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迷宮見廻りバズ・ニンジャ 横暴腹黒幼馴染ダンジョン配信者からクビにされた裏方モブ忍者が、ギャルのサムライに拾われて真の居場所を見つける話。 1
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迷宮見廻りバズ・ニンジャ 横暴腹黒幼馴染ダンジョン配信者からクビにされた裏方モブ忍者が、ギャルのサムライに拾われて真の居場所を見つける話。 1

著者:ヤマモト ユウスケ イラスト:玲汰

序章 クビになるニンジャ

「モブ蔵、あなたはクビです」
 荒く削られた岩肌の洞窟に、冷たい声が響いた。そこかしこに生えた光る魔苔が、向かい合う俺たち二人の姿を、ほのかに照らしている。
 片方は男。黒い忍者装束に身を包み、頭巾で顔を隠した男子高校生─俺、加藤段蔵。
 もう片方は女。西洋の騎士鎧とウェディングドレスを組み合わせたような白い戦闘用配信衣装に身を包んだ、黒髪ボブカットの美少女─上杉姫虎。
「あなたはカメラに映らない。配信に一切出ない。陰から私をサポートするだけの裏方スタッフに徹する。そういう約束だったはずです」
 敬語で淡々と責めてくる。姫虎は旧華族の家の出で、立ち居振る舞いは清楚だが、性格はなかなかキツい。幼馴染の俺以外には上手く隠しているようだが。特に、視聴者には。そう、姫虎はダンジョン攻略の配信者なのである。
 配信歴一年ながら、清楚系のルックスと棘付きメイスを使ったワイルドな戦闘スタイルが話題となり、みるみるうちに登録者五十万人を超えた大人気ダンジョン配信者だ。
「なのに、モブ蔵。あなた、契約を破って余計なことをしましたね?」
「……危機に陥っている者を放っておけなかった」
 対して、俺は『ダンジョンひめこ』チャンネルのスタッフにすぎない。全身真っ黒な裏方。配信を手伝う、名無しのモブだ。
「私を助けるためだけに存在しているあなたが、どうして私以外を助けるのですか。私に雇われている自覚、ありますか? 余計なことをして、私の配信に映っちゃいましたよね?」
 そうなのだ。つい今し方、姫虎の配信用カメラに俺の姿が映り込んでしまったのである。契約違反だ。だから、彼女の怒りは、もっともではある……のだが。
「勝手に動いて配信に映ってしまったことは本当に悪かったが、危機に陥っている者を放っておけなかったんだ。あの場であの人を助けられたのは、俺だけだった」
「見捨てればよかったではありませんか。大方、ダンジョンに夢を見た初心者が、身の丈に合わない難易度のダンジョンに潜って、ちょっと殺されかけていただけでしょう。自業自得です」
「姫虎、それは……」
 その発言は、幼馴染だからこそ聞き逃せない。
「助けを求める者がいて、己に助けられる状況ならば、助けるべきだ。そうだろう、姫虎」
 大真面目に言ったつもりだったが、姫虎は爪を眺めながら「ふーん」と応じただけだった。
「そんなこと言って、本当は相手がカワイイ女の子だったから助けたのでしょう?」
「違う。そんなことは言っていない。たしかに可愛い女子ではあったが」
「モブ蔵は普段から、私のダイブドレスの胸の隙間とか脇の隙間とか太もものあたりとかよく見ていますものね。気持ちわるーい」
「違う。見てない。姫虎に邪な視線を向けたことはない」
 潔白を主張したが、姫虎はむっとした顔で俺を睨んだ。
「いいえ、あります。いっつも私の太ももを見ています。かなり。頻繁に。このムッツリスケベ。助けがどうのこうの言っていますけれど、あのギャルっぽい女の子のおっぱいが大きかったから、引き寄せられただけでしょう? 不埒です。下品です。あー、汚らわしい」
「違う。引き寄せられていない」
「でも大きかったですよね? あの子のおっぱい」
「……」まあ、それは、はい。大きかったと思う。事実だ。
 なにも言えないでいると、姫虎は目じりを吊り上げた。
「否定しないということは、やっぱり大きいほうが好きなんですねっ? 最低です。最悪です。クビです、クビ。あーあ、こんな性欲にまみれたけだものが幼馴染だなんて、私も運が悪いものです。何年も面倒を見てきた私って、とぉっても優しいですよね?」
 面倒を見てきた、って。どちらかというと、俺のほうが面倒を見てきたつもりだが……。いや、俺たちの関係に、ついに限界が来たということかもしれない。
「で、でも、まあ? そんなに優しい私ですから、みっともなく『俺には姫虎様しかいないんです、なんでもします、一生一緒にいてください』って跪いて足の甲にキスするなら、クビを撤回してあげてもいいですしぃ、なんならこれからは、カ、カ、カップルチャンネルとしてぇ……」
 姫虎がごにょごにょと何か言っているのを聞き流しつつ、俺は考える。
 一年間、この横暴な幼馴染に、よく付き合ったほうだと思う。土日だけでなく長期休暇も日本各地のダンジョンに連れ回され、そのたびに俺をなじり、我儘を言い……。
 もちろん、人命救助を優先した結果クビになるのは、納得できない部分もある。だが、雇用主の意向通りに動けなかったことは、任務を遂行する仕事人として失格であるのもまた事実。まったくカメラに映らないというオーダーを遂行しながら、人命救助を成し遂げる実力があれば問題なかったはずだ。つまり……、俺の修行が足りなかった、とも言える。
「姫虎の怒り、もっともだ。俺が悪かった。忍者として恥ずべきだと思う」
「そ、そうでしょう、そうでしょう! さあ、足の甲に口づけを─」
「クビを受け入れ、本日付で辞させていただく。姫虎、今まで世話になった。ありがとう。では」
「゛えっ? ちょっ、待っ─」
 姫虎に一礼して、ダンジョンの入り口に向かって走り出す。まずは己の未熟を見つめ直すとしよう。そう、具体的には─この一年のこと、それから今日のことを。

 ─一年前。姫虎が突然、俺の家に押しかけてきた。三重の山奥、忍者が棲まう伊賀の奥里に。
「モブ蔵! ダンジョン配信をしますよ!」
 そして、庭で修行中の俺を捕まえて、そう言った。
 「なぜ」とか「どうして俺が」とか、そういう問いには意味はない。怒らせるだけだ。上杉の家には、かつて加藤家を召し抱えていた歴史がある。だから、姫虎曰く従うのが当然なのだそうだ。祖父や上杉のおじさんは「大昔の話だよ」と笑うが、姫虎だけは幼少期から「モブ蔵は私のしもべなのです! お手! お座り! お手! ゆ、指絡ませるお手! あああ、あすなろ抱き! ふぉおお……!」と、下僕として扱ってきた。
 要するに、姫虎は代々名前に〝虎〟の字を継ぐ家に生まれた、最新世代のお姫様で、俺はお姫様に仕える忍者なのである。ヒロインのそばにいる端役だから〝モブ蔵〟らしい。
 で、長年の交流の結果、俺の体には横暴なお姫様の我儘を聞く癖が染みついている。断る選択肢はない。
 しかし、今回は買い物の荷物持ちとはわけが違う。ダンジョンに潜るだって?
「待て、姫虎。それにはダンジョン公社が発行する免許が必要なんじゃなかったか?」
 世界で最初にダンジョンが開いたのは、もう八十年も前のことだ。
 終戦直後の日本、九州は福岡だったらしい。それを皮切りに、世界中で毎日、新たなダンジョンがいくつも生まれている。地形を無視した広大な内部構造を持つ、異界への入り口。そこに棲まう異形の生物たち。未知の素材と新技術の開発……。その時の動乱について、俺は社会の授業でしか知らない。世界がどうやって対応したのかも。
 ただ、八十年経った今、ダンジョンは人類にとってごく一般的な存在、当たり前の恵みとなった。ダンジョンの資源回収は民営化されて、いまや誰でもダンジョンに潜れる時代なのである。……ただし、免許があれば、だが。
「たしか、免許は十六歳からだったはずだ。俺はもう取得できるが、姫虎はまだ十五歳だろう」
「……モブ蔵、明日は何の日ですか?」
 あ。
「姫虎の誕生日だな。おめでとう」
「忘れていましたね? 最悪。マイナス二〇〇点です、モブ蔵。……ともかく、私も十六歳になるんです! 明日免許を取りに行く予定なんですよ。勉強もしてきましたから余裕です」
「そうか。がんばれ」
「他人事みたいに言わないでください。あなたも一緒に取るんですよ?」
「それは無理だろう。俺は勉強していないぞ」
「じゃあ勉強しなさい、今から。教えてあげますから」
 そこから徹夜で勉強させられた俺は、姫虎に連れられて近くの街の市民センターに赴き、ダンジョン探索免許取得試験を受験した。幸いにもマークシート方式で、一夜漬けでもなんとか合格できた。姫虎? 彼女は余裕で満点合格して自慢してきた。
 試験会場から出てすぐ、姫虎は電器屋に行きたがった。
「ダンジョン配信の機材を買いに行きましょう! ……で、モブ蔵。ダンジョン配信については、どれくらい知っていますか?」
「ある程度は。奥里にだってインターネットはあるからな。居間に置いてある」
「置いてあるのはパソコンです。……ふふん、では、ダンジョン配信について説明してあげましょう。特別に。この私が」
 いちいち偉そうに、姫虎は薄い胸をえへんと張った。
 街の電器屋に『ダンジョン配信機材コーナー』があった。ダンジョン攻略の配信者は小学生の将来の夢ランキングで上位に食い込む職業なのだそうだ。
「そして、そんな夢の職業ダンジョン配信を支えるのが、この『目玉くん』なのです」
 姫虎は両サイドから蝙蝠の羽が生えたカメラを指差した。製品名が『目玉くん』らしい。
 ダンジョン探索免許は、ダンジョンに入るための免許。試験で配信機材について問われることはなかった。だから、ダンジョン配信についてはあまり知らないのだが……。
「たしか、このカメラがあれば、特別な魔術が使えるのだったか」
「そうです。通称ダンジョンスキルですね。人間はみな多かれ少なかれ魔力を持ちますが、魔術師を生業とする人なんてほとんどいないご時世ですから、たいていの人が魔力を持て余しているわけです。それを投げ魔力として─」
「なるほど。使わない魔力を、インターネットを介して配信者に集めるのか」
「説明に割り込まないでください」
 ガッと、すねを蹴られた。鍛えているから痛くもかゆくもないが。
「ダンジョン内は現実とは法則の違う異界─魔術や呪術が使いやすいんです。なので、普通は使えない大規模な魔術を簡単に使えるようになるわけですね。わかりやすく言えば、ダンジョンスキルとは、ダンジョンの中でのみ使える、自分だけの必殺技なのです。……というか」
 姫虎は呆れ顔で俺の頬を突いた。
「段蔵、あなた実家に私有ダンジョンがあるでしょう。これまで一度も、ダンジョン配信やダンジョンスキルについて調べてみたことはなかったのですか?」
「〝あなぐら〟は修行用だからな。体術、武器術、忍術だけで挑んでいた」
 加藤家所有の山にもダンジョンがある。私有地内のダンジョンならば、免許なしで潜ることは違法ではない。自動車免許がなくても私有地なら車を運転できるのと同じだな。
「……ふぅん。ダンジョンスキルなしでのダンジョン攻略を日常的におこなっていた、と。……やっぱり、モブ蔵はとんでもない掘り出し物ですね。うふふ、これならすぐにトップダイバーの仲間入りも……」
「掘り出し物?」
「なんでもないでーす。えい」
 姫虎はにこにこ笑って、また俺のすねを蹴った。
「じゃ、さっそく明日からダンジョンに潜りましょうね。特注のダイブドレスも用意してあるし、武器も買ったし……。あ、そうだ。バイト代は出しますけど、交通費は自腹です」
「……いちおう、俺もダンジョンで命を張るんだが、もう少し待遇をだな」
 俺のささやかな反抗は「え? なにか言いました?」と笑顔で受け流されてしまった。
 ─これが、一年前の夏の話。

 一年の間に『ダンジョンひめこ』チャンネルの人気は、うなぎのぼりにのぼりまくった。
 清楚な美貌、物腰柔らかな性格(猫かぶりだが)の姫虎が、棘付きメイスを振り回してモンスターをなぎ倒す姿がウケた。あと脇もちらちらするし。うむ。俺は忍者なので性欲とかないが、脇がちらちらすると見てしまう気持ちはわかる。俺は忍者なので性欲とかないが。ないんだが。
 そして、人気になればなるほど……、姫虎は増長した。
「こんひめこ〜! 姫虎のダンジョン配信へようこそ! です!」
 元々特注品だった白い騎士鎧ドレスは、この一年間で得たお金や素材で強化改良されまくり、トップダイバーと比べても遜色ない仕上がりになっている。動く要塞みたいなものだ。
 対して、俺はなにも変わっていない。裏方だからな。見栄えは不要だ。カッコいい戦闘用配信衣装なんていらない。忍者装束で十分だ。強化? 改良? そんな金はない。
 ─『待ってた』『こんひめこ〜今日もかわいい〜』─
 羽ばたく『目玉くん』の下部にホログラフィックディスプレイが浮かんで、視聴者のコメントがつらつらと流れる。俺は『目玉くん』の画角に入り込まないよう、物音を立てずに姫虎についていく。これがなかなか難しくて、修行になるのである。
「今日のダンジョンは、ローラシア・カテゴリーのタイプ:大和、幻想深度は4000です」
 ─『ダンジョン情報を暗記してるのえらい』『真面目だよな』─
 俺の掲げたカンペを読んでいるだけで、実は暗記していないのだが。
 姫虎は馬鹿ではない。この程度の情報なら簡単に暗記できるだろうが、俺がカンペを出さないと「その程度の仕事もできないのですか?」と詰めてくるので、毎回ちゃんと用意をしている。
 ─『無理しないでね』『むんって気合い入れるのかわいい』『すきです』『今日は和風の洞窟系ダンジョンか。珍しいな』『初見です。どこのダンジョン?』─
「初見さん、こんにちは! 場所は言えないんです、ごめんなさーいっ。私、ソロダイバーだから、凸されると、その、ね……?」
 姫虎が申し訳なさそうに両手を合わせて首を傾けた。
 ─『ソロで幻深5000? すげー』『変な男が凸したら困るもんね』『ひめこちゃん、男と喋ったことなさそう』『小中高ぜんぶ女子高なんだっけ』─
 俺がいるからソロではないし男と喋りまくりだが、姫虎は清楚系が売りだ。「無粋なツッコミはせず、夢を見せてあげましょう」という方針である。あと、俺の存在が明るみに出たら姫虎は〝男とダイブしてリスナーを騙していた女〟になってしまい、炎上も視聴者離れも避けられない。ゆえに、俺は絶対にカメラに映らない、という契約なのである。
「えー、男の子と喋ったこと、あったかなぁ。記憶にある限りでは、ないですねぇ」
 言動の整合性を取るために、幼馴染の存在が消滅した。……そもそもリスナーに嘘を吐くのはどうなんだ、と問われたら、言い訳のしようもない。そういうコンテンツだとはいえ、この点については俺も姫虎の共犯者だ。ふいに姫虎が「あら」と声を上げた。
「モンスターがいます。あれは河童でしょうか。うーん、いかにも和風ダンジョンのモンスターって感じです。倒してみたいので……みなさん、投げ魔力をお願いします!」
 ─『りょうかい!』『いっぱいあげるね』『おじさんの魔力全部吸い取って♥』─
 マジチャを表す色付きのコメントが勢いよく流れていく。『目玉くん』を通して、大量の投げ魔力が姫虎に集まる。そして─。
「いきます! 【六秒間の蛮行】っ!」
 白い光が、姫虎の肉体を包み込む。姫虎のダンジョンスキル【六秒間の蛮行】は、六秒間だけ身体能力を超強化するスキルだ。魔力を使った身体機能のブーストは、最近のダイブドレスには標準装備だが、しかし、ダンジョンスキルによる強化は一般的な強化と一線を画す。
「いざ尋常にっ、正々堂々っ、勝負ですっ!」
 姫虎は威風堂々とメイスを振り上げ、正面から河童型モンスターに挑みかかった。
 小柄な姫虎だが、その攻撃は軽自動車の衝突並みの威力がある。当たれば一撃だろう。だが、相変わらず大振りすぎる。武器の扱いが下手なのだ。
 ─『わざわざ正面から行かなくても』『不意打ちとか卑怯なことしないのが、ひめこちゃんの良さなんだよ』『わかってないやつは帰れよ』─
 河童も当然、突っ込んでいく姫虎に気づく。巨躯の河童だ。大きさは二メートル以上あるし、筋骨隆々である。やつは姫虎に向かって「グガァ」と咆哮し、身を沈めた。左右どちらかに回避する気だ。……俺の出番だな。
 『目玉くん』の画角の外から、俺は極細の針手裏剣を投げ放つ。忍者投擲術、針投げだ。狙うは河童の膝─するりと吸い込まれるように刺さった針が河童の回避動作を阻害し、避けられるはずだった大振りな姫虎の打撃が直撃する。
 「えいっ」という、軽い掛け声とともに振り抜かれた棘付きメイスが、河童の上半身を文字通り粉砕した。圧倒的な威力である。スプラッタな光景だが、粉砕された上半身は黒い霧になって空気に溶けただけだ。血しぶきとか肉片は散らばらない。
 やや遅れて、残っていた下半身も黒い霧になり、地面にドロップアイテムの河童の皿だけが残った。これがダンジョン内での戦闘である。
「やりました! 大勝利、です!」
 姫虎が浮遊するカメラにピースと笑顔を向ける。
 ─『かわいい』『つっよ』『えらい! おじさんが褒めてあげる!』『てか相変わらず火力高い』『大振りな攻撃を当てる技術もあるからな、ひめこちゃんは』『すきです』─
「ありがとうございます! えへへっ」
 姫虎がにっこりと微笑む。……配信するたびに大金を稼ぎ、コメント欄が『かわいい』や『生きててえらい』といった全肯定コメントで埋め尽くされるのだ。増長するのも仕方ない。
 数匹の河童を黒い霧に分解して先に進むと、前方に、光る苔に照らされた小部屋が見えた。シャボン玉みたいな膜が入り口に張られている。カンペで「セーフゾーンがある」と示すと、すかさず姫虎は「あ! セーフゾーンです!」と前方を指さした。
 ─『へ?』『どこ?』『ひめこちゃん目が良すぎ』『観察力も高いんだなぁ』─
 セーフゾーンは、モンスターが入り込まない不思議な部屋だ。全てのダンジョンのボスフロア以外の階層に、最低ひとつは存在する。人類にとって都合がよすぎる空間である。
 シャボンの膜を抜けてセーフゾーンに入り、姫虎はほっと一息ついた。
「では、三十分ほど休憩します。一度、配信を落とすので、またあとでお会いしましょう〜!」
 言って、『目玉くん』を携帯端末で操作し、カメラを切って配信を落とす。
 すかさず、俺はバックパックから小さいアウトドアチェアを取り出して組み立て、姫虎のそばに置く。姫虎はどっかりと腰を下ろして「あー、きも」と呟いた。
「『すきです』だの『おじさんの魔力吸い取って♥』だの、きもすぎです。どうせ無職が一人でにやにやしながら配信を見ているんですよ。うー、寒気がしてきました。モブ蔵、お茶をください」
「……ちょっと言いすぎじゃないか。たしかにガチ恋勢の言動には見苦しいときもあるが、魔力を貰っているわけだし、やんわりと窘めつつ感謝の意を示すくらいが……」
 水筒のお茶をコップに注いで手渡すと、姫虎は俺を見上げて睨んだ。
「なんです? 指図する気ですか? 雇用主である私に」
「そういうわけではないんだが」
「なら黙っていてください。あーもう、モンスターが河童なのも、きもいです。近くに水場があるのでしょうか。うー、帰りたい……」
 ……なるほど、そうか。それで、いつにもまして機嫌が悪いのか。姫虎は子供の頃、川遊び中に溺れたことがある。大事には至らなかったが、水泳の授業も全て休んでいるくらい水がトラウマなのだ。俺はなるべく姫虎を刺激しないよう、穏やかに接した。
 トラブルが起きたのは、配信を再開してすぐだった。
 セーフゾーンを出ていくつかの角を曲がったところで、音がしたのだ。金属がかちあう激しい剣戟の音が。数十メートル先で、金色のなにかが閃いているのが見える。
「あれは……、ギャル? の、サムライ? ですか?」
 姫虎が困惑の声を上げた。
 そう喩えるしかない見た目の女の子が、洞窟の先で戦っていた。長い金髪をポニーテールに結び、ダイブドレスは派手な柄の袴と甲冑を足して割ったようなデザインで、得物は身の丈ほどもある、青い光を纏う大太刀。
「……って、なんですか、あのモンスターの群れは!?」
 姫虎が頬を引きつらせた。天狗、鬼、河童。多種多様な日本妖怪型モンスターたちが、ギャルのサムライに襲いかかっている。眼も耳も良いほうなのだが、曲がり角で死角になっていて、気づくのが遅れてしまった。不覚だ。
 ─『巻き込まれる逃げて』『セーフゾーン戻ろう!』『あれは無理』『すぐ逃げて!』─
 百鬼夜行のごとき怪物の濁流。呑み込まれれば、ひとたまりもないだろう。ギャルのサムライは満身創痍に見える。あと十秒もすれば殺されてしまうだろうと、俺にはわかった。
 ─だから、とっさに体が動いた。
 直線、最短距離。呆然とする姫虎の後ろをかすめるような軌道で走りつつ、俺は懐から手裏剣を取り出し、連続で投擲する。手裏剣は三体の頭蓋を貫き、黒い霧に変えた。さらに長さ二十センチほどの長いクナイを逆手で握って百鬼夜行に飛び込み、不意打ちの忍者斬捨術で五体の首を撫で斬りにして黒い霧に変える。そして、ギャルのそばに到着。不意打ちで減らせたのは、合計八体か。少し厳しいが、なんとかするしかないだろう。
「無事か?」
「えっ……?」
 ギャルは困惑した顔で俺を見た。ぶっきらぼうに聞きすぎたか。会話が下手なのだ、俺は。奥里の高校は全校生徒四人だし、姫虎はあんなのだし……いや、いまは関係のない話だ。
 まだまだモンスターは残っているが、俺の乱入に驚いたらしい。妖怪の群れは慎重に、俺とギャルを取り囲むように展開し始めた。
「えっ、えっ!? 誰!? 忍者!? 忍者なんで!?」
 ギャルはようやく理解が追いついたらしく、素っ頓狂な声を上げている。まあ驚くか。驚くよな。いきなり黒ずくめのやつが出てきたら。……彼女は傷だらけだ。袴甲冑のダイブドレスも損傷がひどく、胸のあたりから下着が露出して─あんまり見ないようにしよう。
 満身創痍だが、意志の強そうなぱっちりした瞳は、一点の瑕もない宝石のように、光り輝いている。直視するには陽のオーラが強すぎて、思わず目をそらして下の方を見てしまう。……ほう。ふむ。これは姫虎にはない大きさだ。ギャルってすごいな……ピンクのヒョウ柄か。すごいな。すごい。ギャルってすごい。やばい。語彙力どっか行っちゃった。
「……どこ見てんの?」
「傷の確認だ。どうやら致命傷はないようだな」
「いや、ごまかされないけどね……?」
 ギャルは腕で胸のあたりを隠しつつ、にやりと微笑んだ。
「で、助けてくれるワケ? アンタ、もしかしてヒーロー気取りの馬鹿だったりする?」
「いいや。俺は─」
 多くを語る必要はない。俺は裏方だ。腰を低くして長クナイを構え……、告げる。
「─ただの忍者だ」
『なんか推しのダンジョン配信にクソ強い忍者が映り込んでるんですけど……』
001:底辺ダイバー
 俺は夢でも見ているのか?
002:底辺ダイバー
 おくすり出しときますね〜
003:底辺ダイバー
 いや違うって。本当なんだって。これアーカイブのURL→○○○
004:底辺ダイバー
 なんだ『ダンジョンひめこ』の宣伝かよ。コレだから信者は。
006:底辺ダイバー
 忍者なんているわけないでしょ。ベッドに戻りましょうね、おじいちゃん。
007:底辺ダイバー
 じいちゃんが脇チラ女子高生ダイバーの配信見てたらいやだわ
008:底辺ダイバー
 会えない孫を見守るような気持ちかもしれないだろ!
009:底辺ダイバー
 会えない孫の脇を見守るような気持ちかもしれないだろ!
010:底辺ダイバー
 孫に会えない理由が判明したね
011:底辺ダイバー
 ていうかアーカイブ見てきたけどマジで忍者じゃんw
019:底辺ダイバー
 これ、ひめこのパーティーメンバー? ひめこはソロだったっけ
021:底辺ダイバー
 じゃあ忍者が急に湧いて出てきただけか。どういうこと?
022:底辺ダイバー
 俺も見た。集団幻覚かな? ワシもおくすり貰ってベッドに戻るかいのう。
023:底辺ダイバー
 おじいちゃん脇はもういいのか?
024:底辺ダイバー
 脇はもっと見るに決まっておろうが! たわけ!
025:底辺ダイバー
 これギャルのほうの配信なら見れるんじゃね? 名前わかんないけど
026:底辺ダイバー
 ワシはもう見つけてきたぞい。URL→○○○
027:底辺ダイバー
 有能、孫に会っていいぞ
029:底辺ダイバー
 見た。『あんまるのダンジョン配信』ね、可愛いじゃん。チャンネル設立は一週間前か。
031:底辺ダイバー
 ダンジョン配信始めて一週間で幻想深度5000のダンジョン潜ってんの? 馬鹿?
032:底辺ダイバー
 あんまる、コラボだったんだよ。初心者四人でパーティー組んで、あんまるはやめようって言ったけど他三人が楽観して三階層に突撃。案の定、モンスターハウスに引っかかって、あんまるは他三人を逃がすための囮になったってわけ。初心者ちゃんが「穴場ダンジョンの情報買った!」って言ってたから、闇ギルドに適当な情報つかまされた説あり。
033:底辺ダイバー
 しんがりとは……いいギャルだ。好き。闇ギルドは嫌い。
034:底辺ダイバー
 そして、そんなギャルのところに……忍者が!
035:底辺ダイバー
 なんでだよ
036:底辺ダイバー
 ていうか、気づいたんだけど。ひめこ視点でもあんまる視点でも忍者の『目玉くん』が見えないんだよな。ニンジャは配信してないのかも。
038:底辺ダイバー
 なわけ。ダイバーは『目玉くん』で配信してマジチャ貰ってダンジョンスキルぶっぱするからダンジョン攻略できるんだぞ。ただの人間がダンジョンで戦えるわけないだろ。
040:底辺ダイバー
 でもマジでシンプルなフィジカルだけでダンジョン攻略してたらロマンあるよな
041:底辺ダイバー
 そんなわけないってwもしこの忍者が配信してなかったら、こいつら全員のチャンネル登録者数と同じだけ腹筋してやるよw

一章 白ギャル襲来
 俺は家でぼんやりしていた。
「暇だ」
 姫虎にクビを切られて、伊賀の奥里から出る用事がなくなってしまった。せっかくだから忍術修行に精を出していたが、やりすぎで体を痛めても仕方ない。夏休みの宿題も終わってしまって、やることがないのである。
 リビングにインターネット……、ではなくパソコンはある。たまには映画でも見ようかと思ったが、あまり気が進まない。畳に寝転び、窓から雲一つない青空を見上げるくらいしか、することがない。これもまた忍耐の修行と思おうか─。
「ちわーっす! モブ蔵くん、いますかー?」
 む。窓の外から声が聞こえた。俺をモブ蔵と呼ぶのは姫虎だけだが、今のは別人の声音だった。窓から顔を出して、庭を見下ろす。我が家は庭付きの古い屋敷だ。何度か改築しているが。俺の部屋は二階の角部屋で、門から庭までが丸ごと視界に入る。
「誰だ?」
 門の前に、見知らぬ者がいる。つばの丸い帽子をかぶり、デカいグラサンをかけ、肩が大胆に出たなんか形のよくわからんセクシーな服と、デニムっぽい生地で作られたパツパツのミニスカートを穿いた、金髪の女子だ。
 姫虎が配信外で着ていた服に似ているな。たしか、お、おふしょるの、とっぷす? とかなんとか。詳しくはわからないが、ともかく、畑と森と古民家しかない伊賀の奥里には、あまり似合わない格好だ。ギャルすぎる。彼女は俺に気づいて手を振った。
「あ、モブ蔵くんはっけ〜ん! ドモー、あのとき助けてもらったギャルで〜す☆」
「そんな鶴みたいな……」
 そして、気づく。そうか、ダンジョンで助けたギャルか。怒り狂う姫虎に早く対応する必要があったから、ろくに挨拶もせずその場を離れたのだった。
「お礼に来た! とりまさー、入れてくんね? 暑くて、もうバテバテでさー……」
「わかった」
「あざー」
 たしかに、今日は暑い。山奥だから都会に比べれば多少は涼しいが、十分に熱中症になり得る気温だ。軒先を貸すくらいは、別に構わない。いきなり訪ねてきたギャルであっても。
 しかし、客人を招き入れるのに、少しばかりの準備が必要だ。なんせ、この家は代々の加藤段蔵がリノベーション、もとい改造を重ねに重ねた忍者屋敷である。
「悪いが、少しだけ待て。いま、庭の罠を解除するから─」
「え? 罠?」
 いつの間にか、ギャルはキャリーケースを引いて、庭に入ってきていた。俺が「わかった」と言ったと同時に、門をくぐったらしい。
 ─ガコンッ、と罠が作動する音がした。まずい。
 俺は窓から庭に飛び降り、ギャルに向かって駆けた。
「ちょっ……!? わっ、なに!?」
 ギャルの足元、石材の小道がパカッと開いた。落とし穴である。下には竹槍がずらりと並べてある。……普通に死ねるな、この罠。次のリノベ対象は落とし穴にしよう。竹槍の代わりにふわふわのスポンジとか敷き詰めよう。
 ともあれ、俺は落とし穴に飛び込んだ。重力に引かれて落ちるギャルの体を右手で抱きしめ、左手でキャリーケースの取っ手を掴み、右足のつま先を落とし穴のふちに引っ掛けて、逆さまになって保持する。なんとか間に合った。ギャルの目と鼻の先に竹槍がある状態だ。
「お、おお、おおお……!? ナニコレ竹槍!? こっわッ!」
「無事か。悪いが、我が家は罠だらけなんだ。解除するまで少し待ってほしかった」
「お、おう、うん、ありがと……。ごめんね、勝手に入っちゃって。けどさぁ、その、きみの手がね……?」
 目を白黒させながら、ギャルが胸元を見た。手?
 あ。俺の右腕がギャルの体を抱いて、手のひらでがっちりと、こう、掴んでいる。ふむ。柔らかいな。すごい。あーすごい。すごいな。布の下に素材の違う別の布があって、下着かなこれ。二重の布に守られた柔らかい肉の塊だ。ほーう。すごいや。
「いや、その状態で固まるなし。スケベ」
「不可抗力だ。すまない。スケベではない」
「どう考えてもスケベでしょ。ガッツリ片乳掴んでんじゃん」
「掴んでいない」
「この姿勢でその言い訳は無理あるっしょ! きみおもろいねー☆」
 ギャルは「にひひ」と笑った。
「とりま、引き上げてもらっていい? それまでは掴んだままでいいからさ」
 ……姿勢が姿勢だったから、引き上げるのに苦労した。俺が忍者登攀術を習得していなければ、ギャルもキャリーケースも俺も、竹槍の上に落っこちていただろう。それでも時間はかかった。……かけたかったわけではない。断じて。
 無事に地面に戻れたので、きちんと罠を解除してからギャルを客間に通した。畳とちゃぶ台とギャルの組み合わせは違和感があるな。
「改めまして、ドモ〜☆ アタシ、出雲杏奈でーっす! 『あんまるのダンジョン配信』ってチャンネルやってま〜す!」
 挨拶をした出雲杏奈が、紙袋をちゃぶ台に載せて、ずいっと俺に押し出してきた。
「ハイこれ! こないだ助けてもらったお礼! 東京駅で売ってたなんか美味しいやつ!」
「ご丁寧にどうも。仏壇に供えてから、爺さんといただこう。……待て。礼は受け取るが、そもそも、どうして俺の家を知っている?」
「え? ダンジョンでアタシを助けてくれたとき、ひめこちゃんが呼んでたじゃん。『やめなさいモブ蔵!』とかなんとか」
「ただのあだ名だぞ。住所じゃない」
「うん。でも、ひめこちゃんの関係者だってわかったからさ。チャンネルの配信アーカイブ全部確認して、パパに聞いたんよ。『これ、後ろで誰かが針とか飛ばしてるんじゃね?』って」
「針クナイが見えたのか? というか、アーカイブを全部確認しただと? 一年分だぞ、ダンジョン外の雑談配信まで入れたら、ゆうに五百時間はあるはずだ」
「うん、だからゴリッゴリの寝不足! でね、パパが『たぶん伊賀忍だよ』って、この里のこと教えてくれたん。あ、アタシん家、士族の家系でさー」
 士族─サムライの血を引いているのか。伊賀の奥里を知っているならば、相当な名家だろう。大名華族の上杉家ほどではないだろうが。
「……だが、伊賀の奥里まで辿り着いたとしても、俺の家の特定まではできないはずだ」
「え? この里、あんまりおうち建ってないし、片っ端からピンポン押して、男の子を捜してますって言ったら教えてくれたよ」
「異常なコミュ力だな」
「そんな褒めんなしー、えっへっへ」
 褒めていないし、明日から近所の連中に「おい段蔵! あのギャル誰だよ!?」と問い詰められることが確定した。どう説明すればいいんだ。
「……まだ疑問がある。俺は覆面で顔を隠していただろう。なぜ窓から顔を出したのが俺だと……あの時のモブ蔵だとわかった?」
「え? きみ、目元めちゃくちゃ印象強いよ? アタシ、一発でわかったけど。あ、でも目元だけじゃなくて、顔全体が結構イケてるから、そこは安心して?」
 なにが安心なのかはわからない、謎のフォローまで貰ってしまった。というか、目元だけで顔がバレるとは、忍者として未熟がすぎるな。いや、出雲杏奈が目ざといだけか。
 ……目ざといといえば、だ。
「本当に見えたのか? 配信で、俺の針クナイが」
「見えてはない。たぶん、注射針並みの細さで、しかも艶消ししてあるでしょ。画質的にまず映らないし、映っても動きの多いダンジョン配信じゃまず見えない。でも、モンスターの動きがおかしいのはたしかだったし、ワンチャンあるかなーって」
「ワンチャンで伊賀まで来たのか。東京土産を持って」
 うん、と出雲杏奈はうなずいた。俺はちょっと絶句する。
 どういう行動力だ。俺に会えるとも限らないのに、伊賀の奥里まで電車とバスを乗り継いで来たのか。里に着いてからも、あぜ道を歩き回って……。
「どうして、そこまでする。礼をするためにしても、やりすぎだろう。……まさか、脅しに来たのか? 針クナイのこと、誰かに言う気だな?」
 姫虎の不正をネタに何か要求する気かと思ったが、彼女は首を横に振った。
「パパ以外には言ってないし、パパも誰にも言わないよ。まあ、ひめこちゃんずるいなー、とは思ったけど、アタシは糾弾しにきたワケじゃないから。お察しの通り、お礼だけでもないけどね。実は……、謝罪と勧誘も目的だったり?」
「謝罪と勧誘?」
「そ! アタシが思うに、モブ蔵くん─このあだ名ひどいね、本名は?」
 そこで、ようやく自分が名乗っていないと気づいた。俺は本当に会話が下手だな。
「段蔵だ。十八代目の加藤段蔵を襲名している」
「じゃあ段蔵くんね。アタシが思うに、段蔵くんは配信に映ったせいで裏方をクビになったんじゃない? 最近ひめこちゃんが配信してないのは、そのせいかなって。違う?」
「そうだ。覆面のことといい、針クナイのことといい、慧眼だな。なにか眼に秘密があるのか?」
「ただのカラコン☆ ……ともかく、ソレってつまり、アタシのせいでしょ。アタシを助けたせいで、段蔵くんは仕事を失ったってワケで。そこでアタシは、段蔵くんに新しいお仕事のご提案に来ましたー☆」
 出雲杏奈は、にまっ、と盛夏のひまわりみたいに笑った。
「アタシと組んで、ダンジョン配信やってほしいの! てかギルド作らん?」
「断る」
「即答かよ。ウケんね」
 彼女は愉快そうに笑った。
 ダンジョンは多くの貴重な資源を産出するが、最たるものはダンジョンが消滅する際に生み出される巨大な宝石─ダンジョンコアである。超高密度に結晶化した魔力塊だとか。現代日本では、ダンジョンコアのエネルギーを熱に変換して湯を沸かし、タービンを回して電力を得るダンジョンコア発電が欠かせないインフラとなっている。
「いいか、出雲杏奈。ギルドは本来、ダンジョン公社から資源の回収を請け負う民間のダンジョン探索企業を指す。『目玉くん』の登場以来、多くのギルドが業務内容をダイバーのマネジメントへとシフトしているが、本質的にはエッセンシャルワークだ。学生が手を出せるものではない」
 一年間も姫虎のサポートをやったのだ。それなりに知識はついた。
 ちゃぶ台越しに、出雲杏奈を観察する。おそらく、同年代。胸の大きさから比較するに、姫虎より年上だろう。高校三年生か、大学生だとあたりをつける。
「……めっちゃおっぱい見るじゃん」
「出雲杏奈。何歳だ? 何年生だ?」
「脈絡ゥ。会話下手か? ……十六歳の高一だけど」
 年下だった。え、じゃあ姫虎は年下よりも……。
「急に黙るじゃん。どったの?」
「我が竹馬の友への憐憫の想いがあふれ出ただけだ。気にするな。いや、憐れに思う必要もないんだが。あいつにはあいつの良さがある。脇とか」
「うん、それが何の話かわかんないけどさ。学生起業なんて、もう古いくらいじゃん☆ たしかに、ダンジョン関係では聞いたことないケドさ」
「そうか。ならば、止めはしない。がんばれ。俺はやらん」
 出雲杏奈は「えー」と頬を膨らませた。
「じゃあ、パーティー組んで配信するだけなら、どう?」
「断る。俺は忍者だ、表に出るような存在ではない」
「一回だけ、お試しでもだめ?」
「だめだ。絶対にやらない」
「うーん、そっかそっか。そこまで言うなら、無理強いはできないよねー」
 そう言って、出雲杏奈はちゃぶ台に突っ伏し、溜息を吐いた。
「はーあ。でもなー、せっかく来たのになー」
「そっちが勝手に来ただけだろう」
「一回くらい、やってくれてもいいのになー」
「やらんと言っているだろう」
 突っ伏したまま、俺を上目遣いに見て、にやりと笑った。
「おっぱい揉まれたのになー」
「ッ、……揉んでいない。不可抗力で触れただけだ」
「ガッツリ鷲掴みで堪能されたのになー」
「堪能なんてしていない。もう感触もおぼえていないとも」
「男の人におっぱい揉まれたの、アレが初めてだったのになー」
「だから、揉んでいないと……」
「あーあ、『揉んでない』とか『感触もおぼえてない』とか言われちゃうと、それはそれでショックだなー。アタシにとっては貴重な初体験なのになー」
「……おい」
「これはもう、ダンジョンに潜ってストレス解消するしかないなー。でもソロだと危険だなー。誰か一緒に潜ってくれないかなー」
「あのな……」
 呆れてしまう。なんという図太さだ。押しの強さだったり、行動力だったり、なんというか……、俺にはないものを、たくさん持っているらしい。
「……わかった。一度だけ、潜ってやる」
 だからだろうか。俺はついつい、了承してしまったのだ。
 出雲杏奈は両手を上げて「やったー!」と歓声を上げた。
 ……しかし、一緒にダンジョン配信をするのはいいが、出雲杏奈は東京在住で、俺は伊賀の奥里に住む三重県民だ。日を改めるには、少々、距離がある。出雲杏奈は「アタシがまたこっち来るし」と言ったが、それには及ばない。
「今日、いまから配信しよう。『目玉くん』はあるか?」
「へ? いちおう、帰りにどっか潜ろうと思って、遠征セットは持ってきてるけど……。この辺、いま開いてるトコあんの?」
 基本的に、新規のダンジョンは長くても一週間程度で攻略されて消滅する。ダンジョンコアの回収が最も大きな目的だからな。ゆえに、今日いきなり配信するとなると、近場で都合よく開いているダンジョンが必要なのだが。
「うちの山にダンジョンがあってな。消さずに残してあるんだ」
「うっそ、私有地ダンジョン!?」
 彼女は目を丸くして驚いた。ダンジョンは、ボスを倒したあとにダンジョンコアを抽出すれば消滅させられるが、コアを抽出しなければ残り続けるのだ。
「こんなところにあるなんて聞いてないよ、一般開放してないの?」
「一般開放はしていないし、したところで、こんな山奥には誰も来ないだろうしな。ドロップアイテムも渋いし、もっぱら修行に利用している。歩いて五分ほどだから、すぐに始められるぞ」
 私有地にダンジョンが開いた場合、ダンジョン公社への届け出と登録はもちろん必要だが、消滅させるかどうかも含めての私的利用が許可される。配信したって構わない。
「修行用かー。それなら、アタシでも大丈夫かな。あ、ダンジョンに更衣室か準備室はある?」
「ない。用意があるなら、この部屋を使え」
「おっけー、あんがと!」
 そう言ったが、出雲杏奈はなかなか準備を始めず、俺を窺うように見ている。
「どうした。準備しないのか」
「アタシ、いまから着替えるんですケド? そんなに堂々と見られちゃうと、さすがのアタシも恥ずかしいカナ〜って」
 俺は「覗かないでねー☆」と笑う出雲杏奈を置いて、自室に戻った。忍者装束を着て客間の前に戻ると、ふすまの向こうからシュルシュルと衣擦れの音が聞こえてくる。もう少し時間がかかりそうだ。
 ……いかん。ここで衣擦れに聞き耳を立てていたら、なんだか変態のようではないか。それはよくない。冷たい麦茶と握り飯でも用意しておくとしよう。それと、俺も配信するのなら、俺用の『目玉くん』が必要だな。
 裏方だったから使ったことはないが、姫虎に「モブ蔵も女の子とコラボする日がいつかきっと、いえ必ず、絶対に来るので、そのときのために買いなさい今すぐ買いなさい」と買わされたものがある。押入れから引っ張り出してくるとしよう。
 準備が終わると、出雲杏奈は白ギャルから袴甲冑ダイブドレスのサムライ風白ギャルに変貌していた。ただ、以前持っていた得物がない。
「武器はどうした。大太刀を持っていたと記憶しているが」
「ん? ああ、鮫丸ね。アレ、アタシのダンジョンスキルなの。ダンジョン外では出せないんよね」
「主武装がスキル依存なのか。サブ武装は? ダンジョンスキル発動までは、どう凌ぐプランなんだ?」
「他の武器使うと拗ねるんだよねー、鮫丸。安心して、刀身顕現だけならマジチャがゼロでもできっからさ」
 よくわからないが、問題ないらしい。俺たちは家を出て─「戸締りしないの!?」「顔見知りの忍者しかいない里だし、罠もあるからな」「この里ヤバくね……?」─裏山へ向かって歩く。
 太陽は高くのぼって、じりじりと熱を発している。
「ね、アタシのダンジョンスキルは大太刀の鮫丸を顕現させて、さらに魔力を与えて力を加算していくビルドアップ型なんだけどさ。段蔵くんのダンジョンスキルも教えてよ。コラボするわけだし、事前に知っておきたいなー」
「それは無理だ」
 出雲杏奈は口を〝へ〟の形にした。
「なに、そんなにアタシが信用できない?」
「いや、俺も知らんからな。俺のダンジョンスキルが、どういうものか」
「へっ? あー、そっか。配信なしの裏方じゃマジチャ貰えないし、体術オンリーだったんだよね。……冷静に考えたら、とんでもないことしてるよね?」
「身体強化の術符は使っていたし、武器もあった。とんでもなくはない。『目玉くん』が開発されるまでは、みなダンジョンスキルなしだったと聞く。それと同じだ」
「うん、数十人規模で徒党を組んで、重火器部隊と魔術師連れての、命懸けの攻略してたやつだよね、それ。ぜんぜん同じじゃないし。ソロで配信なしとか、どうかしてるからね?」
 そうだろうか。俺よりすごい人を見て育ったから、あまり実感がない。
 山道に入ってしばらく歩くと祠があって、中では黒い穴が宙に浮かんでいる。ダンジョンへの入り口だ。穴をくぐって中に入れば、外とはまるで違う景色が広がっている。
 濁った曇天の空の下、ごつごつした岩山と、一段一段が教室ほどの広さのある大きな石階段が延々と続く光景。ここでは、ずっとこの風景が続く。現実から乖離した異界─ダンジョン。
「おお……」出雲杏奈が感嘆の声を上げた。「上に潜る系は珍しいね。カテゴリーは?」
「登録時に公社に測定してもらったが、ローラシア・カテゴリー、タイプ:大和で、幻想深度は……1000くらいだったはずだ。モンスターは鬼ばかりで、全十階層だな」
「お、意外と深いね。いいじゃんいいじゃん、やりがいありそー☆」
 出雲杏奈は『目玉くん』を飛ばしながら「あ、それと」と俺を見た。
「ダイバーネーム、どうする? アタシは『あんまる』だけど。段蔵くんは『だんまる』にする? おそろっぽくてよくね?」
 俺も『目玉くん』を起動し、コラボ設定をオンにする。初配信がコラボか。出雲杏奈はひまわりみたいに華やかな白ギャルだが、男とコラボするのは問題ないのだろうか。
「段蔵でいい。加藤段蔵で。襲名した名だ、活動するならこの名しかない」
「おっけー。じゃ、さっそく始めよっか」
「待て。ここまで来て今さらだが、男とコラボしていいのか?」
「え? 駄目な理由ある?」
「ファンが怒ったりしないのか」
 姫虎は男女問わずコラボしなかったし、ダンジョン内で他人と遭遇することさえ避けていた。俺の存在を隠すためでもあるだろうが、とはいえ、男女コラボは燃える印象がある。
 だが、出雲杏奈は「アタシはだいじょーぶ!」と両手でピースした。
「こないだ、段蔵くんが助けてくれたときだって、実はコラボ中だったしね。男二、女二でさ。……みんな、もう引退しちゃったけど」
「殿を務めたのだったか。……引退?」
「そ! 引き留めたけど、なんか『あんなに命懸けだなんて思わなかった』とか言われちゃってさ。せっかく命拾いしたのに、辞めちゃうなんてもったいなくない?」
「命拾いしたから、辞めるんじゃないのか。次は死ぬかもしれないだろう」
 出雲杏奈は目を丸くした。
「あー、そっか。そりゃそうだ。アタシ、昔っからこうなんだよね。猪突猛進っていうやつ?」
「行動力があるのは、悪いことではないだろう」
 生きづらくもあるだろうが……、とは言わなかったが、出雲杏奈は察したように苦笑した。
 準備が終わったので、互いの『目玉くん』で配信を開始する。……カメラに映っていいのは初めてだ。さすがに少し緊張するな。
 『目玉くん』に向かって出雲杏奈─あんまるが「はーい!」と片手を上げてポーズをとった。
「ドモ〜☆ あんまるでーっす! 今日もダンジョン配信やってくけど、なんと! 先日助けてくれた忍者の段蔵くんも一緒です! ぱちぱち〜☆」
「……どうも。先日助けた忍者だ、です」
 いかん。変な感じになった。敬語かタメ口かくらい、決めておけばよかった。
 ─『初見です』『先日はあんまるちゃんを助けてくれてありがとう』『マジで忍者じゃん』『覆面しててもわかる緊張具合で草』『感謝のマジチャ送ります』─
 ホログラフィックディスプレイにコメントが流れていく。
「配信は初めてで緊張している。……です。マジチャ、ありがとう。感謝する、ます」
「ガチガチじゃん、おもろ。てかタメ語でいんじゃね? 自然体でいこうよ」
「……わかった。なるべく、そうする。十八代目加藤段蔵だ。忍者をやっている」
 ─『十八代目?』『加藤段蔵って、あの加藤段蔵!?』『勝手に名乗っちゃダメでしょ』─
「そうだ。あの加藤段蔵だ。正式な襲名者だから、名乗って問題ない」
「お、調子出てきたじゃん。あ、今日のダンジョンはローラシア・カテゴリー、タイプ:大和で幻想深度は1000くらいだって! アタシにもやさしー難易度だね」
 あんまるは石階段の道を上りながら説明を続ける。
「でさー! ビックリなんだけど、段蔵くんダンジョン配信したことないんだって! この前も『目玉くん』なしで、体術だけだったんよ! こんな人もいるんだねー!」
 ─『は?』『え?』『高速移動系のスキル持ちじゃなかったの!?』『すみません、腹筋五十二万回してきます』─
「ちょっと待て。過度な腹筋は逆に良くない。無理のない範囲、回数にしておくべきだ」
「なんでわざわざそのコメントを拾うの……? まあいいや、そういうわけで、まずはスキルのお披露目ね! さっそく術式組んでみてよ、段蔵くん!」
「了解した。ダンジョンスキル、起動。術式構築開始─」
 ダンジョンスキルの基本術式は『目玉くん』のベースパッケージにインストールされている。貰ったマジチャで術式を起動すれば、使用者の魂の情報を読み取り、オリジナルのダンジョンスキルを構築してくれる、という寸法だ。誰か知らんが、開発者は天才なんだろうな。
 ……ふむ。なるほど。ダンジョンスキルとは、こういうものか。何ができて、何ができないのか。直感的に理解できる。
「─【風魔流忍法:呑牛之術】、発動」
 術式の名を唱えて、俺独自のダンジョンスキルを発動する。あんまるは「おっ、かっこいい名前!」と目を輝かせて十秒ほど待ってから、おずおずと首をかしげた。
「……なんも起こってなくね?」
「いや、起こっている。見ていろ」
 懐からクナイを取り出して、そのまま地面に落とす。クナイは俺の影に、ずぷん、と音を立てて吸い込まれた。収納する際、少しだけ魔力を消費した。
「影の中に、なんでも収納できるスキルだ。重さは牛一頭分……、だいたい一トン弱ほどだろう。どうだ、強力なスキルだろう」
「あー……」
 あんまるの反応が悪い。どうしてだろうか。疑問に思っていると、彼女は首をかしげた。
「なんか、地味じゃね? 思ってたのと違う」
 おい。
 ─『言っちゃったよ』『火の玉ストレート』『あんまるの悪いところ出てるぞ』─
 物おじしない性格は、良い面も悪い面もあるものだ。
「あんまるは、どんなスキルを発現すると思っていたんだ?」
「ほら、やっぱ忍者だからさ! 派手なやつかなって! 口から火の玉を噴いたり、でっかいカエル出したり、水の龍を出したりさー」
「……それは忍者ではなく奇術師や魔術師の類いじゃないか?」
「でもさー、『NITAMAGO』では、もっとこう、派手なやつが……」
「にたまご?」
 首をかしげると、あんまるは信じられないものを見る目で俺を見た。
「忍者の漫画だけど、知らない? 読んだことない? え、マジ? うっそ……。同年代で知らない人初めて見た……。読んだほうがいいよぉ、『NITAMAGO』は」
 そうなのか。機会があれば読むとしよう。……しかし。
「地味か、俺のスキルは」
「あ、あー、うん。でも、荷物がいっぱい持てるのは便利じゃん! 家からいろいろ持ち込めてさ、キャンプセットとかメイク道具とかあると便利そう!」
「フォローは下手なんだな、あんまる」
「あっはは、うるせい」
 あんまるは能天気に笑った。……ふむ。気づいていないのか。俺も初めて使ったから、あまり深くは考察できていないが。
「いいか、あんまる。ダンジョンスキルはダンジョン内でしか使えない」
「ふぇ? そんなの当たり前じゃん」
「そうだ、当たり前だ。だから【風魔流忍法:呑牛之術】は家では使えない」
 あんまるが「あっ」と口を丸くした。
「そっか、出し入れする行為自体がダンジョンスキルだから、ダンジョン外での下準備はできないんだ……!」
 そういうことになる。ただ、俺には〝あなぐら〟があるから、多少は使いやすいだろう。なお、出し入れするものの重量によって、消費するマジチャが増減するようだ。クナイ程度なら、さほど消費量は多くない。燃費が良いのも使いやすい点だな。
 ─『あんまる気づいてなくて笑う』『だから収納系スキルってハズレなんだよな』『なんでも収納できる(※ただし生き物は除く)とかだしな』─
 あんまるがコメント欄を見て「む、むう」と唸った。
「……段蔵くん、あの、その、さ? ハズレでもいいじゃん。元気出しなよ。アタシ好きだよ、お祭りのくじ引きで貰えるハズレのちゃっちいおもちゃとか、ビンゴの参加賞のボールペンとか」
「本当に言い方が悪いな、あんまるは」
「ごめんて。ごめんて。ごーめーんーてー」
 両手を合わせて頭を下げるギャルに、俺は階段の先にある大きな鳥居を指さした。
「見えるか。あの鳥居の向こうが、二階層だ。風景は変わらんが、モンスターが出る。そろそろ得物を出せ。派手なんだろう? 俺よりも」
「割と根に持つタイプ……? ま、まあ、見せるけども。それじゃあ─」
 あんまるは両手を掲げた。
「─刀身顕現っ、【鮫丸推参】!」
 カッ、と魔力が光り輝く。次の瞬間、青い刀身と荒波のような美しい刃紋を持つ大太刀が、あんまるの手に握られていた。
「よーっし! 気を取り直して、行くぞー! あ、段蔵くんは見てていいからね! アタシの実力とか、知っといてほしいし! 幻想深度1000なら、出てくるのはせいぜい小鬼でしょ? アタシでもよゆーだ☆」
 そして、意気揚々と走り出す。ダイブドレスの身体強化機能もあるだろうが、走るフォームがなかなか美しい。なにかスポーツをやっていたのだろう。俺も付かず離れずで追走する。
 ─『絶対負けフラグだ』『ギャルがわからされる流れ』『即オチ二コマ』─
「うっせ! アタシはそう簡単に負けないもーん」
 あんまるがからから笑いながら鳥居をくぐると、鬼が出待ちしていた。身長三メートルほどの二足歩行で、牛の顔と角を持つ、筋骨隆々の鬼が。そいつは「ブモー、ブモー」と荒い鼻息を吐き、こちらを睨みつけている。
「あ、あえ……? だ、段蔵くん? 子鬼じゃないの……?」
「俺は子鬼とは言っていない。こいつは牛鬼だ」
 ─『牛鬼!?』『幻深1000のモンスターじゃない』『本当にわからされる流れキタ』─
「あ、あの、段蔵くん? ここ、本当に幻想深度1000なの……?」
 頬を引き攣らせて問われる。そのはずだが……、念のため、懐からダンジョン鑑定書を取り出して確認してみる。……姫虎がカンペを用意させていた理由が、少しだけわかった。記憶違いって、あるものなんだな。
「すまん、1000ではなく、10000だった。0ひとつ違うだけだ、些細な差だな。じゃあ、どうぞ。自由にやってくれ」
「あほーっ! アタシがこないだ死にかけたトコ、5000なんだよ!? 倒せるわけないじゃん」
「どうぞどうぞ、派手に倒してくれ。地味な俺はここで見ているから」
「うーわやっぱり根に持つタイプ! ごめんて! 謝るからお願い助けて!」
 ふむ、そうか。一太刀試してみるのもアリだと思うのだが、先日死にかけたばかりだ。慎重なのは、悪いことではない。
「では、俺が倒すとしよう」
 あんまるの前に立ち、向かってくる牛鬼と対峙する。彼女のために、こいつとの戦闘のコツも話しておくとしよう。
「いいか、あんまる。牛鬼は力が強く、殴られると大変なことになる。遠距離攻撃手段はないが、巨体だから腕のリーチだけで人間の三倍はあるし、歩幅も三倍だから走ると速い。ただし、攻撃は大振りだから、隙を見て攻撃を差し込めば、それほど難しい相手ではない」
「ウワーッ! こっち見て喋らないで前見て、前!」
「いや、人と話すときは相手の目を見るべきだろう」
 「あわわ」と震えるあんまるを見ながら、振り回される拳をひょいひょいと避ける。
 ─『なんだコイツ』『全回避!?』『背中に目がついていらっしゃる?』─
 ただの忍者気配術を用いた回避にすぎない。姫虎の裏方をやっているときも思っていたが、コメント欄はいちいち大げさなのだ。
「落ち着いて回避しつつ、攻撃後を狙うのが基本だ。こちらから積極的に隙を作るように攻めてみるのもいいだろう。例えば─」
 忍者装束の袖からクナイを二本取り出して投げ放ち、両目を潰す。「ブモオッ!?」と、のけぞって呻く牛鬼。隙だらけである。軽く跳躍し、懐から取り出した長クナイで首を掻っ切る。
 首への攻撃は致命傷だ。牛鬼は黒い霧になって消滅した。ドロップアイテムは黒い牛の角だ。地面に落ちた二本のクナイを回収し、袖に戻す。
「─と。こんな感じだ。わかったな?」
「わかるかぁッ! 素早すぎん!? なに今の立ち回り!?」
 ─『瞬殺!?』『切り抜き確定』『高速回避、精密投擲、斬撃技術、これぜんぶ素です』『普通は全部ダンジョンスキルでやることなんですけど』─
 だから、いちいち大げさだ。忍者瞬歩術と忍者投擲術、それらを使用しただけである。
「いまのは全て、忍者の基本技術にすぎん。鍛えれば誰でも可能だ」
「いや、それはどうなんだろうね……?」
「見本は示した。次の牛鬼はあんまるがやってみるといい」
「無茶言うなし。死ぬわ」
 無茶ってことはないと思うが……。あんまるは苦笑した。
「今の見たら、もったいないなーって思っちゃうな。収納系スキルかー……戦闘向きのスキルだったら、もっとヤバかったんでしょ……?」
「【風魔流忍法:呑牛之術】は十分戦闘向きのスキルだぞ。……ちょうどいい、次が来た。ダンジョンスキルを使ってみるとしよう」
 あんまるが石階段の先を見て、顔をしかめた。すでに、次の牛鬼が向かってきている。
「うげっ、連戦!?」
「このダンジョンは階段をのぼるだけの一本道だからな。向こうからも丸見えだ。前に進みたいなら、ぜんぶ倒していくしかない」
 どすどす音を立てて走ってくる牛鬼。ダンジョンを照らすぼんやりとした日の光から、己の影の位置を確認し、広い階段の中央でやつを待つ。─迫りくる牛鬼が、拳を振り上げた。今だな。
「【風魔流忍法:呑牛之術】─」
 がくん、と牛鬼が前のめりに倒れ、拳が大きく空振って地面を叩く。轟音を立て、階段の一部が砕かれた。そして、牛鬼は手をついて這いつくばっている。まるで、首を差し出すかのような無防備な姿勢で。
「─では、これにて御免」
 長クナイで頸動脈を撫で斬る。牛鬼は黒い霧になって消えた。
「へ、は? 段蔵くん、いま、なにしたの!? なんでアイツこけたの? 今、クナイは飛ばしてなかったよね?」
「スキルだ。【風魔流忍法:呑牛之術】で足首までを影に呑み、影を閉じて割断した」
「えっ? モンスターを収納したってこと? マジで? 生き物も収納できるの!?」
「俺はなんでも収納できる強力なスキルだと言ったぞ」
 影から黒い塵がざらりと立ちのぼって消えた。呑んだ足首も分解されたらしい。半笑いのような顔で固まってしまったあんまるに、覆面越しににやりと微笑んでみせる。
「それでも、地味ではあるか。ご期待に添えず、申し訳ない限りだ」
「……もー! 悪かったって! ごめんて!」
 あんまるは両手を合わせて降参のポーズを取った。
 その後、四体の牛鬼の首を落としたあたりで、石階段の先に鳥居が見えた。次は第三階層だ。
「これさー、アタシが高難易度ダンジョンでキャリーしてもらってるだけじゃね?」
 あんまるが渋い顔で言う。キャリーとは、もともとはゲーム用語で、実力に劣る者が強者のサポートを得て分不相応なランクに到達することを指す。文字通り、弱者を上位に持っていくから、というのが語源らしい。
「たしかに、あんまるが牛鬼を狩らないなら、そうなるかもしれん」
「うーん……、段蔵くんにダンジョン配信の楽しさを知ってもらうって点ではいいんだけどさ」
 俺を執拗に誘ったのは、楽しさを伝えるためだったと。
「そんな目論見があったのか」
「だって、もったいないじゃん! すごい力があって、それを披露する場所もあるのに、くすぐらせてるなんてさー」
「……燻ぶらせる、か?」
「それ! ねえ、いま楽しい?」
 ─『ダンジョンには潜ってたのに、配信はしてなかったんだもんな』『変な忍者だな、たしかにもったいない』『そもそも、なんでそんな変なことしてたんだ?』─
 む。コメント欄が邪推を始めている。いかんな。元雇用主になったとはいえ、姫虎に迷惑をかけるのは忍者以前に幼馴染失格だ。
「ああ、それなりに楽しい。……せっかくだ、次の牛鬼はあんまるが倒してみろ」
 と、話を逸らす。あんまるが、もっと渋い顔になった。
「無理つってんじゃん。何回そのネタ擦るん?」
「倒せると思うぞ。冗談ではなく。これは本音だ」
 怪訝な顔のあんまるの手を引き─「わっ、ちょっと! 急に手ェ握るじゃん!」─階段の中央に立たせる。
「お、ちょうど次の牛鬼が来たな。危険なときは助けてやるから、やってみろ」
「えっ、ちょっ、ちょっと待って……?」
 俺は待ってもいいが、牛鬼は待たないぞ。「ブモー!」と鳴きながら、拳を振り上げ巨体が迫って来る。時間はあまりない。
「いいか、あんまる。回避優先だ。格上相手だからって腰を引くな。そもそもモンスターの大半は人間より強靭な肉体を持っている。知識、経験、策謀、武術、魔術、陰陽術、その他諸々の技術を用いて、なんとか渡り合っているにすぎない」
 俺は少し離れた位置で長クナイを構えたまま、助言を飛ばす。
「ほっ、わアっ!? あぶなッ」
 あんまるは、わたわたしながら走り回って拳を避けている。避けられている。思ったとおりだ。
「戦う相手は、すべて格上だ。腰を引かずに、前に出ろ。そして見ろ。筋肉の動きを見ろ。やつの視線の先を見ろ。常に一手先を予測し続けろ」
 あんまるは体力があるし、動きも悪くはない。おそらく、剣術か何かを囓ったことがあるのだろう。血筋と妖刀が結びつくような士族の家系だ、代々の流派があるのかもしれない。
 それになにより、眼がいい。動体視力が尋常ではない。忍者が何年も鍛えて手に入れる忍者観察術と同等のものを持っている。天賦の才というやつだろう。
「ほら、あんまる。ちゃんと避けられているじゃないか。あとは反撃するだけだが、牽制にもならん生半可な攻撃はしないほうがマシだぞ。隙を作るための攻撃か、致命傷となる一撃だ」
「そんなッ、こと! いきなり言われたってぇ! うわ、こわッ!」
 普通はどちらもない。忍者でもなければ。だが、ダイバーにはダンジョンスキルがある。
 異界化したダンジョン内で、リスナーの助力を得ることで使える、自分だけの必殺技が。
「幸い、あんまるの得物は俺のものより大きくて派手だ。威力を見せてみろ」
「……あーもうっ! そこまで言われたらっ、あぶねっ、やってやろーじゃん!」
 あんまるが牛鬼を睨みつけ、妖刀鮫丸の柄を両手で強く握りしめた。
「鮫丸、マジチャ充填……ッ! たらふくお食べ☆」
 刀身の青い刃紋が、さらに青く輝く。【鮫丸推参】は構築型と言っていたな。魔力を籠めれば籠めるほどに、切れ味が増すのだろう。
 牛鬼の大振りな攻撃を、刀ごと体を振りまわして回避する。
「おらーっ!」
 そして、そのまま流れるように放たれる一太刀。隙を狙った、首への一撃。決まった─かに見えたが。ギンッ、と音を立て、刃が止められた。狙いがわずかに逸れ、牛の角に受け止められてしまったのだ。
「ヤバッ……!」
 妖刀鮫丸が角の中ほどまで食い込み、止まった。膠着。隙を狙った攻撃が、逆にあんまるの隙となった。牛鬼が腕を振りかぶり─。
「初めてにしては、上出来だ」
 ─俺は、牛鬼の背後から長クナイを振るった。首を切られた牛鬼の体が黒い塵になって消え、あんまるが地面に尻をついた。そして、天を見上げて叫ぶ。
「あー、くそー! いまのめっちゃくやしーんですけどー!?」
 ─『惜しかった』『首に当たればなー』『それにつけても段蔵くんの安心感よ』─
 ホログラフィックディスプレイが、あんまるの健闘を称えるコメントで染まる。俺も同意見だ。もう一息で牛鬼を倒せただろう。
「悪くはなかったが、狙いが甘かったな。一太刀目は首ではなく膝あたりにして姿勢を崩し、返す刀で首か胴……、という組み立てを狙うのもアリだろう」
 ─『ガチ指導じゃん』『師匠と弟子みたいになってきた』─
 あんまるは「ふんふん」とうなずいて、どこかから取り出した手帳とストラップ付きのペンで助言をメモし始めた。手帳にはべたべたとシールが貼られ、色とりどりの線が引かれている。表紙には『ダンジョン攻略帳』のタイトル。几帳面だな。
「あとは、今のようなシチュエーションでの回避方法も考えておくといいだろう。たとえば、そうだな。妖刀鮫丸の顕現を解除した場合は、どうなるんだ?」
「消えるケド? ……あー、そっか。角にめり込んだとき、鮫丸を消して攻撃を避けて、それから再顕現すればよかったんだ。……でも、強化構築もやり直しになるから、マジチャ注いだ後に消すの、もったいなくない?」
「命よりは安い」
「うっ。おっしゃる通りです……」
 しょぼんとするあんまる。直情的すぎるきらいもあるが、行動力があって素直で、他者の言葉を真正面から受け止めるし、疑問があればすぐに聞く……、人気者だろうな、学校でも。
「さて。次は、どうする? 俺がやるか?」
「もちろん、アタシがやる! 次は勝つ☆ あ、でも危なくなったら、また助けてくれん?」
「当たり前だ。いつでも助けてやる」
「えっへっへ、あざーっす☆」
 ─『かっけー』『ナチュラルにそういうセリフ吐けるタイプの人か』『これで黒ずくめで覆面の不審者でなけりゃなー』─
 うるさい。忍者装束はカッコいいだろうが。
 ……ともあれ、それから第五階層に至るまでの数十分で、あんまるは六匹の牛鬼と戦闘し、そのうち二匹は俺の介入なしで勝利した。見事な成長っぷりだった。
 第五階層の奥に、セーフゾーンがある。シャボン玉の膜に囲まれた、小さな社だ。
「今日はここまでにしよう。少し休憩したら引き返すぞ」
「え? アタシ、まだまだ元気だよ?」
「戦闘でハイになっているだけだ。相当疲労しているだろう。それに、六階層は中ボスでな。メインの土蜘蛛に加えて、取り巻きで牛鬼が六体出る。あんまるにはまだ早い」
 ─『中ボスにしては殺意が高すぎる』『忍者詳しいな』『ここ、どこのダンジョン?』─
 ふむ。そこは開示してもいいか。
「私有ダンジョンだ。うちの家が持っている。田舎の山奥にあって、周りには爺さん婆さんが住んでいるからな。一般公開はしていないんだ。場所は言えない、すまん」
「そーそー。すごいよねー、ダンジョン持ちの実家なんてさ」
 ─『実家?』『てことは、あんまるは段蔵くんの実家に行ったってこと!?』─
 おっと? コメント欄の流れが変な方向に変わってないか?
 ─『実家でご挨拶!?』『動画でご報告!?』─
 案の定だ。
「待て。変な勘ぐりをするな。あんまるはわざわざ謝礼のために来てくれたんだ、他意はない」
 ─『あんまる、ちゃんとご両親に挨拶したか?』『初対面の印象は大事』『黒染めしといたほうが良かったんじゃないか?』─
 あんまるがにやーっと笑った。
「いんや、ご両親は不在だった☆ 実家で二人っきりだったよん☆」
「あんまるも、ネタに乗るんじゃない」
 ─『乗るな、あんまる! 戻れ!』『取り消せよ、いまのネタ……!』『実家で二人っきり!? 段蔵くん大丈夫!? 変なことされなかった!?』─
「ちょっと! アタシが変なことする側かよ! ウケる」
 爆笑するあんまる。俺はというと、ただただ驚いていた。カルチャーショックというやつだ。
「……あんまるのファンは、なんだか不思議だな。俺の知っているダイバーのファンは、もっとこう、男の影がちらつくだけで嫌がる人が多かったんだが」
 具体的には姫虎のファン。
「あー……。まあ、そういう人もいないわけじゃないけどね。でも、アタシ自身がソレを売りにしてないから、すぐに離れていっちゃうんだよね。勝手に『信じてたのに』とか『失望しました』とか言ってさー」
 ─『あんまるリスナーは巨乳のアホを見に来ている』『ユニコーンはもう全滅した』─
 なるほどな。姫虎とは根本的に視聴者層が違うのか。
 でもお前ら、あんまるがクラスメイトだったら好きになるだろう。わざわざ言わないが。
「あと、休憩して戻るだけ? そんじゃ、今日は配信もここまでにしよっかな。段蔵くん、本当にありがとーっ! こないだ助けてくれたのも、今日一緒にダイブやってくれたのも、めちゃくちゃ嬉しかったよ!」
「こちらこそ、新鮮な経験が出来た」
 締めの流れに入ったらしい。『目玉くん』に向かって、あんまるが上下逆さまにしたピースを向けた。俺もとりあえず両手で真似しておく。
「いや、ノリ良ー」
「せっかくだからな。やっておかないと、もったいない─だろ?」
 互いに、にやりと微笑み合う。
「んふふ、さすが段蔵くんだ。それじゃ、明るく楽しい、あんまるのダンジョン配信でしたっ! みんなー、今日もご視聴ありがとねーっ☆」
 さて。配信を落とし、社の縁側に座って、用意してきた握り飯と水筒入りの麦茶を取り出す。ラップで包んだ握り飯を手渡すと、あんまる─出雲杏奈が首をかしげながら隣に座った。
「段蔵くんさー。武器とか握り飯とか、どっから出してんの?」
「忍者装束は、見た目より物を入れる場所が多い」
「うわ便利。でも、ダイバーの外見としては失格だよね。地味すぎ」
「俺は忍者装束が好きだが」
 飯を食うため、頭巾と覆面を外す。出雲杏奈は俺の顔をじっと見た。
「や、忍者装束がカッコいいのはわかるけどね? わかるんだけど、黒一色なのがさ……。あと顔出ししてないのもナシ。段蔵くん、いい顔してるのに、もったいないよ」
「いい顔? 姫虎には〝辛気くさい〟だの〝陰気〟だのと言われていたが」
「それは表情の話でしょ。彫りが深くて印象に残るし、整ってるほう……、ていうか、ちゃんと髪の毛セットして眉を剃れば、それだけで一気に変わりそう。あとこのおにぎりの中身なに?」
 表情筋も鍛えてはいるのだが。忍者変装術修行の一環として。しかし、変装ではない自分自身の感情をとっさに出すのは、たしかに苦手である。
「梅のはちみつ漬けだ。……嫌いだったか?」
「いや、大好き。むしろ甘くない梅干し食べられん。あざー☆」
 出雲杏奈は大口を開けて、豪快にかぶりついた。
「てかさ、このダンジョン、訓練で使ってたんでしょ? ダンジョンスキルなし、配信マジチャなしで。どれくらいで攻略できるもんなの?」
「個人記録は三十二分だ。ちなみに、他の走者はもっと早いぞ」
「走者って、そんなRTAみたいな……。他の走者って、忍者?」
「そうだ。先代の加藤段蔵が十五分、先々代なら二十五分。俺はまだまだ未熟だ」
「もうご家族全員でダンジョン配信やれよ。死ぬほどバズんべ」
 爺さんなら、面白がってやるかもしれんが。いや、あの人は見る側か。昨日も「最近はヴィクトリカお嬢様がアツいんじゃ」とか言っていたし。父さんは……、やらないだろうな。あの人は目立つのが嫌いだ。
 出雲杏奈に水筒を渡す。うまそうに喉を鳴らして飲んだ。食わせがいがある女だ。
「そういやさー、段蔵くん、なんでひめこちゃんの裏方やってたん? 付き合ってたとか?」
 そして、次々と話題が変わる。会話に物おじしないと、こういうコミュニケーションの取り方になるんだな。
「アイツの我儘に付き合っていただけで、男女の付き合いではない。住む場所は遠いが、幼馴染だ。昔は、加藤家そのものが姫虎の血筋の家来だったらしい」
「へー。忍者は家業?」
「家業というより、伝統だな。継ぎたいと思う者がいる限りは、継がれ続ける」
「んじゃ、段蔵くんが加藤段蔵を継ぎたいと思った理由は?」
「……くだらん理由だぞ」
「話してみてよ! そういうのめっちゃ気になる!」
 出雲杏奈は瞳を輝かせている。興味津々だな。
「……加藤段蔵は、俺が十八代目を継いでいるように、歴史上に十八人いたはずだ」
「うん。それが?」
「だが、世の人が加藤段蔵と呼ぶ場合、それは初代だけを指す。軍記物語や仮名草子、浮世草子などに名を残し、戦国武将に仕えた、ただ一人だけをな」
 それ以降の段蔵は、段蔵の名を継いでいるだけの存在だ。
「俺は、本当の意味で加藤段蔵になりたいんだ。初代を超え、加藤段蔵とは俺個人を指す名前だと言われるようになりたい。……だって、カッコいいじゃないか」
 同じことを父さんに言ったことがある。つまり、十七代目の加藤段蔵に。彼は『馬鹿なことを言うんじゃない』と一蹴した。
『忍者なんて過去の遺物だよ。真面目に勉強して、普通に働きなさい』
 実際、父さんはそうやって俺を育ててくれている。日本全国を飛び回る監査職だとかで、しっかり稼いで家に金を入れてくれているから、俺はここまで育った。
 だが、俺は悔しかった。忍者のカッコよさを否定されたみたいで。だから俺は先々代の加藤段蔵たる爺さんに教えを乞い、忍術の腕を磨いた。……父さんへの反発も、あったわけだ。
「馬鹿な夢だと思うだろう。カッコいいから忍者になりたい、だなんて」
「え? なんで? カッコいいじゃん、忍者」
 思わず、俺は出雲杏奈の顔をまじまじと見てしまった。
「……本当か?」
「シュババッて印を結んでドカーンバリバリ! さっきも言ったけど、アタシ『NITAMAGO』大好きでさ! 忍者漫画のキンジトーってやつだよ、あれは」
「いや、そういうやつではなくて、本物の忍者というか……」
「あ、漫画だからって甘く見てるでしょ。違うんだよねぇ、ガチで『NITAMAGO』は読んだほうがいいから。ガチで。次、一緒にダイブするときに貸したげる。ウチに全巻あるから。あ、でもかなり量あるんだよね。どうしよっか」
 言ってから、出雲杏奈は「あ」と気まずい顔になった。
「ダイブ、今回だけの約束だったわ。ごめんごめん」
 握り飯を一口齧って、「かまわん」と手を振る。
「……俺もひとつ聞いていいか。なぜダンジョンに潜る?」
「え? あー……。その、最初はさ? 〝ダイバーってなんかキラキラしてる!〟くらいの気持ちだったんだケド……結果がアレだったじゃん?」
 出雲杏奈は苦笑した。ダンジョンスキルによってダンジョン攻略は進化し、一般人でも安定して攻略できるようになった。しかし、配信という形式によって危険さが希釈されてしまい、手を出しやすくなってしまったとも言えるのだ。出雲杏奈自身がそうであったように、安易に手を出して……、痛い目を見る者は、たくさんいる。
「痛い目を見て、段蔵くんに助けられて……、思ったんだー。言ったでしょ? せっかく助かったんだから、続けないともったいないって」
 彼女は照れ臭そうに微笑む。
「あのときの段蔵くん、ヒーローみたいだった。アタシも段蔵くんみたいになりたいなって思った。そんで、アタシみたいにダンジョンで困っている人を助けられたらなって」
「なら、俺をギルドに誘ったのは……」
「段蔵くんが、アタシがダイバーを続ける理由だもん。そりゃ最初に誘うでしょ。断られたけど」
 そう言われて、俺は……、言葉に迷った。そして、迷っている自分に驚く。迷うってことは、心のどこかで惹かれているってことだ。断る理由を探して、俺は「金にならんぞ」と返す。
「ダンジョン攻略は、資源回収のための民間事業だ。ギルドが人助けをして謝礼を受け取るのは、違法になる可能性もある」
「段蔵くんは、アタシを助けたとき、お金のこと考えてた?」
「……いや、そういうわけではないが」
「うん。だから、そゆコト。資源回収は、もちろんやる。でも、それはそれとして、困っている人を減らしたいの。自警団じゃないけど、そういうことができるギルドを作りたいんだ」
「巡回や警邏に近いか。見回りのような。つまり─迷宮見廻組か」
「いいじゃん、その名前。使わせてもらおうかな☆」
「ひとりでもやる気か」
「もっちろん☆ アタシ、こうと決めたら止まんないから」
 それはとても羨ましいと思う。素直に。俺はいつも、姫虎に引っ張られてばかりだったからな。それでいいと思っていた。挑戦しないともったいない、とか。せっかくだからやってみる、とか。そういう考え方は、俺にはなかった。だが……。
 俺は立ち上がって、体を伸ばす。
「話し込んでしまったな。そろそろ帰るか。今日は楽しかった」
「ん。それじゃ、これで─」
「暇を持て余しているからな、次も楽しめるといいんだが。せっかくだ、どこかのギルドに所属したいな。いっそ、自分で起業に挑戦するくらいじゃないと、もったいない気もする」
「─え?」
 目を丸くする出雲杏奈に、俺は右手を差し出す。
「そういうわけだ。これからよろしく頼むぞ、社長」
「……にひ☆ 杏奈でいいよ。アタシら今日からバディなんだからさ」
 杏奈は俺の手を勢いよく掴み、握りしめた。

幕間『上杉姫虎のWSS』
「な、なんてことを……ッ!」
 私はマウスを握り潰す勢いで手に力を込めながら、段蔵が白ギャルと一緒にダンジョンに潜る配信を見ていました。だらだらXwitterを見ていたら、ニンジャがどうのという呟きが目に入って、この配信を見つけたのですが……。
「ぐ、くうう……ッ! 私のッ、私の段蔵が……!」
 『配信やめろボケカス白豚』や『ふざけるなモブ蔵』とコメントしたい衝動を必死に抑え付け、なんとか視聴を継続します。あ、声に関しては我慢せずに出します。この部屋は防音ばっちりなので、どれだけ暴言を吐いても安心です。
 東京副都心に建つタワーマンションが、私─上杉姫虎の家です。実家は新潟ですが、ダイバー活動でそれなりに稼いでいますからね。自費で借りることを条件に、親から一人暮らしを許されております。いわば、私の城ですね。
 今いる防音室にはパソコンやカメラ、マイクが設置してあります。ダンジョン配信ではない、ただの雑談配信をするときなどに使用していて、機材はもちろん全て高級品。高性能なディスプレイで、段蔵がダンジョンスキルを発動する姿を見ることが可能です。
「はッ、初めて!? 初配信に加えて初めてのダンジョンスキルを、そんな尻軽ビッチとのコラボでなんてッ! いけません、いけませんよ段蔵ッ!」
 あっ、でもダンジョンスキルの名前、カッコいいですね。ただの収納系じゃない渋さも好き……。牛鬼に首を差し出させたときとか、格好良すぎてもう私はトんじゃいそうになりました。
 はあ……激メロ……。
 おっと。浸っていたら、段蔵が白ギャルに戦闘指導を始めました。白ギャルは段蔵の助言をよく聞いて─私と違って素直ですねクソが─めきめきと、ちょっとビビるくらいの成長速度で強くなっていきます。急成長する白ギャルに、段蔵も心なしか嬉しそうで……。
「がッ、ふうッ、ふざけッ、ぬむうう……ッ」
 心臓がきりきりと痛み、嗚咽と怒声が混ざって、変な声が漏れてしまいます。いけません、強いストレスによって心身に悪影響が出ています。でも見ないわけにはいきません。段蔵の初配信ですもの。
 配信を締める頃には、心臓が二回転半捻りしたのか、呼吸が怪しくなっていました。ようやく終わる─と思ったら。モブ蔵が白ギャルと一緒にギャルピースをしました。
「ううぐッ、ふんッ、ああ……ッ! そんな……ッ!」
 しかもダブルピースです。全身の細胞がぞわぞわと震えるような錯覚を覚えます。そして、両目からじわじわと涙が……。
「わ、私の方が先に好きだったのに……ッ!」
 久々に段蔵を見られたヤッターと思ったら、白ギャルとイチャコラ仲良くダンジョン配信した挙句、微笑みダブルピースだなんて。耳鳴りがして、視界がぐにゃぐにゃ歪みます。誰かが、ふーッ、ふーッ、と荒い鼻息を立てています。……部屋の中には私しかいませんから、当然、それは私です。
 ……配信が終わって、真っ黒な画面には、みっともない顔で、ぎりぎり奥歯を噛みしめるみじめな女の顔が映っていました。
「……許せない」
 ぽつりと呟いて、私は配信のアーカイブをもう一度、最初から再生します。
「ぐッ、ふうッ、ああッ! 脳が、脳が破壊されてしまいますぅ……ッ! あっあっ、だめっ、そんな尻軽に笑いかけないでっ、だめっ」
 彼をクビにしたのは、私です。でも、クビにしてからずっと、放置していました。段蔵は優しいですもん。溺れていた私を助けてくれた、素敵なひとです。素直になれない我儘な私に、ずっと着いてきてくれたひと。だから。
「うーッ! 私のところに帰ってくると思ってたのにッ! 信じてたのにッ!」
 全身を震わせながら、アーカイブを見終わりました。部屋には涙と鼻水まみれでビクビク震える肉塊が残っています。ちょっともう、今日は誰にもお顔を見せられませんね。……あ。
「よ、予定していた雑談配信、お休みしますって呟いとかなきゃ……」
 すっかり忘れていました。今日は雑談配信の予定だったのです。当然、中止です。そんなことできるコンディションじゃないですし……。
 なにより、取り返さなければなりませんから。私の、私だけの段蔵を。キモいリスナーどもの相手をする暇なんて、一秒たりともありません。奪還計画を立てなければ……!
 ……でも、その前に。
「も、もっかいだけ。えへへ、もっかいだけ、見よう、かな……?」
 段蔵がカッコいいからとか、脳破壊が癖になってきたからとか、そういうわけではありません。私は大丈夫です。変な趣味に目覚めてはいません。会話や仕草から情報を得たいだけです、ええ。彼を知り己を知れば百戦あやうからずとかなんとか、孫子だか孫悟空だかも言っているじゃないですか。そういうわけです。はい。
 というわけで、再生再生─。
 ─結局、四回見たところで寝落ちしました。奪還計画は明日考えようと思います。