるやつ。
 若い神官くんは完全にトリップしていた。まるでクスリでもキメてるみたいに。
 身体だけじゃなく、心にも効いてそうだな、これ。
 ……そりゃそうか。神様みたいな王子様が、自分のために力を使ってくれるんだもんな。
 それで痛みが消えたら、そりゃもう信仰しちゃうわ。オレが教祖になれば、信者めちゃくちゃ増やせそう。
「なあ。これって、どこまで癒せるようになるの?」
「伝承では、訓練を積んでいけば、あらゆる怪我や病気も癒せるそうです」
 どんなチートだよ。
 でもいいこと聞いた。歓楽街ってのはどうやっても病気やケンカが多いからな。それも治せるなら、いまのオレにこれ以上最適な能力はない。
 ─おっと笑うな。まだ堪えろ。真面目な顔のままで手を見つめろ。
「そっか……オレでも、みんなを救うことができるんだな……」
「ユーリ様……」
「ありがとう。キミの名前は?」
「─ルカと申します」
「ルカくんか。いい名前だな。覚えておくよ」
 ルカくんの顔が赤くなる。喜びをかみしめている顔で、部屋を出ていく。
「…………」
 ─チョレ~~~~。
 チョロすぎるだろ、異世界人。
 かわいいなぁ、おい。
 奇跡の聖王子様の役に立って、お礼言われて、名前覚えてもらえりゃ嬉しいよなぁ。
 オレも嬉しいよ。舎弟ができたみたいで。これからもよろしくなー。
 満足してベッドに身体を預けて、目を閉じて。
 瞼の裏に残る金色の光をぼんやりと眺める。
 ……マジで異世界ファンタジーだよ……。
 なんか笑える。いや、笑えねえ。
 ─元の世界に未練はあるかって聞かれたら、正直ある。日本では自分ひとりのために生きていたらよかったのに、いまや魔法が使える王子様だからな。意味わからん。
 でも戻ったところでたぶん死んでるし、生きていたとしても、また酒と嘘と色恋に溺れて沈んでいくんだろう。
 それならこっちの方がまだマシか。娯楽はないけど、オレが作ればいい話だからな。
 現代チートと異世界スキルで無双……悪くねーかも……。
 ─どれくらい眠っていたのか、オレはふと目を開けた。
 ……空気が、重い。
 何か、いる。
 ぼんやりする視界の端に、ひときわ鋭い気配が立っていた。
 元の世界なら強盗かと思うところだけど、いまのオレは大切に守られている王子様だ。警戒する必要はない。それに、その気配はもう知っている。
「なんだ、どーした……」
 そこにいたのは、近衛騎士とやらのクライヴだった。
 だけど、昼間のそれとは気配がまったく違う。
 いまのあいつは、騎士様じゃない。静かで、冷たくて、獣じみた気配を隠さない。
 ─背中が、ズキッと痛んだ。
 ─違う。この身体はまだ刺されてない。
 でもこの感覚は、殺されたときと同じだった。
 嫌な汗が全身に滲む。
 クライヴの目が、暗がりの中で青白く光っているかのようだった。
「……お前は、何者だ」
 やたら低い声が響く。
 ─ヤバいぞ。こいつ、チョロくなさそう。
 ……ホストなんてやってりゃ、修羅場を潜ることもある。オレを殺したのは女だったけど、正直、女より同業者やグレーゾーンのやつらの方が怖い。
 だからわかる。これはまずいって。
 ─この男は本気だって。
 こっちは丸腰。武器なんかない。相手は剣に鎧に筋肉。しかも騎士だったら戦闘のプロだろ? 素手でやりあっても勝てそうにない。
 こういうときは、刺激しないようにするのが大切だ。
 オレはへらっと笑って肩を竦める。
「……何者って……ユーリだろ? 記憶喪失みたいだけどな」
「違う」
 ズバッと斬るみたいに言い切られる。一瞬本当に斬られたかと思った。
 それくらいの殺気だった。
「─お前は、別人だ。私は殿下のご幼少のみぎりから傍にいた。誤魔化せると思うな」
 なんだよ、幼馴染ってやつ?
 近衛騎士がどういうもんか知らねーけど、SPみたいにずっと傍にいたんだろうな……。
「─殿下の中に、お前のような性質は、ひとかけらたりともなかった」
 ─目が怖いんだけど?
 やばいなこれ。天然でガンギマってる。下手したら本当に斬り殺される。
 ……こいつはちゃんと気づいているんだな。オレがユーリ様じゃないってこと。
 でもな、他ならぬオレ自身が別人だと認めるわけにはいかないんだ。
 だって、認めたら死ぬ。
 殺される。あるいは追い出される。
 現代日本人が異世界で追い出されて生きていけるわけない。
 オレはひとつため息をついて、肩を竦めた。
「三日も死んでたんだ。そりゃ中身も腐るだろ」
 ひとつ間を置き、近衛騎士を見据える。
「─で、中身が悪魔だとして、どうする? 殺しとくか?」
 まっすぐに睨み、吐き捨てるように問う。
「記憶の中のおきれいなユーリ様を守るために、いま生きているオレを殺すか?」
 中身は違うが、この身体は聖王子ユーリ様のものだ。それは間違いない。
 大切な人が死んだとき、どう思うかは人によって違うし、オレはこの世界の死生観なんて知らない。
 でもな。
 大切な人が生き返って、喋って、笑ってたら。
 たとえ中身が変わっていたとしても、もう一度殺すなんてできるか?
 ふとした仕草や表情に面影を感じたら、殺りにくいもんだろ。
 いや、オレは殺るけどね。
 けど殺るとしても確信を持ててからだ。これは同じ姿をした別人。化け物。人の敵。殺らなきゃ殺られるってなってからだ。
 だからこいつも、脅すことはできても斬れないはずだ。
 大切なユーリ様ならなおさらな。
 だってこいつは後悔しているはずなんだ。ずっと傍にいたのに殺されたんだからな。
 ─だからたぶん、心のどこかではきっと、「生きていてくれるだけでいい」って思っているはずなんだ。
 九十九パーセント別人だって確信してたって、一パーセントの可能性を捨てきれない。
 だったら殺せるはずない。……たぶんな。
「……お前らの望みは、ユーリ様が王位を継ぐことだろ?」
「…………」
「なら、支えるしかないだろうが。それとも不戦敗でいいのか? ユーリ様を殺した相手に、勝ちを譲るのか? あ、それともお前がスパイで、ユーリ様を殺し─」
 そのとき、本気で剣を向けられる。
 怖っ─刃物の先を人に向けるんじゃねぇよ……。
 ……まさか本気で殺すつもりじゃないよな……?
 銀色に光る切っ先をちらりと見て、オレは笑った。
「オレは本気で勝つつもりだぜ。やっぱ目指すならナンバーワンだよな」
 ホストはナンバーツーでもいいけど、王様レースはナンバーワンじゃなけりゃ意味ないだろ?
「……本気で、王位継承戦に挑むつもりだと?」
「そうだよ。お前らのおきれいな理想どおりにはいかないだろうけど……ま、見ておけよ。オレたちがどこまでやれるのかを」
 あえてオレたちと言う。
 お前も共犯なんだぞ、と。
 ─オレたち、うん。一言で懐に引きずり込めるいい言葉だ。「オレたちの未来のために頑張ろうな」ってホストに言われても真に受けちゃだめだぞ。そのうち「オレたち、いまは踏ん張りどきだよね」って誘導されて、金を吸い取られても「未来のための先行投資だよ」とかさらっと言うし、不安を訴えても「オレを信じてくれないの?」とか責任転嫁されるからな。
 ほんと、ホストってクズだな。
 クズ話術でも、効果は抜群だったらしい。クライヴが剣の柄を─ほんの一瞬だけ、強く握り直した。
「…………」
 一瞬殺気が触れたが、剣が喉に突き刺さることはなかった。
 クライヴは黙ったまま剣を鞘に収め、部屋を出ていった。
 ─扉が、音を立てて閉まる。
 オレはそれをじっと見つめて─。
「……はぁぁぁ~~~~~」
 盛大に安堵の息を吐きだした。心臓がバクバク言ってる。冷や汗がヤバい。
 ……やばいなあいつ。前ユーリ様を信仰している系だ。
 あんまり刺激しないようにしとこ。君子危うきに近寄らず─ってな。
 ─でもあいつ、近衛騎士なんだよなぁ……。
 それがどんなもんかは知らないけど、オレがこの世界で生きていくために必要な力だってのはわかる。だってこの世界、たぶんめっちゃ治安悪いぞ。王子様殺されてるし。殺した犯人捕まえようともしないし。
 暴力には暴力を─ってのは基本中の基本だよな。
 ……って頭を悩ませる間もなく、オレは気絶するように眠りに落ちていった。
 なんかもう、体力も気力も限界。
 ◆◆◆
 ─ぐっすり眠って、起きたら次の日の昼間だった。丸一日近く寝ていたらしい。寝すぎだ。
 流されるままに身支度をして、食事をして夕方。広い部屋の円卓で会議が始まる。
 やたら人が多いな。こいつらがチーム・ユーリか。
 これからこいつらと街を作っていくのか。しかし真面目なお役所系のツラばかり。都市作りなんてお役所仕事にはちょうどいいか。
 オレは用意された、以前の都市計画資料をパラパラッと最後まで見て、机の上に投げ捨てた。
「くっそつまんねえ」
 以上。
 良識ある人たちに褒められるために作られた都市計画、堅実すぎ。ベッドタウンにはいいかもしれねーけど、それじゃ王様レースには勝てないだろ。
 ─ま、オレならユーリ様教の一大宗教都市は作れるかもだけどな?
「んで、こっちは何?」
 円卓の上に置かれている別の分厚い紙の束をぺらぺらめくる。
「そちらは、わたくしがエルスタージュ侯爵家の総力を結集して作成していたレポートです。継承戦の各陣営の状態を確認できるようにまとめました」
 自信満々に言ったのはアマーリエだった。
「へー、有能。アマーリエ・レポートってやつだな」
 褒めると、アマーリエが顔を赤くして嬉しそうにしている。なんだ、かわいいとこあるな。
「それじゃかいつまんで解説して」
「はい!」
 アマーリエは背筋を伸ばし、紙を一枚めくった。目がきらきらしている。
 やる気がすごい。たのもしい。こわい。
「まずは継承権第一位ユーリ様の、セレフィア─」
「セブンツリー」
 ちゃんと訂正を入れておく。
「……セレフィア改めセブンツリーの現状をお話ししたいところですが─都市方針が根本から転換されましたので、計画は最初からやり直しとなっております……」
「早めの仕切り直しは大事だよな~」
 予算使い切られてたら目も当てられないからな。
◆歓楽都市セブンツリー(ユーリ陣営)※方針白紙・計画再提出待ち
・人口増加:F(?施策前につき増加評価不能)
・治安  :E(▲現状の水準=変化なし)
・衛生  :E(▲改善施策なし)
・住民満足:E(?期待も不安もまだ低調)
・将来性 :D(?転換余地あり)
・評判  :B(★方針転換により今後は未知数)
・総合評価:×(?判断材料不足により評価保留)
 うお、キッツ……学生時代の成績表思い出すぜ……。
 評判だけやけに高いのなぁ。聖王子ユーリ様の評価ってやつか。
「てか、総合評価×って何!? 赤点!?」
「……ですから、方針が白紙撤回されているため評価不能です……」
「─わかったよ。んで、ライバルはどんな感じ?」
「継承権第二位である王子レオニス様は、軍事都市を目指しております。場所は王都の東側、海と街道に面した要所、都市名は『軍事都市レオニダス』とされたそうです」
 ……軍事、ねえ。確かに大切だろうけど、ゲームやマンガならともかく実際の軍務なんてよくわからんし、あんまり関わりたくない。
「騎士育成と軍備拡張に注力しており、貴族間からの評価も高いです。市民からは『我が王子に従えば、敵なし!』と勇ましい声が聞こえてきます」
◆軍事都市レオニダス(レオニス陣営)
・人口増加:D(+兵士の流入により/?一般市民の入れ替わりが激しい)
・治安  :B(◎統制で底上げ)
・衛生  :E(▲後回し気味)
・住民満足:E(▲息苦しさあり)
・将来性 :E(?維持費が高い)
・評判  :C(+熱狂傾向)
・総合評価:C(+貴族・軍筋の評価が高い)
「ふーん……」
 ─なんつーか、想像通りのステータスだな。
 オレんとこよりいいのはわかる。
 にしてもガッチガチの都市になりそうだな。オレが住んだとしたら、兵士相手の商売をするね。息抜き用のやつ。絶対需要ある。お偉いさんには賄賂握らせて、お目こぼししてもらって……。
 ぼーっと考えていると、アマーリエが資料をめくる。オレも慌てて紙をめくった。
「継承権第三位であられる王女ミレイユ様は、魔法と学術による都市発展を目指しております。場所は王都の南側、都市名は『魔導都市ミーレ』とされたようです」
 魔導都市……ふーん、なんかちょっと面白そうだな。
「期待値が高い都市ですが、非魔導者の排除が起きていたりと、住民間で満足度にはムラがありますね」
◆魔導都市ミーレ(ミレイユ陣営)
・人口増加:E(▲選民傾向。人材選別で伸びにくい)
・治安  :E(▲分断の芽あり)
・衛生  :D(◎薬学・魔術の芽)
・住民満足:E(?住民間で温度差あり)
・将来性 :C(?研究成果次第で跳ねる予感高し)
・評判  :D(◎王女への信頼は厚い)
・総合評価:D(+今後への期待)
 ……ライバル二人とも名前と都市名を似た感じにしてるのな。覚えやすいけどな。
 でもオレの「セブンツリー」が一番イケてるな。
 にしても、よく調べてあるな。満足度とかどうやって調べてるの? やっぱ各地にスパイを住まわせてる? そりゃそうか。王侯貴族(暗黒金持ち)だもんな。
「─で、王様レースとやらの勝利条件は?」
「はい。三年後、五人の審査官が最も王にふさわしい都市を選出します。審査官は国王陛下、王妃殿下、聖女様、宰相殿、神官長となります」
 なんか保守的なメンツだなぁ。
 それに三年か。長いようで短いような。
「ユーリ様の都市構想が変更されたいま、最も有利と見られているのがレオニス様です」
「ヤダヤダ。娯楽のなさそうな都市が最有力候補とか、世の中間違ってる」
「ユーリ様の都市は、まだ評価される水準にすら至っておりませんので……」
「なるほど。伸びしろしかないってやつか」
 つまり、あれだな。九回裏の逆転ホームラン。ロスタイムの逆転ゴール。一番熱い逆転劇ってやつが狙えるわけだ。
「ま、最後に一番盛り上がればいいわけだ。つまり全部歓楽街だな」
 アマーリエがぷるぷる震え始めた。……やっぱ、昔飼ってたハムスターを思い出すな。
「……歓楽街で、どうやって継承戦に勝つおつもりなんですかあ!!」
「さあな。でもとりあえず、金と人は集まるぜ。人が集まったら自然と盛り上がる。それにな、どんな立派な都市だっていかがわしい場所はできるんだよ。要はそれを排除するか、全部受け入れてオープンにするかの違いだ」
 全部きれいに掃除してなかったことにするのも、おきれいなエリートたちが考えそうなことだ。でもそのエリートたちだって、裏でどんなことしてるかわかったもんじゃない。
 ならオレは、全部受け入れられる場所を作る。
 クズも楽しく生きられる場所をな。
 神様がけしからんと言うなら、神様だって酔わせてやる。
 なんかそういう昔話あったよな。化け物に酒飲ませて酔い潰れたところを倒すやつ。ヤマタノオロチだったっけ。そういうの好き。
 オレはそういうノリが好き。
 ペンを取り、都市地図の真ん中に丸を描く。
「とりあえず真ん中にズドンとオレの城な。でっっかいやつ」
 やっぱ目玉はでっかくねぇとな。シンボルでありランドマーク。そのうちオレの像も建てる。街の名にちなんで七本の樹も植えよう。
「ここは男向けのキャバクラ、こっちは女向けのホストクラブ。この辺に劇場。箱はでっかいやつがいい」
 アイドルグループ作って歌って踊らせるんだ。推しを作らせて通わせる。
 オレはウキウキしながら地図に適当に丸を描いていく。楽しいな、これ。
「キャバクラ? ホストクラブ……? それって、夜のお店ですか……?」
 アマーリエが困惑顔で言う。
「当たり前だろ? 昼間しか遊べないやつのために、昼間営業もアリだけどな。基本は夜」
 ノリノリで進めていたところに─アマーリエの手が地図の上に乗る。
「─ユーリ様。そもそも、王都以外の街では夜間にお店を営業をすることは認められておりません。日没以降に商業活動ができるのは、飲食業と宿泊施設のみです」
 お固い国だな。
「なら許可制度作ればいいだろ」
「──ッ」
 アマーリエが短く息を呑んで手を引っ込める。新制度を作ることなんて、頭にもなかったみたいだな。
 ……まあ、飲食業と宿泊施設って言い切ってもいいんだけどな。グレーゾーンを攻めるやつ。
 ま、せっかく行政側にいるんだ。セブンツリー内だけで通用する制度を作ればいい。
 オレは地図を改めて見つめる。
「この辺は安ホテル街、こっちは高級ホテルを建てよう。住宅街は補償出して奥にやっとけ。相談所とか病院もちょこちょこ建てるから土地空けとけよ。あとは治安もだな。交番はストリートごとに作る勢いで」
「相談所? 病院? 交番?」
 アマーリエが大きな目をぱちくりさせる。
「酒が入ればどーしたってトラブルは起こるからな。すぐ駆け込めるところとか、いつでも相談できる場所がいるだろ。病院も相談所も、身の安全も、無料で提供できるのがセブンツリーだ」
「……そ、そのような施設を作るという発想は……なかったです」
「なら、アマーリエが考えてくれ」
「えっ……?」
「怖がって逃げ込んできた女の子が、安心できる場所をな。女の子は繊細だから」
「わ、わたくしが……? は、はいっ!」
 面倒ごとを押し付けられたはずなのに、なぜか嬉しそうに返事をする。
 わかんねぇな、女って。あんなに破廉恥とか言ってたくせに。チョロいんだか、前ユーリ様への好感度が高いのか。ならそれを利用するだけだ。
 こっちはまあいいな。オレはクライヴの方を見る。
 ……あれを忘れたわけじゃねーが、こいつを使いこなせなきゃどうしようもねえ。
「─クライヴ、お前は守るの得意だろ? 治安を守る方法とか、設計とか考えるの、お前の担当な。部下と一緒によく話し合えよ」
 丸投げ? 違う、適材適所。思い悩みそうなやつにはそんな時間がないくらい仕事を持たせる。真面目そうだから真面目にやるだろ。
「……承知しました」
 礼儀正しい返事に、オレは内心胸を撫で下ろした。
 正直、綱渡りしてるみたいだ。
 でもちょっとスリルがあって楽しいんだから、どうしようもねえな、オレも。
「んじゃ、とりあえず視察に行くか。この辺で一番でかい都市はどこなんだ?」
「それはもちろん、王都です」
 アマーリエが小さく胸を張って、ちょっと誇らしげに言う。
「ふーん、なるほどねぇ」
 王都って言うからには国の中心地だろう。そこから近いなら、歓楽街としての立地はいいな。
 やっぱ勉強のためにも、視察に行っておかないとな。
 でかい街には当然暗い部分がある。人間の欲望を受け止めるための場所が。とりあえずそこでこの世界の風俗ってのを見てみたい。参考になるし、ネタにもなる。
「んじゃ、この街をざっと見てから王都に行くわ。誰か案内─」
 オレが言う前に、クライヴが動いていた。オレのすぐ背後に回り、完璧な防壁の雰囲気を出す。
 ─あまりにも当然のような雰囲気なので、ガタガタ言いにくい。
 あんまり刺激しないようにしとこ。
「─街の視察は結構ですが、その後に王都に行かれるのは推奨できません」
 クライヴが事務的に言ってくる。
「なんで?」
「王都までは馬車で半日─夜は進みも遅くなります。いまから出発すれば、到着は明日の昼になるかと」
「馬車で、半日!? ……マジかよ」
 遠い。遠すぎる。
 そうだよな、こんな世界観で、自動車とか地下鉄とかねえよな。文明の力、ゼロだよな。
 てか馬車ってどれぐらいのスピードなんだ? せめてチャリぐらいの速度ある?……乗って確かめるしかないか。
「んじゃ、朝方出発にしてくれ。それならちょうどいい時間に着くだろ。オレは馬車で寝るから」
「承知しました」
 固え。カッチカチに固え。鉄の塊みたい。
 にしても半日か……まあ、遊びに来るにはちょうどいい距離かもな。この世界のやつらなら、リゾートに行くのにそれくらいの移動時間は許容範囲内だろ。たぶん。
 王都から半日かけて来させて、酔わせて、楽しませて、何泊かさせて、金を落とさせて、満足させて帰らせる。そしてまた来たいって思わせる。そのためには、非日常感とリピートの動機が必要だ。さてどうしようかね。わくわくするね。
「─わたくしも、視察に同行します」
 アマーリエがきりっとした顔で言う。やる気があっていいけどさ。
「……この街の視察だけな?」
「どうしてですか。王都もご一緒します」
 いや、お嬢様を変なところに連れていってトラブルが起きると面倒くせえ。
 ─夜の世界なんて、どの時代も万国共通だろ。あんまり刺激が強いものを見せるのも気が引ける。だってこいつ絶対箱入りだろ。夜の実情なんて知らないだろ。
 オレはアマーリエの目をじっと見つめた。
「なあ、どこ行くか本当にわかってる?」
「はい、王都でしたらわたくしもご案内できます」
「─オレは王都内の一番暗い場所を見にいきたいんだ。そんなところに、かわいいオレのお姫様を連れていけないな……心配で心配で、何も手につかなくなる」
 心からの気持ちを込めて言葉をかける。
 ホスト営業? 違います。本心です。
 アマーリエの顔がぽっと赤くなった。
「か─かわいい、なんて……も、もう……仕方ありませんね」
 ─チョロ~~~~い。
 頬赤くてかわいい。言われ慣れてなさそうなのがかわいい。
 悪い男に騙されんなよ?
 ─本拠地にしている神殿を出る。つーかオレ神殿にいたのか。なんか変な感じ。神殿がホームなんて、聖王子様らしいねー。そこで歓楽街を構想しているなんてミスマッチが逆にあり。
 護衛を引きつれながら、街をざっと見て回る。
 見た目はまあ、古い。さびれた外国の街って感じ、そのまま。
 けど─歓楽街ってのは夜が本番だ。
 多少の古臭さなんて、夜の闇がうまく誤魔化してくれる。
 むしろ、それが味になるってもんだろ。
 通りには、無機質な石造りの建物が並んでる。教会っぽいやつが多い。やたら神聖って感じだし、どことなく乾燥してる。ジメジメしてるよりはいい。
「─この都市は、かつて聖域とされ、多くの神官たちが集まり、大変栄えていました」
 隣を歩くアマーリエが説明してくれる。
 めっちゃ高潔な街じゃん……居心地悪ぃわ。どー見ても寂れてるけど。
「時代の移り変わりにより、段々と人が減り、信仰心も薄れ……ですからユーリ様が中心となり、信仰を復活させ、芸術を栄えさせ、一大宗教都市にする構想を立てられたのです。ユーリ様はご自身の力を大変誇りに思い、深く神に感謝されていましたから」
「へーえ」
 ……ご立派な話だな。
 でもなんか、イラッとくるのはなんでだろうな。
 何つーか、自分は選ばれし人間だとか、そんな鼻持ちならない人物像が透けて見えるのは、オレが卑屈だから?
 ……おきれいすぎるんだよな。底辺で生きてるやつなんて知らないだろ。
 ……それにしても、静かな街だ。
 もうすぐ夜だってのに、浮き立つ空気が一切ない。
 ……ま、夜間営業禁止って制度なら仕方ないかもだけどさあ。
 それでも若者なら、夜は街に出て仲間と意味なく集まって、酒飲んだりするだろ。
 その代わりのように、家の中からこっちの様子を窺う視線がひしひしと刺さる。娯楽がないから、余計他人が気になるんだろう。
 しかもどう見ても貴族様御一行だしな。いや聖王子様ご一行か。そりゃ見るわ。娯楽だわ。
 あんまり代わり映えのしない街中を進んでいくと、ふと、でかい建物が目に入る。
 まるで役所みたいな無機質さ。人の気配がするけど……なんか異様な雰囲気で逆に気になる。
「─ユーリ様、そちらには近づかない方が……」
 アマーリエがそっと言う。
「なんで?」
「そちらは、罪を負った者が収容されている場所です」
 なんだそりゃ。留置所とか刑務所とかみたいなもの?
「─ユーリ様の大事があって一時中断されていましたが……ここにいる者たちは明日には街の外へと送り出されますので、ご安心ください」
「…………」
 犯罪者は街から追い出して安心、ね……それがこの世界のルールなのか。ほんと、生きるのに厳しい世界だな。
「なあ、ちょっと中を見せてくれよ」
 この世界の犯罪者ってのが気になる。
 アマーリエの顔が青くなった。
「な、なりません─危険です!」
「こっちは護衛がわんさかいるだろ?」
 この集団に手を出すようなバカなやつらはいないって。
 ちらりと護衛の騎士たちとクライヴを見る。自衛隊や機動隊の集団みたいな厳つさだ。こんな連中を後ろに控えさせているような相手に、誰が手を出すってんだ。
「ですが─」
「いーからいーから」
 ほとんど押し切るようにして敷地内に入って、役所のような施設の中へと向かった。
 そして、警備員みたいなやつに声をかける。
「ご苦労様。オレはユーリ様。この中に集められてる人たち見せてよ」
 警備員みたいなやつはガチガチに緊張しながら奥に案内してくれた。これこそVIP待遇ってやつだよな。
 にしても雰囲気重いな。
 連れていかれたのは中庭みたいな場所だった。吹きっさらしに、頑丈な檻がいくつもあった。
 檻の中では、病人、老人、怪我人─見るからに弱った人々が、身を寄せ合って萎縮していた。
 小さく、小さく─生きる希望をすべて失ったような姿で。
 そいつらの視線が─やけに突き刺さる。なんだ? 王族に対する恨み? いや、違う。
 これは─何もかもあきらめている目だ。
 夜職で、何回も見た。
「……こいつら、何したの?」
 どう見ても、犯罪とかできる元気があるように見えないんだけど。
 片足のないやつ、包帯で目元を覆ったやつ、力なく座り込む老人たち。
 ─こいつらを街の外に放り出す?
 ……本気?
 そこまでの罪を犯しただなんて、どうやっても信じられない。
 アマーリエが心苦しそうな顔で口を開く。
「─ユーリ様は、民に癒しを与えられていましたが……この者たちは、神のご加護を得られませんでした」
 つまり、前ユーリ様が癒せなかった連中ってことか。
 ルカくんは、訓練を積めばあらゆる怪我や病気が治せるって言ってたのに。つまり前ユーリ様、訓練不足ってやつ?
「─加護が得られないのは、罪がある故だと」
「……は?」
 癒せなかったのは、訓練不足じゃなくてこいつらの方に非があるからってこと?
 罪があるから癒せなくて、だから追放するって?
 ─んで、見えないところ─街の外で死ね─ってことか?
 ……ンな理屈、あっていいのか?
「神に見放されし罪人は、神聖なる都市にはふさわしくないと……」
「…………」
 ─なんだ、それ。
 ─ふと、声が聞こえた。
 遠くて深くて、暗くて。一番近くて。忘れるようにしていたところから。
《─あんたさえ産まなかったら》
 何度も言われた言葉が、頭の中で反響する。
 腹の奥が、重い。喉の奥が苦しい。思い出すたび目の前が暗くなる、呪いの言葉。
「……だから、追い出すって……?」
 問うと、アマーリエは一瞬息を呑む。
「─仕方ないのです。神に見放された者を、聖なる都市に住まわせておくことはできないのですから」
「それ、誰が言ったの?」
 問いただした瞬間、アマーリエの顔から感情が抜け落ちた。そんなことを言われるなんて、思ってもいなかった─そう言わんばかりの顔だ。
 ……あ、これ言ったの、もしかして─前ユーリ様か?
 なんかアマーリエの目が「お前だろ」って言ってる気がする。
「…………」
 ……ふざけんなよ。
 お前、どれだけ偉いつもりだ。
 そりゃ王子様なんだから、待望されて産まれたよな。
 期待を込められて育てられたよな。そりゃ偉いよな。
 一方オレは庶民も庶民。酒癖の悪いモラハラ気質サラリーマンが、夜職の女とデキ婚して、産まれたのがオレだ。
 女は手持ちの中から一番稼ぐ男を捕まえたはずが、旦那がリストラされたから家から出ていった。オレは高校までなんとか卒業して、東京でホストになって、最後は客に殺された。
 比べるのもバカバカしい。
 前ユーリ様にとっては、オレも存在する価値のないゴミだろう。
 でも、いまここにいるのはオレだ。
「─なあ、こいつらの罪って本当に癒されなかったってことだけ? 他に何か犯罪した?」
 アマーリエと護衛連中に問いかける。施設の責任者っぽいやつにも。
 誰も返事をしない。
「し─していない!」
 返事は檻の中からだった。
「……向こうはああ言ってるけど、どうなの?」
「…………」
 また沈黙。
 調査なんてしてないな、こりゃ。
 ……マジでふざけんなよ。
「癒されなかったから罪か─それ、お前らも本気で思ってる?」
 この場にいる全員に問いかける。
 それがこの世界の普通の考え方かもしれないけど、オレにはわからん。
 そうでなくても胸糞悪い。それとも王子様の采配に口を出すなんて恐れ多いってか?
 あー、やだやだ。
「簡単に切り捨てんなよ。歩けないやつは手先が器用かもしれないし、字をうまく書けるかもしれねえだろ」
 片目が見えなくても、耳が聞こえにくくても、それが何だってんだ。
 年取った人間は知識や人脈があるし、いままで生きてきた経験がある。病気ならそのうち治るかもしれない。
 簡単に切り捨てんなよ、前ユーリ様。
 自分を神に見立てて、自分の力が及ばなかっただけなのを「神の思し召し」とか言って責任転嫁してるだけだろ。
 ─神の奇跡で人が救えないなら、人の努力で活かせよ。
 それが王族の采配ってやつじゃねーの?
 オレは、檻の前へと歩み寄る。そして大きく息を吸って、声を張り上げる。
「あー、以前の命令? 全部撤回」
 ざわっと場の空気が揺れた。
 檻の中の人間たちだけじゃない。アマーリエや護衛、クライヴまで、揃って目を見開いていた。
「オレ死んだからな。死んだらチャラだろ。蘇ったしな。蘇りなんてめでたいし、恩赦もありだろ?」
 右手をゆっくり掲げる。
 ルカくんに教わったばかりの神聖術。
 ユーリが聖王子と呼ばれる所以。
 ─治せるなんて思ってない。もしかしたらって期待はあるけど、たぶん無理。
 何もできなかったとしても、「やっぱり無理だわ、ごめん」って謝って、普通に雇わせてくれって言えばいいだけだから、気楽なもんだ。
 そう、オレはこいつらを働かせたい。都市再開発なんて、いくら人がいたって足りないだろ?
 さあ、輝け。オレの太陽。全部白く染めちまえ。
 ─指先から生まれた金色の光が、周囲を照らす。
 檻の中の人たちが、眩しさにぎゅっと目を細める。
 傷ついた腕が、荒れた皮膚が、身体が、次々と光に包まれていく。
 ─そして。
 老いて曲がった身体が、しゃんと伸びる。
 膿んだ足を引きずっていたやつが、両足で地を踏みしめた。
 光が、命を洗い直すように─ひとつ、またひとつと、痛みと衰えを癒していく。
「……こ、これほどの奇跡……っ。かつてのユーリ様ですら……」
 アマーリエの涙声が響く。戸惑いの声がさざなみのように広がる。
 光が消えたとき……全員治ってた。
 しかも、足のなかったやつにまで足が生えてる。
 ─うおおぉぉおお!? マジで!?
 すげー! 奇跡すげー!! やっっっっべえ!!
 うわ、やべぇ……え、これマジで聖王子じゃん……こわ……オレ、マジで神かも……?
 ダメだ。まだ笑うな。まだ堪えるんだ。
 くっ、どうしても口角が上がっちまう……まあいいや。ちょっと余裕ぶった顔で、姫に営業かけるときのテンションでいこう。
 神聖術の光がまだほんのりと残っている中、オレは檻を開けさせる。
 そして中に入り、まだ座ったままのジイさんに手を差し伸べた。
「さ、立てよ。これから忙しくなるぜ」
 ボロをまとったジイさんが、おずおずとオレの手を取る。シワだらけの乾いた手。芯に熱いものを感じるぜ。強いな、このジイさん。
 わかるよ、人の手を握りゃあ、その人がどんな人生を歩いてきたか、だいたい見えるんだ。
 オレはひとりひとりの手を取り、あるいは肩や背中に軽く触れる。
 スキンシップってのは大事なんだぜ。心の距離が一気に縮まる。使いどころに注意だけどな。
「お前ら、これからはオレのために働け。街を生まれ変わらせる。神様がお前らを見捨てても、オレは見捨ててやらねーからな」
 ひとり、またひとりと、膝をついて頭を垂れる。涙を零すやつもいた。
 おいおいやめろよ。オレは神様じゃねーんだから。
 オレはただのクズホスト。
 お前らと同じ人間だ。